夕暮れ時の公園。蝉の鳴き声が響き渡り、蒸し暑い空気の中に汗ばむ感覚が広がっていた。
そんな中、俺はある男たちに詰め寄っていた。不良グループを介して呼び出したところで、素直に来るような連中じゃない。だから、ある程度目星をつけて彼らがいそうな場所を探し回った。その結果──公園の片隅でようやく彼らを見つけたのだ。
男たちは、以前バイト中の世羅に嫌がらせをしていた連中だ。レストランの悪評を流していた不良たちに詳細を問いただしたところ、彼らが俺たちの通う学校の卒業生であり、さらにはこの一連の事件の中心にいることが判明した。
──きっかけは、先日凪沙が偶然見つけたSNSのある投稿だった。
「ねえ、湊君。これ見て!」
凪沙がスマホの画面を見せてくる。そこには、あるSNSユーザーが『洋食レストラン“Heart Reef”』の前で撮影したと思しき自撮り写真があった。その背後に、何気なく写り込んでいる三人の男たち。見覚えのある顔――以前、世羅に嫌がらせをした迷惑客達だった。
「この三人って、あの時の連中だよな……?」
俺は画面を見つめながら問いかけた。
「うん」
凪沙が頷く。
「この三人がどうかしたの? 見たところ、偶然写真に映り込んだだけのように見えるけど……」
俺の疑問に対して、凪沙は画面を指差した。
「この呟きの投稿日時を見て。この日、この時間……何があったか覚えていない?」
「ん? 投稿日時……? あ……」
その瞬間、俺は思い出した。まさにその日は、孝輝が事故に遭った日だった。しかも、投稿時間は事故の直前。偶然写り込んでいるように見えた彼らの存在が、突然重大な意味を帯びてくる。
──この偶然の発見が、迷惑客たちと今回の事件を結びつけるきっかけとなったのだ。
「でも、これだけじゃ不十分だな。もっと証拠を集めないと」
俺たちはその日の行動パターンを確認するため、商店街に設置された防犯カメラの映像を調べることにした。最初は断られたものの、孝輝の名前を出して事情を説明しているうちに、周辺の路地に設置された分を確認することができた。
そこには、SNSの投稿写真に写っていた三人が、レストラン周辺をうろついている姿がはっきりと映っていた。しかも、孝輝が事故に遭う数時間前の映像だ。
「やっぱり、映っていたな」
「でも……この人達、今どこで何しているかわからないよね? あれ以来、お店にも来ていないみたいだし」
世羅の疑問に、俺は考え込みながらも答える。
「こういう連中がたむろしている場所って、大体絞れるんじゃないかな。例えば……コンビニの前とか、ゲームセンターとか。あとは──人気のない公園とか?」
以前、ジャージ姿でレストランを訪れていたくらいだから、おそらく地元の人間だろう。そう踏んだ俺たちは、この付近のコンビニ、ゲームセンター、公園を虱潰しに当たってみることにした。
「あ、いた! あの人達じゃない?」
最初に見つけたのは、世羅だった。見れば、人気のない公園の片隅でたむろしている三人組の姿があった。彼らは以前と変わらず、ラフな格好で気怠そうにたむろしている。
俺は世羅と凪沙をその場に待機させると、つかつかと彼らの方へと歩み寄っていく。すると──向こうもこちらに気付いたのか、一瞬ぎょっとしたような表情を浮かべた後、すぐにバツが悪そうに顔を背け立ち去ろうとした。
「ちょっと待ってください」
俺はすかさず彼らの前に回り込むと、行く手を阻む。
「は? 何だよ。てか……お前、もしかしてあの時の店員か?」
リーダー格の男が、不機嫌そうに尋ねてきた。
「お前達が、孝輝の自転車のブレーキワイヤーを切ったんだろ?」
俺はそう問いかけると、事件当日に彼らの姿がSNSの写真に載っていたり、商店街の防犯カメラに映っていたりしたことを説明した。すると、三人組のうちの一人が肩をすくめた。小馬鹿にしたような笑みを浮かべている。
「突然、そんなこと言われても困るなぁ。別に、ただレストランの周辺を歩いていただけなんだから、そんなの証拠にはならないだろ」
「それは……」
