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第五章

第59話 力強い味方

「……玲奈?」


 名前を呼ばれ、振り返ると玲奈がいた。

 ショートパンツにパーカーというラフな格好。コンビニにでも行くのかというような格好だけど、残念ながらこの辺にコンビニはない。散歩の途中とかだったのかもしれない。


 まさかこんなところで遭遇するとは思わなかったので、一瞬思考が固まる。


「双葉さん、どうしたの?」


 何を言うべきか悩んでいる間に、玲奈が疑問を口にする。

 そりゃそうだ。俺と双葉が一緒に住んでいることはもちろん知らず、最近仲良くなっていることは把握していたとしても、こんな時間に彼女をおぶっている光景は違和感を抱くには十分だろう。


 それでも、そんな違和感よりも先に体調が悪そうな双葉を心配するのは、さすがとしか言いようがない。


「ちょっと、体調が悪いみたいで」


 説明するのは難しい。

 彼女は優しい女の子だ。ここで俺が心配ないからと言っても納得はしてくれないだろう。


 なら本当のことを話すか? 閑がずっと秘密にしていたことを俺が勝手に話してもいいのだろうか。いや、いいわけがない。それを決める権利は俺にはない。


 けど。

 正直、俺一人じゃ手に負えないこともあるはずだ。


 女の子の看病という時点でいろいろ気を遣うわけだし。そこに玲奈がいればスムーズに進むことはきっとある。


「玲奈」


 ごめんな、閑。

 あとでいくらでも怒られるから、ここは俺の勝手を許してくれ。


「どうしたの?」


 俺の表情を見た彼女は少し不安げな声を漏らす。

 思い返すと、そもそもまだ俺と彼女の間には微妙な溝がある。一応、和解というか話し合いのようなものはしたんだけど、それだけで埋まるようなものではない。きっとそれは、時間をかけてゆっくりと埋めていくものなのだ。


 それでも、俺は彼女に頼るしかない。


「今、なにか用事の最中か?」


「ううん。散歩だよ」


 ふるふると首を横に振りながらそう言った。


「話したいことと、手伝ってほしいことがあるんだ。一緒に来てくれないか?」


 俺はできるだけ真剣なトーンでお願いした。玲奈は一瞬、言葉を詰まらせ、考える。


 そして、じいっと俺の目を見つめてきた。


「それって、双葉さんに関係すること?」


「ああ」


「わかった。行こ」


 いろいろと気になることはあるだろう。

 それが解消されるから、というわけではないはずだ。玲奈のことだ、閑のことを思って、ただそれだけの気持ちで即答してくれたに違いない。ありがたいことだ。


 そんなわけで玲奈を連れて、俺達は三日月広場へと向かった。

 その道中も閑の呼吸はどんどんと荒くなり、辛そうなのが目に見て分かる。玲奈もその姿を見て心配そうにしていた。


「ここって」


 三日月広場にあるバス停。

 その横に道がある。本来ならばそのバス停から出発したバスが月光洋館というなの旅館に向かうはずだった車道だ。人が歩く用の道もあり、玲奈は森の中の祠へ向かうため、何度も通っていることだろう。


「こっちだ」


「あ、うん」


 さすがに人を一人おぶって山を登るのは大変だな。

 閑はスタイルが良くて、今も俺の背中に押し付けられているものなんかが大きいおかげでそれなりに重い。こんなこと言ったらボコボコに殴られるだろうから絶対に口にしないけどな。


 本当は道中である程度説明しようと思ったんだけどそれどころじゃなくて、結局ろくに説明できないまま月光洋館へと辿り着いてしまう。俺が鍵を開け、中に入ろうとすると彼女は目を丸くして驚いていた。


「中に入ってから全部説明するよ」


「うん。よろしくね……さすがにあれもこれも気になって仕方ないよ」


 玲奈を中に入れ、とりあえず閑を自室のベッドへ運ぶ。

 依然として体調は悪いようで、辛そうな表情はさらに歪みを見せていた。ここに来るまでの間、痛みを堪えるような唸りを見せることがあれば、落ち着き呼吸が整うこともあった。痛みには波があるようで、今は比較的落ち着いているようだ。


「下で玲奈に事情を話してくる。何かあったらすぐに呼んでくれ」


「……」


 心配そうな表情をこちらに向ける閑。

 もしかしたら玲奈に事情を話すことに対して前向きではないのかもしれない。けれど、二人でいるところを見られた以上、何かしらの理由は必要だったことは間違いない。


 閑のことでいっぱいいっぱいで頭が回らなかったこともあるけれど、玲奈を納得させるだけの言い訳が思いつかなったのは事実だ。沈黙が続けばそれだけ不信感は高まるだろう。


 それに、玲奈ならばきっと事情を知っても変わらないでいてくれる。


 あるいは、それは俺の願望なのかもしれないけれど。


「……ごめん、なさい。迷惑を、かけて」


 途切れ途切れ、荒くなった呼吸に混じって謝罪の言葉を口にする閑。


 それは何に対しての謝罪なのだろうか。考えてみたけれど、答えにはたどり着かない。


 言い終えた閑は俺に背を向ける。だから俺は何も言わずに部屋を出た。


 今のところはまだ大丈夫そうに見える。

 これは俺の杞憂だろうか。そうであってほしいと思う。


 でも、これまでには見ることのなかった症状が現れている。

 本庄さんの書いた小説でもあった、激痛が起こるとそれは良くない状態らしい。これがその予兆なのは想像できる。問題は時間があとどれくらいあるかだ。一週間後か、三日後か、明日か、もしかしたら数時間後という可能性だってある。


