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第34話


「ごちそーさまでしたっ!」

 パン、と軽やかに手を合わせ、私は食後にお決まりの挨拶を決める。

「おっ! 完食したな!」

「うん! とっても美味しかった!」

私は、ルドヴィックとテオが持ってきてくれた〝ちゃんとしたほう〟の食事を終えると、あらためてふたりに礼を言う。そのまま、ちらりとふたりの背後を見る。背後には、ロアナが立っている。

「…………」

 食事を終え、ルドヴィックやテオと話している間、ロアナはどこか居心地悪そうに肩を擦りながら、俯きがちに視線を彷徨わせていた。

拠り所のないその姿に、なにか声をかけたほうがいいだろうか、と心のなかで悩むが、結局余計なことは言わずに、私はトレイを差し出した。

「ロアナ、これお願い」

「あ、は、はい」

 俯いていたロアナが私の声にハッとしたように顔を上げる。空になったトレイを私から受け取ると、ロアナはルドヴィックやテオに軽く会釈をして、そそくさと牢を出ていく。

 その背中は少しかわいそうに思えたけれど、今彼女を気遣うのは違う気がしたのだ。それに、もし私が気を遣って話しかけたとして、今はルドヴィックとテオの前だ。ロアナも反応に困るだろう。

 ――いつかロアナともふつうに話せる日が来るといいんだけどな……。

 なんだかんだ、ロアナは素直な女性だ。色恋が絡まなければ、良い友だちになってくれそうな気がするのだが。

 ロアナを見送った後、しばらくルドヴィックとテオと三人で話していると、ルドヴィックが不意に「あぁっ!」と叫んだ。

「うわっ、なにごと!?」

 突然の大声に驚きつつ、私とテオは声を上げたルドヴィックを見る。

「いや、そういえば今日、先輩に荷運びの手伝いを頼まれてたことを思い出して……」

「おまえ、またすっぽかしたのか」

 青ざめた顔をするルドヴィックへ、テオが呆れた顔を向ける。おそらく私も、テオと似たような顔をしている自信があった。

「い、いや。まだだ! 今から行けばなんとか間に合うはず! ごめん、テオ、ローズマリー! 俺、ちょっと行ってくる!」

 言い終わらないうちに、ルドヴィックは慌ただしく牢を出ていった。

 残された私とテオは一度顔を見合わせ、小さく苦笑した。

「相変わらずだね、ルドヴィックは」

「うん……あいつ、いつもあんな感じだから、先輩にもしょっちゅう怒られてるんだけどさ。……でも、驚くほどみんなに好かれてるんだよなぁ」

 テオがルドヴィックが出ていった扉を見つめて呟く。

 テオの視線には、呆れながらも、そのなかにどこか羨望の色が滲んでいる気がして、私はじっとその横顔を見つめた。

「不思議なんだけどさ、子どもの頃から、みんなあいつにはうそをつかないし、自然体だったんだ。どんなに気難しいヤツも、あいつの前でだけは親しげな笑顔を浮かべちゃったりして。……ルドヴィックのそういうとこ、いつも羨ましかったな」

 ひっそりとした声だった。ちらりと横を見ると、テオの長いまつ毛はかすかに震えている。

「……そっか」

「あいつはうそがないから、相手も素直な感情を向けられるんだろうな。羨ましがるなら、俺もルドヴィックを見習えばいい。……そう思うんだけどさ。でもさ、なんとなく、俺がルドヴィックと同じことを言ったとしても、相手はそれを素直には受け取ってくれないんだろうなって思っちゃうんだ。そう思ったら、素直に振る舞うなんてこと、できなくて」

 周囲に馴染むためにじぶんを曲げることが、恥ずかしいんだと思う、どうしても。情けないよな。そう、テオは言う。

「……くだらなくなんかない。分かるよ、その気持ち。すごくよく分かる」

 だって、人間関係でいちばん難しいのは、そこだから。

 たとえば、ルドヴィックを見習ってテオが同じように本音をさらけ出して相手と接したとしても、相手が必ずしもルドヴィックへ抱いた印象と同じ印象を抱くとは限らない。

 ひとは、必ずしも性格だけでひとを見るわけではないからだ。そのひとの容姿や、声質や、地位や、その他諸々の情報をまるごと含めて相手への印象を抱く。

 ルドヴィックであれば受け入れられる言葉も、テオが言ったら皮肉に取られることがある。

 要は、じぶんがどう見られるかは相手次第ということ。

 テオはじぶんが、ルドヴィックのように万人に受け入れられるタイプの人間ではないという自覚があるのだろう。

 容姿端麗で、エリートで、ひとぎらい。

 現在こそローズマリーに心を開いてくれているものの、これまでは違った。もともとたぶん、私たちの本質はよく似ている。

 共感できてしまうからこそ、テオはずっとローズマリーを毛嫌いしてきたのだろう。

 かく言う私も、実はルドヴィックのようなまっすぐで実直なひとに憧れがある。

 ルドヴィックは、だれにでも分け隔てなく接する、というよりは思ったまま行動するタイプだ。

 とはいえ、彼も大人なので、おそらく裏表がまったくないというわけではないのだろう。だが、いわゆる作った感情でひとと接する、という場面が、彼の場合は限りなく少ないように感じる。あくまで、私個人の見解だが。

「俺とルドヴィックは、本質からして違うんだ。だからかもしれないけど、俺はルドヴィックにはなれない俺自身が、ずっとコンプレックスだった。でも、そんなことを言ったらそれこそ嫌味だって言われるって分かってたから、だれにも言えなくて……。けど、そういう雰囲気さえ見越して計算してしまうじぶんも好きになれなかった」

 そうやって、負のループに陥ってた。テオは呟く。

「……そっか」


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