目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

想いを伝える

 エルシーは屋敷の窓から町全体を見渡した。

 町の内側、隅に置かれた狩人小屋も、外の森と山、遠くへ続く街道も見渡せる。

 エルシーはジッと目を凝らし、誰かを探す。

 赤いコート、ライフル銃、傍には体長130センチほどの狼、が目に留まった。

 前のめりになって、少し身を乗り出す。


「あの人が、ワイアットの……」


 まるで呟きに反応したように、振り返る。

 フードを深くかぶっていて、ハッキリ顔を捉えることはできないが、細身かつ控えめな動作から、女性だと気づく。


「よく見えなかったけど、きっと綺麗な人だわ」


 心をくすませる感情に襲われかけ、窓から離れた。

 己の病弱な姿を鏡に映す。

 筋肉のない、すぐ折れてしまうような手足と、病弱な目元、赤毛とそばかす。

 肯定的な意味を取り出すことができないまま、ベッドに身を投げた。


『そういやお嬢様のお友達役は?』


 守衛の笑い交じりの話し声が聞こえる。


『今さっき愛しい彼女のもとへ走っていったよ』

『はぁー軍人失格だな』

『滅多に会えないし、いいだろ』

『とんでもない高嶺に恋するなんてな……可哀想な奴だ』


 シーツの布を握り締め、皺を寄せた……――。





『どうしたの?』

「いやぁ、ちょっと視線をね。確か総帥のご親戚があの屋敷で療養中なんだってね」

『ボクの知らないところでワイアットと話したの? 赤ずきんは物好きだ』


 嫌そうにワイアットの名を呼ぶ。


「相変わらず嫌いなんだね。都では一番世話を焼いてくれたのに」

『だってだって、赤ずきんを見る目が気持ち悪いんだもん』

「うーん、そうかなぁ、そんな目してたかな」

『してた、うっ』


 気配とニオイに気付き、狼は不快に唸った。

 振り返ると帽子を外し、背伸びしたワイアット。


「狼クンとの約束、まだ有効ですよ」

『何の用?』


 45口径のダブルアクションリボルバーに手を添える。


「ごめん、でも、少しだけ話をしたくて……次いつ会えるか分からない。狼君が俺のことを嫌うのは当然だ。むしろ嫌われてる程度で済んでることが奇跡だと思う、だけど、彼女と話をさせてほしい」

『むむむ……それってつまり、赤ずきんを愛してるってこと?』

「えっ、あぁーえと、愛というか、そのぉ、友達として!」

『……ワイアットは、愛してる相手いないの?』

「そんなこと、ないよ。でも俺だけ、多分」


 ちらちらと赤ずきんを覗き見るが、傾げるだけ。


『べーっだ、ボクは小屋でリンゴ食べてるからっ終わったら呼んでよね!』


 むしゃくしゃとした態度で狼は、リンゴの入ったカバンを銜えて狩人小屋に入ってしまう。

 肩をすくめる赤ずきんは、フードを捲り、穏やかな碧眼と金髪の三つ編みを露出させた。


「それで新米兵士さん、話ですか」


 呼び方に、軽く口を曲げてしまう。


「俺は、一度も君の名前を忘れてない、忘れられない」

「そうですか」

「アーサーのこと、聞いたよ。とても残念だ、いつも俺のことを揶揄ってたけど、悪い人じゃなかったから……ライアン隊長も悲しんでた」

「えぇ、私もそう思います」


 淡々とした返しに、ワイアットは首を振る。


「都にもう戻ってこないんだ?」

「今のところ帰るつもりはありませんね」

「どこまで、旅を続けるの? ゴールとか」

「うーん、死ぬまで旅を続けるか、狼クンが住みたいと思える場所で落ち着くか、ですね」

「そっか、そっか……」

「はい、話は終わりですか?」


 帽子を強く握りしめ、一歩踏み込んだ。


「もう二度と会えないかもしれない、だから言わせてほしい、俺は――」


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?