俺は美優を見つめながら、慎重に言葉を選んだ。
「今はみんな新田さんの言い分を信じているけど、そのうちぼろが出るよ。そしたら、さすがの君も立場を失って孤立するんじゃないかな」
美優の表情がわずかに強張る。
「君の背後にいる人物が誰かは知らないけど、その人にも切り捨てられるかもしれないよ」
美優の瞳が揺れた。やはり、何者かが糸を引いている。
「今のうちに罪を認めたほうがいい。謝れば、少なくとも全部を失わずに済むかもしれないよ」
一瞬、美優の唇が震える。しかし次の瞬間、顔を上げて言い放った。
「だから、何度も言ってるでしょ? 私は由梨に脅されて、主犯に仕立て上げられただけなの!」
予想通りの反応だ。自分が張った虚構を崩すことはできないと判断し、強引に押し通そうとしている。でも、これでいい。
こういう言い逃れは、タイムリープ前の職場でも何度も見てきた。そして、俺はそれを崩す方法も知っている。
「新田さんは藤咲さんに脅されていた証拠を持っているんだよね? それで……さっき、それをみんなに見せたと」
「……そうだけど?」
美優が堂々と頷く。その表情には余裕すら感じられる。自分の証拠が絶対的なものであり、もう誰にも覆せないと確信している顔だった。
だが、それが間違いだ。俺は小さくため息を吐くと、言葉を続けた。
「そっか。でも、腑に落ちないな。それなら、どうして藤咲さんが自ら凪沙に接触したの? もし藤咲さんが真の主犯なら、自分でやるよりも新田さんか他の取り巻きにやらせればいいと思うんだけど」
一瞬、美優の顔がこわばった。それを見た俺は、ふとコールセンターのバイトでクレーム対応をしていた頃のことを思い出す。嘘をつくクレーマーは皆似たような反応をする。矛盾を突かれると、一瞬だけ黙るのだ。
そして、次に出るのは──
「それは……由梨が自分でやりたかったんでしょ。きっと、私のことが信用できなかったんだと思う」
……やっぱりな。クレーム客と同じだ。突っ込まれた瞬間、具体的な根拠もなく「相手の気持ち」を勝手に代弁し始める。見え透いたごまかしだ。
「へぇ……由梨が自分でやりたかった、と」
俺はわざと感心したように呟いた。
「じゃあ、新田さんって他にもいろいろ“命令”されていたはずだよね? 具体的にどんな指示があったの?」
「えっ?」
美優の目が一瞬泳いだ。
(だよな。そんなもの、存在しないんだから答えられるわけがない)
沈黙が続く中、隣で成り行きを見守っていた世羅が、一歩前に出て声を少し強めた。
「本当に怖かったんだよね? 無理やりやらされたっていうなら……どんなふうに脅されたのか、教えてくれない? どんな言葉を使われて、どんな気持ちで動いていたのか……私たち、ちゃんと知りたいの」
世羅は笑みを浮かべると、美優との距離を詰めていく。彼女の視線に射抜かれたように、美優の顔が引きつる。教室に緊張が走った。
(ナイス、世羅)
俺が目で合図を送ると、世羅は小さく頷き返した。そんなやり取りをしていると、美優は我を忘れたかのようにこちらを鋭く睨みつけた。その目は、打開策を必死に探す焦りに満ちていた。
その瞬間、俺は再び既視感を覚える。そういえば……ホストクラブのボーイをやっていた頃に何度も見かけた。売上が落ちたホストが、無理やり客を繋ぎ止めるために言い訳を重ね、どんどん泥沼にはまっていく様を。言い訳を重ねるほどに、ぼろが出る──それは昔、何度も見た光景だった。
(……さあ、新田。お前もその典型だ)
「えっと……それは……」
美優は何かを言いかけては、言葉を飲み込んだ。その沈黙こそが、彼女の答えだった。平静を装ってはいたが、指先がかすかに震えている。今、この状況で下手な言い訳をすれば、矛盾が生まれるとわかっているのだろう。俺は、タイミングを見計らって口を開いた。
「新田さんの証拠って、あのスクショだけだよね? でも……あれも捏造だったとしたら? その可能性だってあるよね?」
畳み掛けるようにそう言うと、誰かが小さく息を呑む音が聞こえた。美優は拳を握りしめ、動じないふりをする。だが、こわばった表情に周囲の視線が集まった。
「違う! 本当に私は……!」
必死に言葉を紡ごうとしたその瞬間、別の場所から声が響いた。
「……嘘だよ、それ」
その声に、美優が息を呑む。静かに告げたのは──高橋だった。
「美優がいじめグループの主犯で、私達はずっと脅されていたの。藤咲さんが仕切っていたって言っていたけど……それ、全部嘘。ねえ、美優……あんた、『もっと桜庭凪沙を追い詰めろ』って、何度も私に言ったよね? 証拠もあるから、見て」
高橋がスマホの画面を見せてきた。そこには、美優の名前と共に、残忍なトークの内容が映し出されていた。
『もっと桜庭凪沙を追い詰めろ』
『今日の放課後、桜庭の持ち物捨てといて』
画面がスライドされ、次のやり取りが表示される。
『もうやめない? やりすぎじゃない?』
『は? 何言ってんの? やりたくないなら、グループから抜ければ? ただ、その後どうなるか分かってるよね?』
その瞬間、教室の空気が凍りつく。生徒たちの視線が一斉に美優へと向かう。そこにあったのは、疑念と失望だった。
美優の顔がこわばった。画面に映されたその文字列が、彼女にとって何より恐ろしい“証拠”だった。言い逃れは、もうできない。
「な、なにそれ……ちょっと待って、意味わかんない……!」
美優は震える声でそう呟いた。そんな彼女を高橋が無言で見つめながら、スマホのボイスメモを再生する。スピーカーから流れてきたのは、美優本人の、冷え切った声だった。
『もっとやれ。徹底的に追い詰めてやれ。そうすれば、あいつはもう学校には来られなくなる』
声が響いた瞬間、教室内のざわめきが大きくなる。誰もがその音声に驚き、そして恐怖を感じている。同時に、美優の顔から血の気が引いたように見えた。その表情からは普段の強気な様子は消え失せ、ただ絶望に打ちひしがれる少女の姿だけがそこにあった。
「最初は怖くて言えなかった。でも、もう限界。全部話すよ」
高橋がそう言うと、生徒たちの視線が一斉に美優に向かう。
「嘘つき」
誰かが冷たく呟いたその一言が、美優の胸に深く突き刺さったのがわかった。それは、まるで目に見えない鎖が彼女の全身をじわじわと締めつけていくようだった。