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第122話 使節団の歓迎会

 会食は第二王子であるアルベルトや外務大臣が話を盛り上げ、ユリアンがそれに答える形となった。

 サラについては何も触れず、世間話に近いものだった。

 今年の農作物の収穫量や魚の取れ高の話を外務大臣とユリアンが話していた。そして、最新の歌劇や絵について、アルベルトとアリスそしてリーゼロッテが話題を提供する。国王は時々、相槌を打ちながら話を聞いていた。フィリップは、オーランドから来たこの使者たちがどのような人間なのか観察するために、静かにジッとしていた。

 サラとローレルは、黙々と食事をしていた。ただしサラは、料理の調理法や味に興味を示していた。

 そんな中、すっかり打ち解けた様子のアルベルトがある話を切り出した。


「ちなみにきみたちは、いつまで滞在予定なんだい」


 アルベルトは、まっすぐにアリスの方にさわやかな笑顔を向けた。

 アリスはそれに対して、白百合の笑顔を返した。


「お姉様が、ワタクシたちとオーランドに帰るとおっしゃってくれるまでですわ。そうですわね、ユリアン様」

「そうですね、アリス嬢」

「そうかい、じゃあ長期滞在になるんだね、良かった」


 護衛の兵を含めて使節団の生活費用は受け入れ側の負担になる。つまり、長くなれば長くなるだけ、ベラルギー王国の負担が大きくなる。そんな中、期間を決めていないと言うことは、暗に使節団を長居させたくなければ、さっさとサラを引き渡せと言っている。そんなアリスたちに対して、アルベルトは長期滞在を歓迎する発言をした。

 ベラルギー側としてはサラを引き渡すつもりはないと明言しているようなものだった。

 しかし、それをオーランドとしては受け入れるわけにはいかなかった。


「もしかしたら、そうなるかもしれませんね。本来であれば、暖かい時期にお伺いできれば、海に行ってみたかったのですけれども……」


 アリスは季節の話を出し、冬前に決着をつけて帰りたいとジャブを打ってみた。

 しかし、アルベルトはそんなことを気が付かない様子で、話を続ける。


「冬を越すまで滞在すればいい。その間、ボクの絵のモデルにならないかい」

「絵の……モデルですか?」


 アルベルトの話が、サラ引き渡しの駆け引きの一環だと思っていたアリスは、虚をつかれた。しかし、一瞬で頭を切り替えた。


「あら、芸術家で名高いアルベルト殿下の絵のモデルのお誘いを受けるなんて、大変光栄ですわ」

「そうか! 引き受けてくれるか」

「どうですかね……でも、お姉様の問題が解決しないと、ワタクシ、心から笑顔になれませんわ」


 そう言って、憂いを帯びた表情を浮かべる。

 その何とも言えない妖艶な表情にアルベルトは、余計に興奮する。


「つまり、今の白百合を描けるのは、今だけと言うことじゃないか! 今からでもボクのアトリエに行かないかい? このリビドーをキャンバスにぶつけたいんだ!」


 アリスの美しさはアルベルトを狂わせているようだった。

 しかし、そんな相手をこれまでも多数相手にしているアリスは、困った顔を作った。


「アルベルト殿下のお誘いはありがたいのですが、夜も更けて殿方の部屋に行くようなはしたない真似は出来ませんわ」

「殿下、アリス嬢は移動の疲れも残っておりますので、またの機会と言うことで」


 ユリアンがアリスの援護をする。

 そんな二人にアルベルトは、この場は素直に引いた。


「おお、そうだった。白百合殿の美しさに心を奪われて、うっかりしていました。しかし、約束しましたよ。ボクの絵のモデルになると」

「……」


 アリスは黙って微笑みかけ、イエスともノーとも言わなかった。

 アルベルトはその反応を、好意的に受け取った。


「おお、創作意欲が湧く! そうだ、うちのリーゼロッテと一緒にモデルになってもらおう。オーランド王国の白百合とベラルギーの牡丹。二大華姫の共演など、百年先まで語り継がれる名作になるぞ!」

「お兄様、わたしがオーランド王国の白百合様と相並ぶなんて……」


 急に話を振られて恐縮するリーゼロッテだった。

 そんなリーゼロッテに対して、アリスは笑顔を送る。


「ベラルギー王国の牡丹と呼ばれるリーゼロッテ王女殿下とワタクシが同列だなんて、おこがましいですわ」

「そんなことはないぞ。ウチの愚妹にはない妖艶な美しさは傾国の美女のようだ」


 アルベルトは大げさに両手を広げて、アリスを称えた。

 しかし、リーゼロッテはアルベルトをたしなめた。


「アルベルト兄様、それは褒めていませんよ。まるでアリス様が国を亡ぼす悪女のようではありませんか」

「何を言うんだ、一国の王が自らの国を手放してでも欲しがるほどの女性など、この世の最高峰の誉め言葉ではないか。アリス殿の美しさはそれほどの価値がある」


 アルベルトは持論を展開する。

 本人が国政よりも芸術に偏向しているため、その言葉に重みはないと、誰もが考えていた。

 しかし、アルベルト自身は最大限の賞賛をアリスに送ったと思い込んでいた。

 そして、そんな賞賛を送った相手は、もう自分の虜になっていると思い込んでいる。

 この高貴な自分の最大限の賞賛。

 それに一番酔いしれているのはアルベルト自身だった。

 そんなことに気が付かないアリスではなかったが、白百合の仮面を強くかぶり直した。


「ワタクシが傾国の美女だなんて、身分不相応な評価ですわ」


 照れたように顔を伏せるアリスを見ながら、サラは思った。

(あ、笑いをこらえているわね。アルベルト王子が真剣に言えば言うほど、バカバカしくて、アリスちゃんの笑いのツボに嵌っているわね。ユリアン様は気が付いているのかしら?)

大笑いをして白百合の仮面が外れるのを防ぐため、サラが動いた。


「恐れながら、国王陛下。ユリアン様たちも長旅でお疲れでしょうから、そろそろ……」

「おお、そうだな。ユリアン大公殿も長く逗留されると言うことだ。急ぐ必要もないだろう。今晩はこのくらいでお開きとしようか」


 国王の一言で使節団の歓迎会はお開きになったのだった。

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