町の中にある使われていない狩人小屋。
ブロック塀で囲まれた町は、監視塔と中央に屋敷がある。
住民よりも軍人の数が多く、通りを歩けば銃と大鷲マークが、何よりも入ってくる。
赤ずきんは折り畳み式のイスに腰掛けて、右手を眺めた。
『赤ずきん、手はもう大丈夫?』
体長130センチの若い狼は心配そうに喉を鳴らした。
「平気、もう傷は塞がって痛みもないよ」
ポシェットからリンゴを、どうぞ、と差し出す。
喜んで大きな口を開け、鋭く尖った牙で果汁さえ逃さず、愛らしく食した。
「せっかく安全な町にいるんだし、ゆっくりしようか」
ごくん、とリンゴを飲み込んだあと、狼は辺りを見回す。
『ここ、なんだか苦しいかも』
「国家の礎を表してる素晴らしい町だと思うけどね」
『うーん』
狼は唸りつつ、赤ずきんの足元に伏せて、さらに与えられたリンゴをむしゃむしゃと食べる……――。
中央の屋敷では、使用人たちが働いている。
軍人の料理を作ったり、部屋の掃除をしたりと大忙し。
3階寝室前で屈強なスキンヘッドの軍人が守衛のように立つ。
「ねぇワイアット、リンゴが食べたいわ」
ベッドの上で両手を交差して強請るように言う少女がいた。
長い髪を後ろで編み込んだ薄い赤毛とそばかす、ワンピース姿。
「了解しました、エルシー様」
敬礼に対し、エルシーは不服に口を膨らます。
「ちがうちがう、そんな軍人みたいな対応嫌い」
「軍人、なんですが」
「私とワイアットは年が近いでしょ、だからアナタだけでも友達として接してほしいの、エルシーって呼び捨てにして」
「わ、分かりました、えと、エルシー」
満足気に頷く。
「よしよし、じゃあ早くリンゴ持ってきて」
「了解」
寝室から出ると、スキンヘッドの軍人が揶揄う。
「ワガママお嬢様に気に入られてんな坊主」
「いやぁ、はは」
ワイアットは苦笑いしつつ応えた。
調理室に入ると、コックが夕食の準備をしていた。
「すみません、リンゴってありますか?」
「あぁエルシー様のお使いか。リンゴなら……あぁすまん切らしてるみたいだ」
「じゃあ俺、お店で買ってきます」
屋敷を飛び出し、駆け足で食料雑貨店へ。
扉を押し開けると、鈴が鳴り響く。
「いらっしゃいませ、どうも兵士さん」
「ども、リンゴをくださ……あれ」
ワイアットは店内を見回した。
「リンゴなら少し前に売り切れましたねぇ」
「そう、なんですか……あぁ」
肩を落として、沈んだ声を出す。
「もしかしてエルシー様のお使い? そりゃマズイね、最後に購入したお客さんなら、まだ町に滞在するって言ってたな、分けてもらえるかもよ」
「どんなお客さんでした?」
「それがとにかく美人で、綺麗で穏やかな青い目、ちょっとくすんだ赤いコートにぃ」
「赤いコート!?」
ワイアットは目を大きくさせて店主の情報に食いつく。
「もっと詳しく教えてください!」
「いやいやこれ以上詳しいことは何も……うーんえーとそうだ、狩人か訊いたら、何でも屋だって言ってたよ」
カウンターに両手を置いて、そのまま額を打ち付けた。
店主は思わず後退り。
真っ赤になった額を擦りながら顔を上げたワイアットは、
「痛い、ゆ、夢じゃない……探してみます!!」
激しく鳴り響く鈴の音を残して出て行った。
ワイアットは町の人々に尋ねながら走りまわる。
「赤いコートの女性? あぁ珍しい狼を連れてたなぁ、まだ狩人小屋にいるんじゃない」
「ありがとうございます!」
全力疾走で狩人小屋に到着したワイアットは静かに呼吸を整えた。
ゆっくり、土を踏む。
小屋に続く道を進んでいく。
最初に映り込んだのは折り畳みのイス。
誰も座っていない。
リュックが置きっぱなしで、開いたポケットからリンゴがはみ出ていた。
「間違いない、彼女の」
『あっ』
無邪気な声が聞こえ、振り返る。
慌てて走り去っていくふさふさの尻尾が小屋の角を曲がっていく。
急いで追いかけて小屋の裏側に回ると、体長130センチの若い狼がリンゴを銜えて唸っていた。
「あぁ!」
『ぐるるるぅ……むしゃ』
太い牙でリンゴをかみ砕き、喉の奥へ流し込む。
『ワイアットがどうしてここに』
やや不機嫌に狼は呟いた。
「その、任務で、それより君こそなんで、赤ずきんは?」
『い、いないよ、ボクだけだもん』
「町のみんなが赤ずきんを見てる、君がいるなら彼女もいるはずだ」
『うぅいないもん! あっちいけ!』
威嚇して吠えられ、ワイアットは戸惑ってしまう。
「大切な相棒に何をしているんですか?」
冷静な声のあと、後頭部に冷たい筒が触れる。
ワイアットはゆっくり両手を上げた。
「ひ、久しぶり……何も、ただ任務で、リンゴを探してるだけ」
「どうも。任務でリンゴを探してるんですか、ほら狼クン、ここは安全な町だよ」
『もう、そんなのいい、とにかくワイアットを遠ざけて』
「だそうです。ワイアットさん、リンゴを分けますから離れて頂けますか? できないなら、撃ちます」
「わ、分かった、約束する」
後頭部から冷たい筒が離れていき、ワイアットは何度か頷く。
「ありがとう」
ゆっくりと振り向く。
穏やかな青い瞳に、ワイアットは綻ばせた。
だがすぐに表情を曇らせ、赤ずきんの右手を掴む。
「この傷、何があったの?」
焦りを隠せず、両手で包み込んだ。
「怪我をしただけですよ、もうほとんど完治してますからご心配なく」
「消毒は? 病院に行ったの? 軍医に頼んで診てもらった方がいい」
「いえ……ご心配なく」
やれやれ、と肩をすくめた。
『うー……』