エルシーは屋敷の窓から町全体を見渡した。
町の内側、隅に置かれた狩人小屋も、外の森と山、遠くへ続く街道も見渡せる。
エルシーはジッと目を凝らし、誰かを探す。
赤いコート、ライフル銃、傍には体長130センチほどの狼、が目に留まった。
前のめりになって、少し身を乗り出す。
「あの人が、ワイアットの……」
まるで呟きに反応したように、振り返る。
フードを深くかぶっていて、ハッキリ顔を捉えることはできないが、細身かつ控えめな動作から、女性だと気づく。
「よく見えなかったけど、きっと綺麗な人だわ」
心をくすませる感情に襲われかけ、窓から離れた。
己の病弱な姿を鏡に映す。
筋肉のない、すぐ折れてしまうような手足と、病弱な目元、赤毛とそばかす。
肯定的な意味を取り出すことができないまま、ベッドに身を投げた。
『そういやお嬢様のお友達役は?』
守衛の笑い交じりの話し声が聞こえる。
『今さっき愛しい彼女のもとへ走っていったよ』
『はぁー軍人失格だな』
『滅多に会えないし、いいだろ』
『とんでもない高嶺に恋するなんてな……可哀想な奴だ』
シーツの布を握り締め、皺を寄せた……――。
『どうしたの?』
「いやぁ、ちょっと視線をね。確か総帥のご親戚があの屋敷で療養中なんだってね」
『ボクの知らないところでワイアットと話したの? 赤ずきんは物好きだ』
嫌そうにワイアットの名を呼ぶ。
「相変わらず嫌いなんだね。都では一番世話を焼いてくれたのに」
『だってだって、赤ずきんを見る目が気持ち悪いんだもん』
「うーん、そうかなぁ、そんな目してたかな」
『してた、うっ』
気配とニオイに気付き、狼は不快に唸った。
振り返ると帽子を外し、背伸びしたワイアット。
「狼クンとの約束、まだ有効ですよ」
『何の用?』
45口径のダブルアクションリボルバーに手を添える。
「ごめん、でも、少しだけ話をしたくて……次いつ会えるか分からない。狼君が俺のことを嫌うのは当然だ。むしろ嫌われてる程度で済んでることが奇跡だと思う、だけど、彼女と話をさせてほしい」
『むむむ……それってつまり、赤ずきんを愛してるってこと?』
「えっ、あぁーえと、愛というか、そのぉ、友達として!」
『……ワイアットは、愛してる相手いないの?』
「そんなこと、ないよ。でも俺だけ、多分」
ちらちらと赤ずきんを覗き見るが、傾げるだけ。
『べーっだ、ボクは小屋でリンゴ食べてるからっ終わったら呼んでよね!』
むしゃくしゃとした態度で狼は、リンゴの入ったカバンを銜えて狩人小屋に入ってしまう。
肩をすくめる赤ずきんは、フードを捲り、穏やかな碧眼と金髪の三つ編みを露出させた。
「それで新米兵士さん、話ですか」
呼び方に、軽く口を曲げてしまう。
「俺は、一度も君の名前を忘れてない、忘れられない」
「そうですか」
「アーサーのこと、聞いたよ。とても残念だ、いつも俺のことを揶揄ってたけど、悪い人じゃなかったから……ライアン隊長も悲しんでた」
「えぇ、私もそう思います」
淡々とした返しに、ワイアットは首を振る。
「都にもう戻ってこないんだ?」
「今のところ帰るつもりはありませんね」
「どこまで、旅を続けるの? ゴールとか」
「うーん、死ぬまで旅を続けるか、狼クンが住みたいと思える場所で落ち着くか、ですね」
「そっか、そっか……」
「はい、話は終わりですか?」
帽子を強く握りしめ、一歩踏み込んだ。
「もう二度と会えないかもしれない、だから言わせてほしい、俺は――」