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第62話 山神の加護

 日記帳を読み終えた俺と玲奈は遥さんの部屋から退室し、一階に戻る道中に閑の様子を見るために彼女の部屋を覗き込んだ。今は症状も収まっているようで、すうすうと寝息を立てていた。


「さっきに比べるとだいぶ落ち着いてるね」


「ああ。ただ、いつ症状が再発するか分からないんだよな」


 東京からここに戻ってくるまでも落ち着いているときと痛みに襲われているときの波はあった。眠りにつくと、少しの間は大丈夫というのが俺の見解なんだけど、それだって通用するのか定かではない。


「眠っている今のうちに行こっか」


「……行くって?」


 この先のことは話し合っていなかった。

 とりあえず得れる情報は得たから改めて今後のことを考えようという流れだと思ったんだけど、どうやら玲奈には考えがあるらしい。


「山神様のところ」


「祠ってことか?」


 俺の言葉に玲奈はこくりと頷いた。

 ドアの前で喋っていて閑を起こすとマズいと思い、場所を移動する。


 廊下を歩き、一階に下りながらさっきの話を続けた。


「行ったところで何もないんじゃ」


「でも、会えるかもしれないよ」


 それはそうなんだけど。

 あの状態の閑を一人にしてまで行くべきところなのかという疑問はある。


 これだけの現象を目の前にしているのだから、今さら山神という存在を否定するつもりはない。きっと実際に存在するのだろうけれど、俺達の前に現れてくれるとは限らない。少なくとも、何度か足を運んだ俺はその姿を未だ見たことはない。


「さっき、あたし話したいことがあるって言ったの覚えてる?」


「ああ」


 そんなことを言っていた。けど、先に遥さんの部屋に行くべきだということで後回しにしたのだ。玲奈がそれでいいと判断したのだから、俺がどうこう言うことではないと思い、その選択に従ったんだけど。


「その話したいことと、これから山神様に会いに行こうっていう理由はちょっとだけ関係してるんだ」


「どういう意味だ?」


「ほんとはここでゆっくり話したいところだけど、双葉さんが眠ってる今がチャンスなら悠長に喋ってる暇はないよね。だから、ここはあたしを信じてついてきてくれないかな。話はその道中でするから」


 俺の知らないことを玲奈は知っていて、その上でその選択をしているのだから、ならば俺は彼女を信じるしかない。結局のところ、この先どうすればいいのかは分からないままなのだから。


「分かった。閑に書き置きだけ残してくるわ」


「うん。あたしは玄関で待ってるね」


 一度玲奈と別れて自分の部屋で適当に筆記用具を手に取り閑の部屋に行く。

 起こすと悪いので忍び足で部屋への侵入を果たしたのだけれど、眠っている女の子の部屋に侵入しているこのシチュエーションに思わずごくりと喉を鳴らす。なんか、イケないことをしている気分になるな。


 そんな気持ちを抱きつつ、彼女の近くに山神様の祠へ行ってくるよう書き置きを残す。無事、彼女を起こすことなく部屋から脱出したところで玲奈の待つ玄関へと向かった。


「大丈夫だった?」


「ああ。落ち着いてたよ」


「じゃあ行こっか」


 こくりと頷き、家を出る。こういうとき用に玄関に置いてあるであろう懐中電灯を手にして、ちゃんと明かりが点くか確認した。


 こんな夜に山奥の家に侵入する泥棒なんていないだろうけど、一応念の為に鍵は閉めておく。この町に来て驚いたことだけど、家の鍵ってあんまりしないらしい。住民の顔はおおよそ把握しているし、そんなことをする奴はいないという信頼からくることなんだろうけど、不用心だとは思う。都会から来た俺としては信じられない風習だった。


 まあ、今ではその考えが少しずつ根付いてきているんだけど。人間って慣れるもんだな。


「それで話っていうのは?」


 ここから祠までそう距離はない。

 山道だし、その上暗いので進む足はゆっくりだけど、じっくり話すほどの時間はないだろう。


「そうだなあ、どう話せばいいんだろう」


 ううん、と玲奈が唸る。

 そんなに複雑な内容なのだろうか、と思いながら彼女の頭の中の整理が終わるのを待つ。


 ゆっくり進む足が地面に落ちている乾いた葉っぱを踏みつける。カサ、という音がしたかと思えば、どこかからそれよりも激しいガサガサという物音が聞こえた。暗くて視界が悪いということもあり、音には敏感になってしまっている。これは未だに慣れない。