 とにかく、どうにかしないと。


「おまたせ」


 閑の部屋を出て一階に下り、玲奈を待たせていた食堂へ到着する。


 キッチンから適当にコップと飲み物を持って彼女の前に座った。


 閑と初めて会ったときも、こうして向かい合って話をしたんだよな。あの頃はまだ俺はここに住んでいなかったし、閑だって俺のことをただの客人としか見ていなかった。


「どこから話そうか」


 事情を説明すると言ってもどう話していいのか俺もよく分からない。


 閑のこともあって、頭の中はまだごちゃごちゃしているので玲奈が納得するような説明ができるか不安である。


 俺がどう話したものか悩んでいると、玲奈が助け舟を出してくれる。


「訊いてもいい?」


「あ、おう」


 気を遣ってくれたんだろうな。

 玲奈は相手の感情の機微をちゃんと読み取って、それを考えて動ける子だから。


 正直、助かった。


「この家……と言っていいのかわからないんだけど、ここは双葉さんの家なの?」


「ああ。あいつはここで一人で住んでた」


「その割には紘くんも慣れた感じだったけど」


「今は俺も住んでるからな」


「ひとつ屋根の下で!?」


 玲奈は当然のリアクションを見せた。

 そりゃそうだ。クラスメイトが知らない間に一緒に住んでいたのだから驚くのも無理はない。


 やっぱり、まずはそこから説明する必要があるのかな。


「覚えてるかな、俺がまだ三日月町に来て間もなかったとき、五十嵐と三人で三日月の魔女の話をしたの」


 振り返るとまだ少ししか時間は経っていないのに、随分と前のことのように思えた。


 俺が言うと、玲奈もすっと目を細めて、まるで子供の頃の思い出を眺めるような優しい笑みを浮かべた。


「うん。不思議だね、あれがもうずいぶん前のことのように思えるよ……」


 玲奈も同じ気持ちのようだ。

 きっと、それだけ俺達は濃い時間を過ごしてきたのだ。


 大切なのは長さではなく、どれだけ濃密な時間をともに過ごしたか。それをこれでもかというくらいに思い知らされる。


「あの日、俺は三日月の魔女に出会ったんだ」


「三日月の魔女……」


 神妙な顔つきで繰り返す玲奈に、俺は一拍置いてから告げる。


「そう。三日月の魔女、双葉閑と……」


 それから、上村紘と双葉閑が出会ったこと、魔女についてのこと、閑を襲っている呪いのこと、俺が知っていることをすべて話した。正直、どこまで話すべきか一瞬悩みはした。もしかしたら、どうしていいか分からない自分が味方を欲しているだけだったのかもしれない。


 玲奈の質問を混じえながら、全ての話を聞いた彼女はふうと息を吐く。


 乾いた喉を潤わそうとお茶をごくごくと一気に飲み干す。


「つまり、双葉さんは今いろいろとマズイ状態だってことなんだよね?」


「ああ、多分……」


「そして、紘くんはどうしていいか分からない」


「……ああ」


 一瞬、考えるような素振りを見せた彼女だったけど、すぐに顔を上げた。


「ほんとはわたしも話そうと思っていたことがあったんだけど、それよりもまずやっておきたいことがあるよね」


「やっておきたいこと?」


 玲奈の話そうと思っていたことというのは気になるけれど、ここでわざわざ後回しにするということは、彼女なりに優先順位を考えてのことなのだろう。


 頭の回っていない俺の代わりに、彼女が道を示してくれるかもしれない。そんな淡い期待でオウム返しをした。


「うん。えっと、なんだっけ、本庄さん? ていう人が言っていた日記帳があるかどうか」


「でも、それは……」


 どこにあるのか分からない。

 それを閑に訊こうとしていたのに、頼みの綱だった彼女は呪いに蝕まれて眠っている。


 けど、そんな俺の考えとは裏腹にどうやら玲奈は心当たりがあるようだった。


「本当に動揺してるんだね。紘くんが話してくれたことの中にヒントはあったよ?」


「どこだよ?」


「二階の奥にある部屋。双葉さんが絶対に入らないでって言った場所」


「二階の、奥の、部屋……」


 階段を上がって、曲がり角も進んで、進み切ったところにある部屋。


 そうだ、自分でさっき玲奈に話した。俺がここに来た当初、閑から言われたこと。その部屋には絶対に入るなと言われたんだ。どうして入っちゃダメなのか、それもしっかり口にしたのに、どうして気づかなかったんだ。


 玲奈に言われて、徐々に頭の中がすうっと整理されていくのが自分でも分かった。


「そうだよ、その部屋は双葉さんのお母さんの部屋。もし、この家の中に日記帳があるのだとしたら、間違いなくそこだよ」

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