「実際に、俺達が自転車のブレーキワイヤーを切っているところが防犯カメラに映っていたっていうなら話は別だけど……そういうわけではないんだろ?」
俺は言葉に詰まった。彼らが怪しいのは間違いないのだが、決定的な証拠とは言えない。今の段階で警察が動いてくれるとは思えない。
「ただ、あの周辺を歩いていただけで警察にしょっぴかれるなんて馬鹿らしいからな」
その態度に苛立ちながらも、俺は冷静さを保とうと必死だった。
「……確かに、今の証拠だけじゃ不十分かもな」
俺はわざと肩をすくめてみせた。三人組の一人が勝ち誇ったように鼻で笑う。
「だろ? 俺たちを犯人扱いするなんて無理だって」
「でもさ……」
俺はゆっくりと言葉を続けた。
「知り合いのバイク屋に頼んでさ、ブレーキワイヤーの破損痕を調べてもらったんだよね」
その瞬間、三人組の表情が一瞬固まった。
「素人目にはわからないけどさ、そういうプロの目から見れば、どんな風に切られたかもわかるんだって」
沈黙が流れる。焦りを隠しきれない様子で、三人組の一人が目をそらす。
「は? だから何だっていうんだ? ワイヤーカッターで切ったかどうかなんて特定できるのかよ?」
男は口を滑らせた瞬間、自分の失言に気づき、顔を青ざめさせた。俺はその言葉を逃さずに食い込む。
「へぇ……ワイヤーカッターで切られたなんて、俺は一言も言ってないんだけどな」
冷や汗をかきながら、三人組は言葉を失った。勝ち誇ったような笑みを浮かべた俺は、ゆっくりと問い詰める。
「もう言い逃れできないだろ? なんでそんなことをしたんだ? 孝輝が何をしたっていうんだよ?」
俺が詰め寄ると、男は不機嫌そうに吐き捨てる。
「別に、個人的にあいつに恨みがあってやったわけじゃねぇよ。……頼まれたんだ、金をもらってな」
その言葉に、俺たちは息を呑んだ。
「……誰に頼まれたんだ?」
俺の問いに、三人は互いに顔を見合わせた後、渋々と答えた。
「高嶺鈴っていう女からだよ。あいつから金を渡されたんだ。『ちょっとした嫌がらせをしてくれ』ってな」
鈴の名前が出てきたことに驚きと同時に、疑念が湧く。しかし、それだけでは終わらなかった。
「でも……」
一人が口を濁す。
「あの女も、誰かから金を受け取っていたみたいだった。それを俺たちに報酬として渡したんだ。詳しいことはわからねぇけど」
その言葉が頭の中で引っかかった。やはり、全てを牛耳っているのは別の存在なんだろうか。
(あれ? 待てよ……)
男たちの話を聞いて、俺はふとあることに気づく。
そういえば……以前、孝輝と不良グループの関係について何人かに聞いたけど、何故か証言がバラバラだったな。最初は大したことじゃないと思ってたけど……。
(もしかして、誰かが意図的に情報をずらすよう生徒たちに強要していた……?)
そう考えた俺は、ある仮説を立てる。もしかしたら、その「誰か」は、俺達が聞き込みをすることを見越して何人かの生徒の弱みを握っていたのかもしれない。別に、直接脅さなくても、メッセージアプリなどを介して正体を明かさないまま弱みを握れば済む。
中には関わりたくない、といった感じで逃げるように立ち去った生徒もいたし、そう考えると辻褄が合うのだ。
「それ以上のことは知らねぇよ。俺たちは、ただあの女の指示通りに動いただけだ」
その場に漂う緊張感が、さらに増していく。
「……誰が彼女に金を渡していたか、全く知らないのか?」
俺の問いに、三人は首を横に振った。
「本当に、何も知らないんだって」
この期に及んで、三人が嘘をつくとも思えなかった。となると、これ以上追及しても無駄だろう。
「な、なあ……俺達、そこまで重い罪にはならないよな? だって、ただ命令されてやっただけだし」
不安そうに尋ねてくる男に、俺は容赦なく告げた。
「それは、警察の判断次第だな。ただ、まあ……お前らがやったことは、ちゃんと裁かれるべきだ」
その言葉に、三人の顔から血の気が引いた。彼らの震える手を見ながら、俺は警察に通報するためにポケットからスマホを取り出した。
数日後──三人は警察に逮捕された。地域の掲示板やSNSでは彼らの悪行が広まり、地元でも問題視されるようになった。