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第56話 手がかり

 俺と双葉が同居を始めることになったという部分に大きく反応した本庄さん。


 出会って間もない俺達がそんな突然、そんな結論を下したというのだから驚くのも無理はないだろう。


「え、じゃあ今も一緒に暮らしているってこと?」


「そうですね。そうなります」


「……男の子と女の子なのに、私と泉さんよりも進展が早いなんて。男女だからむしろってことなのかしら」


 顎に手を当て、ぶつぶつと呟く本庄さん。

 話を進めようか悩んだ俺はとりあえず本庄さんが落ち着くのを待つことにした。出されたお茶で喉を潤していると、ハッとした本庄さんが俺の顔を見た。


「あ、ごめんなさいね。続けましょう?」


 あはは、と笑う顔はまるで子どものような無垢さがあった。

 結構歳は離れているんだけど、こうして向かい合って喋っていると、不思議とその差を感じさせない独特の空気感が彼女にはあった。だからか、俺もついついどうでもいい話をしてしまいそうになる。


「それで、えっと、なんだったかしら。二人が同居を始めたのよね?」


「そうですね。えっと、それから俺は彼女に魔女についていろいろと聞きました。本庄さんもご存知の通り、魔女は謝儀を受け続けなければならないという宿命や、その為に町に出て人助けをしていること。俺は魔女に加えて、その本人――双葉閑についてを知っていくことになりました」


 それから夏休みに入り、クラスの友人と力を合わせて三日月の魔女の都市伝説についてを調べていること。まだ核心を突く真実には辿り着いていないこと、そして、だからこそ本庄さんを頼ったことを話した。


「なるほど。それで、あなたの知りたいことを聞いていきましょうか?」


 事情を把握してくれた本庄さんは本題への突入を促す。


「最初に、というかぶっちゃけこれが全てっちゃ全てなんですけど、双葉泉さんの死について」


 本庄さんは俺の言葉に一瞬だけ表情を固めた。。

 忘れたことはないと言っていた。だからといって、それを意図的に思い出させるのは酷だと自分でも思う。それでも、同じ過ちへ向かわないため、俺は土足でその場所へ足を踏み入れようとしているのだ。


「……」


「本庄さんは泉さんの死因を、知っているんですか?」


 本庄さんは小さく息を吐いた。

 数秒、気持ちを落ち着かせるように俯き、そして再び顔を上げたときには先程までと同じ優しい笑みを浮かべてくれていた。


「魔女の呪いよ」


「小説でもそう書かれてましたよね。あれは結局、謝儀を受けていなかったから呪いに蝕まれたってことなんですか?」


「……魔女の呪いというのは、あなたの言うように謝儀を受け続けなければ呪いが体を蝕むもの。私達が生きるために食べ物を接種し睡眠を取るように、魔女は謝儀というエネルギーが必要な体になってしまった。けど、私が泉さんと再会してからも、彼女は魔女の活動を続けていたわ」


 魔女の活動、というのは閑がしているような謝儀を受けるためのいわゆる人助けのことだろう。


「つまり、泉さんはちゃんと謝儀を受けていた?」


 俺の確認の言葉に本庄さんが静かに頷く。

 活動を続けていたということは謝儀を受けていたということになる。あるいは、もしかしたら相手が感謝の気持ちを抱いてなかった可能性もあるけれど。


 もしも、ちゃんと謝儀を受けていたのならば。

 俺達が持っている大前提が覆ることになる。


「人間というのはね、最初はその行為に感謝の気持ちを持っていても、いつしかその善意を当たり前だと思うようになってしまう。善意に慣れるとでも言うべきかね。だから、もしかしたら泉さんが行っていた善行を誰もが当たり前と思い、感謝の気持ちを抱かなくなっていた可能性は確かにあるわ」


 悲しそうな目をして本庄さんは言葉を並べる。

 彼女の言っていることには一理あって、もしかしたらそうなのかもしれないと思えるような内容で、けれど、その言い方はまるでそうではないと言っているようにも聞こえた。


 俺の考えは正しかったらしく、本庄さんは「でもね」と言ってさらに言葉を紡いでいく。


「多分、そうじゃなかった」


「というと?」


「魔女の呪いは命を蝕む」


 ごくり、と喉の音がなる。

 今のは俺の喉から聞こえた音なのか、それとも本庄さんのものなのか。


 分からなかった。分からないくらいに、一瞬頭が固まった。


「……どういうことですか?」


「これはあくまでも私と泉さん、二人で話し合った仮説でしかないのだけれど、その仮説で言えば魔女の呪いというのは謝儀を受け続けなければ死んでしまうという呪いではないわ」


 ガンガンと頭が痛む。

 まるで内側から誰かに叩かれているようだ。俺は込み上げてくる不安感を外に放出するように大きく息を吐いた。


「じゃあ、なんだって言うんですか?」


 一拍置き、本庄さんはすっと目を細めてこう言った。


「魔女の呪いは寿命を蝕むもの。謝儀を受けることでそのスピードを遅らせることはできるけれど、死自体が迫ることには変わらない。遅延の効果はあっても、それは決して治療の意味は成さないの」


