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55.見えない協力者

 午前中の授業が終わるなり、俺は校舎裏のベンチへとやって来た。コンビニで買ったパンをかじりながら腰掛けると、凪沙がいじめグループのターゲットになった件について考え始める。


(どうも気になるんだよな……)


 単なる嫌がらせを超えた、もっと大きな意図を感じる。

 そんな考えを巡らせていると、世羅が校舎の角から現れた。彼女の顔には心配の色が浮かんでいた。


「湊君。何か考え事……?」


「ん? ああ……凪沙が受けたいじめのことだよ。どうしても、腑に落ちなくてさ」


 世羅は小さく頷くと、隣に腰を下ろした。


「実は、私もずっと気になっていたの。あのいじめグループ、確かに悪名高いけど……今までターゲットにしてきたのは、何かしらの理由がある相手ばかりだったみたい」


「どういうこと?」


「少なくとも、ただ目が合ったとか、態度が気に入らないってだけでいじめることはなかったらしいの。過去のターゲットも、何かしらの事情があったみたい」


 世羅の話を聞きながら、頭の中で情報を整理する。

 凪沙をいじめた女子グループは、衝動的に行動するタイプではない。誰かの指示や、それなりの動機があったと考えるのが自然だ。


「……このままじゃ納得できないな」


 そう呟いた俺は、凪沙をいじめた女子グループの周辺を調べることに決めた。



 ***



 放課後、教室には俺と凪沙だけが残っていた。静まり返った教室に、かすかに運動部の掛け声が響いてくる。


「……ん?」


 ふと、凪沙が机の上にスマホを置いたまま、難しい表情でじっと画面を見つめていることに気づいた。


「どうかした?」


「え? あ、ううん、別に……」


 凪沙は慌ててスマホを裏返し、苦笑いを浮かべる。しかし、その表情にはどこか迷いがあった。


「……いや、何かあったよね?」


「うん……まあ、ちょっとね」


 凪沙はため息をつき、スマホを少し持ち上げる。画面にはSNSの通知がいくつも並んでいた。


「最近、よく変なDMが来るんだ……。気にしないようにしているんだけど、やっぱり目に入ると、ちょっと嫌だなって思っちゃうんだよね」


 凪沙は努めて軽く言ったが、手元がかすかに震えていた。


「変なDMって、どんな内容?」


「……『お前なんかいなくなればいい』とか、そんなの」


 俺は眉をひそめた。


「心当たりはないの? 最近、SNSで誰かと揉めたとか……」


「うーん……わからないけど……。まあ、適当に煽っているだけの匿名アカウントだと思うし、気にしないようにするよ」


 そう言って凪沙は笑ってみせる。けれど、その笑顔はどこかぎこちなく、無理をしているように見えた。


「気になるなら、俺が調べようか?」


「えっ、いいよ! そんなの……湊君が気にすることじゃないから!」


 凪沙は慌てたように首を横に振った。


「本当に、ただの嫌がらせだから……。湊君に迷惑かけたくないし」


「迷惑とか、そういう話じゃないよ」


「でも……」


 凪沙は一瞬、言葉に詰まった。俺はそれ以上問い詰めるのをやめた。今は話す気になれないのかもしれない。


「……わかった。でも、何かあったら遠慮なく相談して」


「うん……ありがとう、湊君。じゃあ、今日は先に帰るね。また明日」


 凪沙が小さく微笑んだので、俺は「うん、また明日ね」と返して教室から出ていく彼女の背中を見送った。



 ──三十分後。日直の仕事で職員室に行っていた俺は、教室に戻って来る。ふと、自分の席の机の上に封筒が置かれていることに気づいた。


「なんだ、これ……?」


 封筒を開けると、メモ用紙と数枚の写真が入っていた。おそらく、スマホで撮影したものをプリントしたのだろう。一枚目の写真を手に取る。すると──その写真には、凪沙をいじめた女子グループのメンバーが見覚えのある男たちと一緒にいる場面が写っていた。


(これって……)


 メモには、簡潔な文字でこう書かれていた。


『これで、あの三人といじめグループの繋がりがわかったはず。それから、桜庭さんへのいじめはまだ続いています。気を付けて。 ──協力者』


(え……?)


 俺は慌てて周囲を見渡したが、それらしき人物の姿はなかった。一体、誰がこんなものを……?

 そう思いながらも、俺は他の写真を確認する。残りの写真には、凪沙がいじめグループの女子に突き飛ばされる場面や、物を投げつけられている場面が写っていた。


(そんな……でも、凪沙はそんなこと一言も──)


 そこまで考えて、俺はあることに気づく。おそらく……凪沙は俺たちに迷惑をかけたくないから、とこの事実を隠していたのだろう。俺は驚愕と怒りを覚えた。


 教室を飛び出した俺は、下駄箱の前で待っていた世羅に写真を見せる。


「世羅、これ見て。さっき、職員室から戻ってきたら机の上に置いてあったんだ」


 俺は封筒の中身を見せた。世羅は驚いた表情で写真を見つめた。


「これって……凪沙がいじめられているところ……? それに、この三人って……」


「ああ。あの三人組だ。どうやら、三人組のうちの一人の妹が、凪沙をいじめた女子グループの一員だったらしい」


 俺がそう言うと、世羅は目を見開いた。


「そんな……じゃあ、やっぱり偶然凪沙がターゲットにされたわけじゃなかったってこと?」


「多分ね。もっと、計画的なものだったんだと思う」


 その瞬間、背筋にゾワリとした感覚を覚えた。誰かに見られている──そう確信して振り返ると、遠くの校舎の窓に人影があった。しかし、俺が気づいた途端、それは素早く姿を消した。


「今、誰か見てなかった……?」


 世羅が不安そうに囁く。俺は頷きつつも心を落ち着けようとした。


「うん、多分」


 世羅は口元を引き結んだ。


「もしかして、高嶺さんの仲間……? さっきの人も、彼女が動かしているのかな……?」


「わからないけど……もしかしたら、高嶺すらも誰かに指示されて動いているのかもしれないな」


 俺が答えると、世羅はしばらく考え込むように黙った。


「つまり──高嶺さんも、知らないうちに誰かに操られていたってこと?」


「その可能性は高い。彼女も、ただの駒に過ぎないのかも。そして、その背後にはもっと大きな存在がいるような気がする。……確証は持てないけど」


 俺たちの間に沈黙が落ちた。


「もし、高嶺さんの背後にもっと大きな存在がいるなら……これ以上近づくのは危ないかもしれないね。……でも、凪沙は今もまだあの女子グループに怯えてる。放っておけないよ」


 世羅の声には不安がにじんでいたが、それでも諦める様子はなかった。


「ああ。俺達が何としても凪沙を守ろう」


 その時、ふと少し離れたところから視線を感じた。昇降口の柱の陰に、人影が見える。俺たちは、顔を見合わせた。


(また、誰かが監視している……?)


「……世羅はここで待ってて。俺が確かめてくる」


 世羅は動揺しつつも頷く。俺は、人影に向かってゆっくりと歩き出した。


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