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第121話 オーランド王国使節団の到着

 使節団が到着する日が近づくと、サラは不安になってきた。

 たかだか追放された貴族令嬢一人のために、オーランドから使節団が来る。

 追放された時点で、元貴族令嬢とはいえ、今はただの平民である。

 そんな自分のために使節団が来るという、大事に発展していることにサラは恐怖すら覚えてきた。


「逃げようかしら」


 オーランドから逃げ出したのだ、またここから逃げ出しても良いのではないか? オーランドとベラルギーの二国間の火種になるのであれば、誰も知らない田舎に逃げ出した方が良いのではないか? 今回の保存食の件でベラルギー王国からそれなりの報酬を得ている。そのお金があれば、田舎で暮らしていくこともできるだろう。

 しかし、ここで逃げ出せば、どちらの国にも迷惑をかけるかもしれない。それにカツオや慣れスシの工場も最後まで見届けたい。何よりもリーゼロッテとの約束もある。

 そんな思いがサラをベラルギーにとどめていた。

 そうしてサラの不安をよそに、使節団がブッセに到着したのだった。


「え!? これを私が着るの?」

「当たり前だろう。そのために、最高の職人に超特急で作らせたんだからな」


 それはベラルギーに伝わる民族衣装だった。当然、平民が着るようなものではなく、上級貴族が着るような上等の生地をふんだんに使いながら、艶やかで細やかな刺繍を施した衣装だった。それでいて風通しが良く、着心地も抜群という優れものだ。

 サラは朝から呼び出され、湯あみをしたのち、数名のスタイリストによってたかって髪をセットされ、化粧をされ、衣装を着せられたのだった。そして最後に、美しいベールをかぶせられた。


「これは?」

「ベール越しの方がサラも自分の意見が言いやすいでしょうし、あちらからはサラの表情が読みづらいでしょう。だから、会食の席ではそれを付けておいてね」


 一緒に準備をしているリーゼロッテが説明する。

 リーゼロッテの衣装はサラと色違いで、まるで二人でセットになるように作られた衣装だった。

 ただし、サラとリーゼロッテでは身長差がある上、リーゼロッテは長く美しい桜色の髪の毛に対し、真っ黒で短い髪のサラとは対照的だった。

 そんな二人が準備をしているのは、今晩の使節団の宴会に出席するためだった。

 正式な話し合いは明日以降に行われるのだが、使節団の歓迎を表すために食事会を開くことになったのだった。

 今回の会談の主役であるサラの無事と、ベラルギー王国としてサラを丁重にもてなしているということを使節団にアピールするため、サラも同席することになった。


「でも、今日は会食だけなんだから、私ってあまり話をしない方が良いんじゃない?」

「何を言っているのよ。今日の会食でサラが『ベラルギー最高!』『もうベラルギーから動きたくない!』って言ってくれれば、明日の会談なんてあってないようなものよ。心配しないで、わたしが付いているから……」


 そんな簡単に行く話ではないだろうと思いながら、自分の味方でいてくれると宣言してくれたリーゼロッテのその気持ちが嬉しかった。


「ありがとう、リーゼ。頼りにしているわね」


 不安な気持ちを押し殺して、サラはリーゼロッテをそっと抱きしめた。


~*~*~


「このたびは私どものために、このような豪華な会食を開いていただき、誠にありがとうございます。使節団を代表し、私ユリアン・カレンベルグよりお礼申し上げます」


 ユリアンはそのブラウンヘアの頭を恭しく下げて礼を述べた。

 ベラルギー王国の美術の粋を集められた応接室には色とりどりの花が活けられ、テーブルには新鮮な魚介類が並べられていた。貴重な酒とともに、アリスにはなじみのあるふかふかのパンも出されていた。

 会食には国王をはじめ、三人の王子とともにリーゼロッテも参加している。

 そのリーゼロッテは今回の主役で、国王に次ぐ上座に座っているすぐ隣に特別に座っていた。そのほかはその位順に座っているため、ローレルはサラから離れていた。

 ベラルギー側からはその他、外務大臣も参加している。


 それに対し、オーランド王国の使節団からはユリアンとアリスのみが会食に参加していた。護衛として騎士を数名連れてきているが、あくまで交渉はこの二人で行うということの表れである。

 つまり、それはユリアン一人に全権を委任していると言うことになる。

 しかし、継承権が低いとはいえ、王位継承権を持つユリアンが使者としてやってきたことに、オーランド王国の真剣さが

ベラルギー側にも伝わっていた。


「長旅、ご苦労様でした。詳しいお話は明日以降と言うことで、まずは旅の疲れを癒してください」


 国王に代わり、フィリップが挨拶を返す。

 そんなフィリップに対し、アリスが音もなく立ち上がり、流れるようにカーテシーをした。


「アリス・ファーメンと申します。フィリップ殿下直々にそのような言葉を頂戴し、痛み入ります。身の丈に合わないワタクシが、この使節団に加えさせていただいたのは、ただ、愛する姉の無事を確認したいがためです。どうかお願いです。そのベールを取り、姉の顔を一目見させてはいただけないでしょうか?」


 今にも涙を流さんばかりのはかなげなアリスの言葉に、その場の誰もが息をのんだ。

 それは当然、ベラルギー王国の頂点にいる国王の心にさえ届いたのだった。


「光の聖女殿、そのベールを上げて顔を見せてあげなさい」

「はい、陛下のお言葉のままに」


 サラはそのベールを上げて、アリスの方を向いた。

(あ、アリスちゃん、怒っている。それも結構本気で……二人っきりになる前に何か美味しいお菓子を作っておかなくちゃまずいわね)

 この場の全員が、実の姉であるサラを気遣い、遠い異国までやって来たはかない白百合と思っているアリスに対し、その本性を知っているサラだけが、心配を通り越して怒っていることが、サラには分かってしまったのだった。

 しかし、アリスはそんなことは一切、表に出さず、一筋の泪を流していた。


「お姉様、ご無事で何よりです。元気なお姉様の姿を見られただけで、ワタクシは胸がいっぱいです」


 そう言うと、また音もなく椅子に座ったのだった。

 こうして、光の聖女の今後を決める交渉の前哨戦である会食が始まったのだった。

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