 起こった沈黙を俺は壊すことができずにいた。

 ただただ、本庄さんの言葉を頭の中で反芻する。


 彼女の言っていることが正しいという確証はない。けれど、同時に間違っていると否定するだけの材料を俺は持ち合わせていない。


 魔女の呪い。

 俺達はそれを突発性の病気のようなものだと思っていた。


 謝儀を受けるという贖罪の行動を取ることで、いつかその呪いは消えていくものだと思っていた。


 けれど。

 本庄さんと泉さんは、呪いそのものの解釈を変えた。


 そこにはきっと、自分達が経験したものがあって、その上で出した結論なのだろう。


「ちょっと待ってください……。だとしたら、呪いはどうすれば治るんですか?」


 だって、仮に本庄さんの言っている仮説が正しいとして、俺達がこれまで治療行為だと思って行っていたものがそうでなかったとするならば。


 それがただの先延ばしでしかないのだとしたら……。


「ごめんなさい。それは私達も最後まで辿り着くことができなかった」


 顔を伏せ、ふるふると首を振る。

 そりゃそうだ。それに辿り着いていたなら、そもそも泉さんは命を落としていない。閑だって呪いに苦しむことだってなかった。


「ただ、これもただの仮説でしかないのだけれど、泉さんが死んでから思いついたことがあるわ。ううん、そもそも考えてみれば解決策なんてそれしかないのかもしれない」


「それは?」


「魔女の呪いを受けることになった罪を滅ぼすことよ」


 本庄さんの言葉を聞いたときに俺の脳裏に蘇ったのは、先日の五十嵐との会話だった。


 五十嵐から魔女が生まれた理由を聞いた。

 自分の子を守るために山神に祈り、そこで交わした約束を守らなかったから呪いを受けた一人の女性の話。


 その話を聞いたあと、俺は五十嵐に雑談程度に呪いから解放される方法があるのかを尋ねてみたところ、五十嵐は本庄さんと同じようなことを言っていた。


「上村君も知ってるのよね、魔女誕生の話は」


「ええ」


「私も伝承を調べて知ったわ。それによると、山神との約束を果たさなかったことが原因でしょう? であれば、その約束を果たすか、あるいは……現実的ではないけれど、誠心誠意謝罪をして許してもらうか」


 結局、本庄さんも確かな解決策を持っているわけではなかった。

 分かったことは俺達の考えていたことが正しいとは限らないということと、五十嵐の言っていたことが解決策になるかもしれないということ。


「あと一つだけ、確認したいことがあるんですけど」


「どうぞ。まあ、有益なお話ができるとは思えないけれど」


 俺はお茶で喉を潤してから、ゆっくりと息を吐く。


「小説の最後で泉さんが言っていた古い本。あれはなんだったんですか?」


 死に際に泉さんが本庄さんにお願いしたこと。

 家にある古い本を娘に渡してほしいというもの。最後まで読み進めても、結局その本が何だったのかは記されていなかった。


「……あれは、日記よ」


「日記?」


「まあ、日記というべきなのかも分からないけれど、泉さんが知った魔女についてのことが書かれていたわ。それについての見解も。まだ幼かった娘さんに魔女のことを話しても理解してもらえないと思った泉さんはいろんなことを書き残していたの。私は、それを娘さんが大きくなったときに渡した」


「それは今、どこに?」


 本庄さんは俺の質問にかぶりを振った。

 曾祖母の娘、ということは閑のお祖母さんということになる。


 閑は母から魔女についてのことをほとんど聞かされていなかった。それは、もしかしたら彼女がまだ幼かったからという理由があるのかもしれない。だとしたら、同じようにそんな日記があってもおかしくないか?


「ただ、私が最後に娘さんに会ったとき、彼女はその日記に何かを書き足していた。だから、もしかしたらそのまた娘に受け継いでいる可能性はゼロではないわね」


 閑の母が持っているかもしれない。

 きっとそこには確たる情報はないのだろう。


 けれど、そんな不確かな情報に頼らなければならないくらいに、俺達は今追い込まれている。いつ、呪いが閑を蝕むか分からない。そうなる前に、なにか解決策を導き出さないと。


 じきに夏が終わる。

 こんな気持ちのまま、二学期を迎えるなんてごめんだ。


「ありがとうございました。帰ったら、その日記を探してみます。それと、山神様に会えないかも試してみようかな」


「……ごめんなさいね。助けになれなくて」


「いえ、頭の中の情報が整理できましたし、それに、良い話も聞けました。助けになってないなんてことはないです」


 俺は残っていたお茶をぐびっと飲み干して立ち上がり、深く頭を下げる。


 すると、俺の肩に優しく手が置かれた。


「こちらこそ、ありがとう。あなたが魔女の呪いを解いて、大切な人を救えるように祈っているわ」

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