放課後。図書室のパソコンコーナーに集まった俺たちは、SNSの投稿を分析しながら、犯人を特定する手がかりを探していた。学校の情報リテラシー授業用に設置された端末のため、制限はあるものの、公開されている情報をチェックする程度なら問題ない。
机の上には散らかったメモ用紙と数台のスマホが並び、静かな空間にキーボードを叩く音だけが響いている。
「ここ数日の投稿を見比べてみたんだけど……このアカウントの書き込みには、ある程度の法則性があるね」
パソコンでデータを整理していた縁士が、淡々とした口調で言った。彼の指がキーボードを滑ると、モニターに投稿日時の一覧が表示される。
「ほら、投稿時間が特定の時間帯に集中してる」
紫音が画面を覗き込む。
「なるほど……確かに、放課後──特に夕方に集中していますね。投稿者は生徒の可能性が高いです」
「それに、場所も限定されているみたいだな。ほとんどが、学校近くのエリアから発信されているように見える」
縁士はマウスを動かし、投稿に添えられた位置情報をチェックした。彼の指摘に、俺は画面を睨みながら考える。
「つまり、投稿者はほぼ間違いなく、学校の関係者ってことか」
「そういうことになるね」
縁士は肩をすくめると、モニターに映るアカウントの過去の投稿をスクロールした。
「……ほら、ここ。レストランへの悪評を流す前に、特定のアカウントを標的にした嫌がらせ投稿が続いている」
「ってことは、この投稿者は元々こういう手口を使っていたってことか……」
俺は眉をひそめる。
「しかも、このアカウントの投稿、妙に統一感があるな。普通、こういうのってバラバラになりがちだけど……」
「確かに……狙ったターゲットに対して、計画的に悪評を拡散しているように見えますね」
紫音がモニターを指差す。その瞬間、縁士がふっと笑った。
「……これは、素人の仕業じゃないかもな」
「どういうこと?」
俺が尋ねると、縁士は指を組み、静かに答えた。
「単に面白半分で書き込んでいる連中と違って、このアカウントの投稿には一貫した狙いがある。しかも、書き込みの内容がある程度作り込まれているんだ」
「確かに、投稿の内容も的確すぎる気がするね……」
世羅が呟いた。
「もしかして、誰かが裏で指示を出している可能性もある……?」
「その可能性はあるな」
俺が尋ねると、縁士は冷静に頷いた。
「まあ、IPアドレスを直接割り出すのは僕たちには無理だけど……投稿のパターンから推測することはできる」
彼はスマホを取り出し、SNSのアカウントを検索する。
「例えば……このアカウント、特定の店のWi-Fiを頻繁に使っているみたいだな。投稿された時間帯と照らし合わせれば、ある程度の目星はつく」
「特定の店?」
「そう。多分、ネットカフェだ」
縁士がスマホの画面を見せてくる。すると、そこにはネットカフェの内装が映る写真が投稿されていた。
「これって……学校の近くにあるネットカフェじゃない?」
「そういうこと」
縁士がわずかに口角を上げた。
「投稿された時間帯と、不良たちがそのネットカフェにいた時間を照らし合わせると、一致しているんだよ」
「なるほど。じゃあ、もう特定できるんじゃ……?」
俺は思わず身を乗り出した。
「そう急ぐなよ、由井。まだ決定的な証拠がない」
縁士はスマホを閉じ、ゆっくりと椅子に寄りかかった。
「だから、実際に行って確認するしかない」
その言葉に、俺たちは顔を見合わせる。特定の店が絞れた以上、そこにいる可能性が高い。次の行動は決まった。
「……よし、直接確認しに行こう」
俺たちは、すぐにそのネットカフェへと向かった。
店の前に着くと──案の定、窓の向こうに知っている顔が映った。まさに、俺たちが探していた不良グループのメンバーだった。彼らはモニターを見つめながら、何かを書き込んでいる。
「……やっぱり、いた」
俺はスマホの画面を開き、ついさっき投稿された書き込みを確認した。内容は、レストランの悪評を煽るもの。時間を見れば、ほんの数分前だ。
「決まりだな」
俺たちは、意を決して店内へと入った。
「あのさ、君たち。ちょっと外で話したいんだけど、いいかな?」
俺が声をかけると、不良たちは顔を見合わせ、一瞬動揺を見せた。しかし、すぐに誤魔化そうとする。
「は? なんだよ。俺たちが何かしたってのか?」
「この投稿……あなた達がしたものですよね?」
紫音がスマホの画面を見せる。不良たちは一瞬固まったが、すぐに飄々とした態度を取り戻す。
「証拠でもあんのかよ?」
不良の一人が肩をすくめ、余裕の笑みを浮かべる。だが、俺も負けじと視線を合わせた。
「証拠がないとでも思っているのか?」
俺はスマホを取り出し、画面を見せる。そこには、問題のアカウントの投稿履歴が一覧になっている。
