翌日の昼休み。昼食を終えた教室には、まだクラスメイトたちの談笑が残っている。
窓から差し込む柔らかな陽射しの中、俺は静かに弁当箱を片づけると、鞄の奥からスケッチブックを取り出した。
ページの間には、未来の紗菜さんから届いたあのメモが挟まれている。何度も読み返したはずのその文面――そう思っていたのに、不意に折り目がずれて、裏にもう一文あるのを見つけた。
――『孝輝が二度目の事故に遭った横断歩道の通行止めが、前倒しで解除されるらしい。日付を、市の交通サイトで確認して』
(通行止めの解除……? まさか、こんな形で舞台が整ってしまうなんて)
俺はスマホを取り出し、急いで市の交通情報サイトを開いた。
狙いはただ一つ――例の通行止め解除の情報だ。画面をスクロールしていくと、目的の文字がすぐに目に飛び込んできた。
「……やっぱり。予定より早く、解除されることになってる……」
事故が起きたあの横断歩道。
通行止めの解除と、孝輝が事故に遭ったタイミングがぴったり重なる。
偶然なのか。それとも、誰かの仕業なのか――。画面の文字を見つめながら、胸の奥がじわりと熱くなるのを感じた。
確認を終えた俺は、そのまま印刷室へと向かった。担任が休んでいる間、代わりに副担任の英語教師から配布プリントを頼まれていたのを思い出したからだ。
印刷室のそばを通って職員室の前に差しかかったとき、中から漏れてきた声に、思わず足が止まった。
「来週から代理の先生が来るって、聞きました?
「えっ、本当ですか?」
「ええ。川原先生、少し前から体調を崩して休んでいたでしょう? それで入院することになったみたいなんです。本当に急ですよね……」
その話を聞いた瞬間、胸の奥がざわついた。
確かに、担任の川原先生は数日前から体調を崩して休んでいた。でも──
(柊圭介……? そんな名前の教師、俺の知っている過去には存在しなかった。おかしい……)
ドアの隙間から見える、職員室の奥に並んだ空の教師机が妙に整然としていて、なぜかそれすらも不穏に映った。
(とりあえず……世羅と凪沙を誘って現地を見に行こう)
柊という教師のことも気になるが、今は調査を進めるのが先決だ。
そして、放課後。世羅と凪沙を呼び出した俺は、なるべく自然に切り出す。
「ちょっと、気になることがあるんだ。……孝輝の家の近くにある横断歩道で、工事の通行止めが予定より早く解除されるって聞いてさ」
二人が顔を見合わせるのを横目に、俺は続けた。
「孝輝、コンビニ行くときによくあそこ通るらしいんだよ。それで……この前の不審者の件もあるし、念のために場所を確認しておきたいと思って。相手がどんな手を使ってくるか分からないけど、車を使ってくることも考えられる。……最近ひき逃げのニュースも多いし、もし孝輝が誰かに狙われているとしたら、そういう形で襲ってくる恐れもあるからさ」
俺の言葉に、世羅が小さく頷いた。
「わかった。何かあったら、早めに気づけるかもしれないしね。私も、行くよ」
それに続いて、凪沙も頷く。
「やっぱり、ちょっと気持ち悪いもんね……私も協力する」
俺たちは顔を見合わせると、三人で連れ立って放課後の通学路を歩き出した。
***
Side 世羅
学校からそう遠くない、
通りを走る車の音が、なぜか遠くで響いているように感じられた。
横断歩道の前に立った瞬間、世羅の足がふと止まる。
風の音、車のブレーキ音、人通りの少なさ──。
そのすべてが、妙に生々しく肌に触れるような感覚となって、じわじわと迫ってくる。
「……あれ?」
ぼそりと呟いた声は、自分でも驚くほど小さかった。
「なんでだろ……この場所、なんだか……懐かしいっていうか、怖いっていうか……」
言葉にしながら、胸の奥がざわつく。次の瞬間、頭の奥にざらついた映像が浮かんだ。
──誰かの叫び声。
──差し出された手。
──自分に迫る車。
──目の前に立ち塞がった、誰かの背中。
「……っ」
世羅は小さく息を飲んだ。心臓がドクンと脈打ち、汗が背中を伝う。けれど、その映像はあっという間に霧のように消えていく。
「世羅……? どうかしたの?」
ふと、湊の声が聞こえた。世羅は反射的に首を振る。
「え……? ううん、別になんでもないよ」
口元には笑みを浮かべたつもりだったが、頬の筋肉が固くこわばっていた。
(なんだろ、今の……。すごく気になる。でも──)
世羅はそんなことを考えながらもう一度、横断歩道を見つめた。
(今は、とにかく孝輝君を守ることに集中しなきゃ……)