「あたしの髪が、もともと白かったっていう話をしたの覚えてる?」


 ようやく話し始めた玲奈の言葉に、俺は一瞬だけ固まった。

 あれは確か、玲奈と夏祭りに行ったときだ。彼女の母と祖母と顔を合わせ、二人の髪が白いのに玲奈の髪色が違うことを疑問に思った俺が尋ねると、玲奈はそう答えた。


「覚えてるよ」


 もともとは白くて、周りと違うことが嫌で髪を染めたと言っていた。

 黒にするべきだったんだろうけど、完全に黒に染めることは彼女の優しい心が許さなかった。それは自分の親を否定するように感じたと、そんなことを言っていたっけ。


「遺伝なのか分からないんだけど、生まれてくる子はみんな髪が白かったって聞いてたんだ。そういうものか、くらいにしか思ってなくてあんまり気にしてなかったんだけど、最近気になってもう一度聞いたの」


「髪が白い理由?」


「うん」


 小さく頷く玲奈の表情は少し陰っているように見えた。

 ちらとだけ玲奈の顔を見て、俺は再び視線を前に戻す。油断していると転んだりして危ないからな。


「ほら、夏休みに入って都市伝説のこととかいろいろと調べたじゃん? なんかね、どうしてっていう理由はないんだけど胸がざわざわしたんだ」


 低い声色からは不安の感情は読み取れた。

 俺は小さく相槌だけ打ち、話の続きを促した。


「髪が白い状態で生まれてきたのはおばあちゃんからなんだって。ひいおばあちゃんは髪が黒かったらしいの」


「そうなんだ」


「でもね、そう聞いたときおかしいなって思ったんだ。ひいおばあちゃんの写真を見たことあるんだけど、その写真のひいおばあちゃんは髪が白かった」


「年齢的な理由の白髪じゃないのか?」


「最初はそうかなって思ったんだけど、それにしては綺麗な白髪だったから、あたしはママにそのことを聞いた。そしたら、話してくれたんだ。あたしの髪が白かった理由」


 ちゃんと理由があるようだ。

 そして、今このタイミングで話すということは、さっき玲奈が言っていたように何かしら山神に関わっているのだろう。ふわっとした予想はできるけど、ここは最後まで話を聞いてみよう。


「ひいおばあちゃんはね、山神様の御加護を受けてたんだって言ってた」


「山神様の御加護?」


 俺が眉をひそめてオウム返しをすると玲奈はおかしそうにくすりと笑った。


「図書館で読んだ絵本、覚えてる?」


「絵本? なんだっけ」


 図書館に足を運び、いろんな本を読んだのでどれのことを言っているのか定まりきらず確認する。中でも絵本は数冊目を通した気がする。


「しろきつねの」


「ああ」


 思い出した。

 確か少女としろきつねの物語。弱っているしろきつねを少女が助け、仲良くなった二人。兄の大切にしていたものを壊してしまった少女を助けようと、しろきつねが不思議な力を使って壊れたものを直したんだっけ。


「あの物語に描かれていた少女っていうのが、あたしのひいおばあちゃんなんだって」


「なに?」


 思わずところへの着地に俺は驚いた。


「あの全部が実話っていうわけじゃなくて、ひいおばあちゃんの話を聞いた友達が描いたらしいんだけど、弱ったしろきつねを助けた少女がしろきつねと仲良くなったっていうのはホントらしいの」


 山神様の御加護。

 少女としろきつね。


 つまり……。


「てことは、しろきつねとして描かれているのが山神なのか」


「そういうこと」


 山神様を助けた玲奈の曾祖母さんは、その御礼として御加護を受けた。


 その加護っていうのが何なのかは分からないけど、それにより髪が白くなった?


「髪が白いのは、山神様の御加護を受けている証なんだって」


「その加護っていうのは?」


「そこは、あんまり分かってないんだけど。怪我をしないとか、運が良くなるとか、そういうことだってママは言ってた。言われてみると、あたしあんまり大きな怪我ってしてないし、どっちかっていうと運も良い方だったと思うから納得したよ」


 ここで大事なのはしろきつねが山神だという真実ではなくて。

 あの絵本が事実だったということでもなくて。


 髪が白い理由が、山神の加護を受けているからという部分だ。

 つまり、玲奈が山神の加護を今なお受けていること。それが何よりも重要なポイントになる。


「つまり、玲奈がいれば山神と会える可能性があるってことでいいのか?」


 気づけば、俺達は祠へと続く分かれ道のところにたどり着いていた。


 ここから道が細くなり、そこを抜けると祠がある広場が見えてくる。


 俺の確認に玲奈が自信なさげではあるが、こくりと頷く。彼女だって、絶対的な自信があったわけではないのだろう。ただ、やみくもに一人で向かうよりは自分がいたほうが可能性が高いのだと言いたかったのだ。


「ごめんね、絶対とは言えないし、意味がないかもしれないんだけど」


 でも、と彼女は言葉を切ってから、真剣な眼差しをこちらに向けた。


 一拍置いた彼女は意を決して口を開く。




「加護を受けているあたしの声なら、もしかしたら山神様に届くかもしれない」

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