「このアカウントの投稿、特定の時間帯に集中しているよな。特に夕方。それと、お前たちがよく溜まっているネットカフェのWi-Fiが使われているのも確認済みだ」
「……は? そんなんで証拠になるかよ」
「そうかな?」
俺は肩をすくめる。
「でもな、不思議なことがあるんだ。このアカウント、数日前にアップしたレストランの悪評の画像……その写真の背景に、お前らの仲間が映っていたんだよ」
「……!」
「まさか偶然って言うんじゃないよな?」
不良たちの表情が一瞬固まる。俺はさらに続けた。
「そもそも、お前達がネットカフェにいる時間帯と投稿のタイミングがほぼ一致している。俺たちは警察じゃないけど、これだけ状況証拠が揃ってれば十分疑われるレベルだよな?」
「……チッ」
不良の一人が舌打ちする。
「どうする? 俺たちの前で白状するか? それとも、これをそのまま警察に持っていくか……どっちがいい?」
そう詰め寄ると、彼らは渋々席を立った。俺たちはそのまま彼らを店の外へと連れ出し、人目のつかない公園まで歩かせた。夕焼けに染まる公園のベンチに、不良たちは腰を下ろす。
「さあ、話してもらおうか」
俺は静かに、しかし逃げ道を塞ぐように問いかけた。すると、不良たちは一瞬固まり、互いに視線を交わした。明らかに動揺しているのがわかる。やがて、一人が口を開いた。
「……あー、面倒くせぇ。何を話せばいいんだよ」
不良は苛立ちを隠せずに逆上し、腕を組みながらこちらを睨んできた。しかし、その目の奥には明らかに不安が滲んでいた。
「なんでこんなことをしたんだ?」
「それは……金のためだよ。簡単に稼げるって言われたからやっただけだ」
「誰に頼まれたんだ?」
俺の問いに、一人が少し躊躇った後、口を開いた。
「……ある日、先輩に呼び出されてさ。先輩と言っても、もう卒業しているんだけど。その時、ちょっとした話を持ちかけられたんだ。『楽に稼げる仕事がある』って。正直、先輩だから断りにくいし、金に困っていたこともあってさ……つい話に乗っちまった」
その返答に、俺は思わず顔をしかめる。
「孝輝が乗っている自転車のブレーキワイヤーを切ったのもお前達か?」
俺が核心を突くと、不良たちは顔を曇らせた。
「いや、違う。それは俺たちじゃない」
答えた不良の目は、至って真剣だった。嘘をついているようには見えない。
「じゃあ、誰が……?」
「さあな。ただ、高嶺鈴っていう一年生の女子から報酬として金をもらったのは確かだ」
「……! 高嶺鈴だって……?」
まさか、高嶺の名前がここで出てくるとは思わなかった。そういえば……以前も、似たようなことがあった。
確か──遠藤と陶山も、彼女の指示で動いて臨時収入が入ったと言っていた。だが……前述の通り、高嶺の家は決して裕福とは言えない。そうなると、別の誰かが金を出しているということになるが……。
(やっぱり、金の出どころが不明なままなのが気になるな)
とりあえず……話を聞く限り、この不良たちは単なる駒に過ぎない。背後にはもっと複雑な事情があるようだった。俺たちはその場を後にし、再び話し合うことにした。
「まさか、高嶺さんが関わっているとは思いませんでした。……やはり、この件はもっと複雑な事情がありそうですね」
紫音が静かに呟いた。
「うん。でも、これで少しは状況が見えてきたよね」
世羅が前向きな声でそう言った。俺は頷くと、深く息を吐き出した。確かに、まだ全貌は見えていないけれど……少しずつ前に進んでいる。
「とにかく、もう少し掘り下げてみよう」
俺たちはゆっくりと歩き出した。夕陽が校舎を赤く染め、静かな風が頬を撫でていった。
後日。孝輝の家族は警察に被害届を提出し、不良グループは書類送検されることになった。ネット上でも彼らの悪行が暴かれ、SNSでは非難の声が相次いだ。レストランの悪評を捏造して嫌がらせをしていたことが広まり、不良たちは逆に炎上する羽目になったのだ。
学校側も今回の事態を重く見ており、不良グループには停学処分が下された。退学が決まったことで、彼らはクラスメイトたちからも完全に見放されたようだ。
「自業自得だね」
世羅が呟いた。俺も同意するように頷いた。
「これで、少しは孝輝君の家のレストランも落ち着くといいんだけど……」
凪沙がほっとしたように微笑んだ。
不良たちは自分たちの行動がどれだけ多くの人に迷惑をかけたのか、ようやく実感したのだろう。退学が決まった最後の登校日。学校の廊下で肩を落としながら歩く彼らの姿を見かけたが、不思議と怒りは湧かなかった。
(ひとまず、この件については一段落したけど……でも、まだ全てが終わったわけじゃない。ブレーキワイヤーを切った犯人を突き止めないと)
俺は心の中でそう呟くと、次に進むべき道を考え始めた。