屋敷に着いて数日たったころ、ローレルから声をかけられた。
それはある昼食時だった。
オーランド王国から持って来たお米を炊き、ベラルギー王国で採れたサバを味噌で煮たものに、根菜類を煮込んだ物をローレルの前に並べていると、急に予定を告げられた。
「現在、光の聖女らしい人物が数人見つかっている。明日から、出かけるぞ」
「いってらっしゃいませ。お帰りはいつ頃でしょうか?」
「何を言っているんだ、お前も一緒だ。お前は光の聖女の知り合いなのだろう」
サラは自分が言った嘘をすっかり忘れていた。
ローレンスの光の聖女捜索を手伝うと言う約束で、ここに来たのだった。
ハンナの死から、エリオットの絶望から、アリスの落胆から逃げ出すために。
しかし、エリオットが見つけたと言う光の聖女が全て偽者だと言うこともできない。
「分かりました。でも、何日くらいの予定ですか?」
「そうだな、最低でもひと月はかかるだろうな」
「ひと月ですか!?」
せっかくベラルギー王国に来たのだから、この国特有の食材を見つけにあちらこちらに行きたいとは思っていた。しかし、発酵食品を仕込み途中でひと月も家を空けるのは避けたい。
「殿下」
「ローレルで良い」
「ローレル様、聖女候補が数名いるのであれば、ここに呼んではいかがでしょうか? ローレル様のお願いというのがどのような内容か分かりませんが、ここの方が都合良くないですか?」
なぜローレルが光の聖女を探しているのかは分からないが、王子であるならば、王都に関係するだろう。
王都を守る礎にするつもりか、王太子妃として迎え聖女のネームバリューを使い、民の不満を和らげるつもりか、どちらにしろ、最終的に光の聖女は王都に呼ばれるだろう。それならば、初めからここに呼び寄せた方が早いだろう。
「それも、そうだな。どちらにしろ、ここに来てもらうことになるのだ、その方が良いな」
「聖女候補様が来られたら、教えてください。私も立ち会います。ところでローレル様、最近、夜遅いようですが、体調は大丈夫ですか?」
「仕方がないだろう、ここを空けていた間の書類仕事が溜まっているんだ」
「それでしたら、私が手伝いましょうか?」
サラは小説家として大成するほど読み書きは得意であるし、ファーメン家の娘として経営、算術ともに秀でている。決済は出来なくとも、内容を精査して、要約しローレルに確認を取れば、ローレルの負担は減るだろう。
「お前、読み書きは?」
「商人の娘でしたから、読み書き、計算は一通りできます」
「お前、商人の娘だったのか……そう言えば、なんであんなところにいたんだ?」
これまでローレルはサラの事情を踏み込んで聞いてこなかった。それはサラに気を使ってなのか、興味がなかったからか分からないが、サラにとって都合が良かった。
しかし、サラの状況が落ち着いたからだろう、ローレルはサバの身をほぐしながらサラの回答を待つ。
当然、サラは自分の状況を、素直に説明するわけにはいかなかった。
「じ、実は私……親から無理やり結婚させられそうになって……」
「……そうか、お前も大変だな。まあいい、さっそく午後から手伝ってもらおうか。しかしこの味噌煮とやらは美味いな。リーゼも好きな味だな」
そう言いながら、サバの身を口に運ぶ。
リーゼロッテはこの屋敷に住んでいると聞いていたが、サラは一度も見かけたことは無かった。どこかへ旅行に行っているかと思っていたが、ローレルの食事を作る際、二人分作っており、この屋敷にいるはずだった。
「そう言えば、リーゼロッテ様はどうされているのですか? ご挨拶したいと思っていたのですが、お会いする機会がなかったのですが……」
「……」
ローレルは、苛立ちとも悲しみとも取れる不思議な表情を見せた。
何か事情があるのだろう。
「もしかして……リーゼロッテ様とケンカしていますか?」
「はぁ?」
「ローレル様は何考えているか分からないところがありますから、何か気が付かずにリーゼロッテ様を怒らせたのではないですか? ケンカは時間が経てば経つほど仲直りが難しくなりますよ。私も一緒に行きますから、早く謝りましょう」
「……ふぅ、なんでオレが謝るんだ?」
ローレルはため息をつきながら、サラを睨みつけた。
そんなローレルにサラはにっこりと笑いかけた。
「ローレル様が年上なのでしょう。だったら、ローレル様から譲歩するべきではないですか?」
「いや、俺が言っているのは、どっちが謝るかじゃなくて、別にオレとリーゼはケンカをしているわけじゃないと言っているのだ」
「そうなのですか。早とちりして、すみません。それでは、リーゼロッテ様はどうされているのですか? リーゼロッテ様の好き嫌いもお聞きしたいのですが……」
「……リーゼは忙しいのだ。リーゼの好みならオレが聞け。リーゼのことならオレが全て分かっている」
ローレルはこれ以上、リーゼロッテのことは聞くなと言わんばかりにサラを睨みつけた。
さすがのサラも、これ以上踏み込むのを諦めて、ローレルにリーゼロッテの食の好みを尋ねるだけにしたのだった。