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第116話 王家の詰問

 フィリップの言葉に、サラは立ち上がり再度頭を下げた。


「サラと申します」

「家名は?」


 サラは、答えるべきかどうか、悩んだ。

 この三人がどういうつもりでサラを呼び出したのか分からない。下手に嘘をつくと後々困るかもしれないと判断したサラは、素直に答えることにした。


「ファーメン家です」

「ファーメン? そのような家名は聞いたことが無い。地方の家か?」

「私はオーランド王国の人間です」

「オーランド……もしかして、あのしゅ……商業貴族ファーメン家か?」

「ご存じなら構いません。守銭奴ファーメンと呼んでいただいても……」


 フィリップの言葉に慣れた調子で、サラはにっこりと笑いながら答える。

 金になるところならどこにでも行く。それがサラの両親の行動原理である。当然、対立している隣国であろうと、金さえ払ってもらえればなんでも売る。もしかしたらローレルたちが運んできた米や小麦もファーメン家の息がかかっているのかもしれない。

 そんなことをサラが考えていると、フィリップはひとつ咳ばらいをして、話を戻した。


「再度確認する。サラ、貴女が光の聖女というのは本当か?」

「私は私自身を光の聖女だと名乗ったことは一度もありません」


 フィリップの問いにサラは真っ向から否定する。事実、サラは自分自身のことを発酵令嬢だと思っていても、伝説の光の聖女だとは思っていない。発酵の力を使うときにたまたま発光してしまうだけである。

 そもそも、光の聖女は国に訪れるあらゆる災害を払ってくれるという言い伝えがあるが、サラができることは菌に対することだけである。

 はっきりと否定するサラに対し、困ったフィリップは矛先を変えた。


「どういうことだ、リーゼロッテ、ローレンス。先日の舞踏会で彼女を光の聖女でお前の婚約者と発表したと報告が入っている。まさか、お前は彼女を妻にしたいがために、彼女の身分を偽ったのか?」

「違う。サラは正真正銘、光の聖女だ。その証拠にリーゼロッテの病気が治っているだろう」

「そうよ、ローレンスお兄様の言う通りです。サラはわたしを助けてくれた光の聖女様です」

「……何が正しいんだ。訳が分からない」


 三人の話を聞いたフィリップは頭を抱えた。

 光の聖女は、このベラルギー王国でも絶大な信仰を集めている。サラ本人が光の聖女を自称するのであれば、その真偽を厳しく見極めるつもりであった。そして偽者だということが分かれば、厳しく罰する。それこそ極刑も考えていた。

 しかし、サラ本人が否定し、王族である二人がそろって肯定するおかしな状況である。

 これでは、サラのことも偽者だということも、本物だということもできない。

 困ったフィリップは一旦、状況を整理することにした。


「サラ、貴女はリーゼロッテの病気を治したのか? 国の名医でさえ、さじを投げたあの病気を……」

「はい、そうです」

「それなのに、貴女は自分が光の聖女ではないというのか」

「はい」

「では、あなたは医者か?」

「いいえ、私はただの料理係です」

「つまり、料理でリーゼロッテの病気を治したのか?」

「いいえ、料理でリーゼロッテ様の体力を回復しましたが、私の料理に病気を治す力などありません」


 ここで、フィリップはまた頭を抱えた。

 それを見かねたのか、しかめっ面のフィリップの隣で退屈そうに自らの青い長い髪をいじっていた男アルベルト第二王子が口を開いた。


「ねえ、リーゼを治した力って言うのを見せてよ」

「……構いませんが、何に対して力を振るえばいいですか?」

「そうだな……あ! そうだ! ローレンス、指の一本でも折ってみろ。その指を治して見せてよ」


 アルベルトはいとも簡単に無茶な要求をする。

 たとえ、サラに治せる力があったとしても、そのようなことを許せるはずもなかった。


「御冗談が過ぎます、アルベルト様。それに私の力では骨折は治せません」

「じゃあ、何だったら良いのさ?」


 アルベルトは不満そうな声を上げる。


「そうですね。お酒ならすぐに作れますが……」

「それは聖女じゃなくても、一級魔法使いならできるぞ……」

「ごっふぉん」


 アルベルトの代わりに、フィリップがため息まじりに言った。

 そして、その声に重なるように咳が聞こえた。

 それは、それまでずっと黙っていた国王だった。

 フィリップは何か妙案でもあるのかと、声をかけた。


「陛下、どうかいたしましたか?」

「いや、すまない。何でもない」

「その声はどうかされましたか?」

「ああ、今朝から喉の調子が良く無くてな」


 そう言って国王はまた咳をした。

 そんな国王に対し、心配そうにサラが声をかけた。


「大丈夫ですか? 陛下。喉に悪い菌がいますね。それほど多くはありませんが、今のうちに取っておきますね」


 そう言うとサラから伸びた光の手は、国王の喉をさっと触ったかと思うと部屋の外に消えた。

 一瞬のことにその場にいた誰も時間が止まったように固まっていた。

 初めに時計の針が動いたのはフィリップだった。


「貴様! いま、何をした!」

「あ! 失礼しました。陛下の喉に悪い菌がいましたので、取り除かせていただきました」

「きんが陛下の喉に? それはどういう意味だ? それに先ほどの光の手はなんだ?」

「その説明の前に……陛下、喉の調子はいかがでしょうか?」


 サラはフィリップの追及に待ったをかけて、国王に話しかけた。


「うむ、良くなった」

「念のため、栄養と水分を良く取ってお休みください。先ほどの菌をそのままにしていると、風邪を引いてしまいます」

「先ほどの力がそなたの力か?」


 先ほどとは変わって、すっきりとした声で国王は尋ねた。

 サラは国王の様子を見てホッとした後、ごく自然に答える。


「はい、そうです。私の菌を操る力。発酵令嬢の力です」


 そして、サラは菌についての説明をしたのだった。

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