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第13話『島のゴンドラレース』


 あの夜の出来事を胸にしまったまま、やがてレース当日を向かえた。


「すごく賑やかだね。中央運河の両岸にも、お店がたくさん出ていたよ」


「でしょー。夏のパレードには及ばないけど、ゴンドラレースも盛り上がるんだ」


「クラゲ風船なる玩具も売られておりました。同族の知名度が上がっているようで、何よりでございます」


 応援に来てくれたルィンヴェルやマールさんとそんな話をしながら、待機所となっている舟屋で過ごす。


 救助班であるボクの出番はゴンドラレースの直前までない。パレードの時のような緊張感は皆無だった。


「ナギサさーん、そろそろ準備お願いします!」


「はーい!」


 やがて扉の向こうから進行役の女性の声がして、ボクは立ち上がる。


「それじゃ、行ってくるよ」


「ナギサ、何もないとは思うけど、一応注意してね」


 そのボクを見ながら、ルィンヴェルが神妙な顔で言う。


「うん。十分気をつけるよ」


 あのプライベートビーチで感じた謎の気配の正体はいまだ掴めていない。以前のシンシアのこともあるし、用心するに越したことはなかった。


 ◇


 ゴンドラレース最初の種目は、大型のゴンドラを使った団体戦だ。


 各地から集った腕利きの漕ぎ手たちが紹介されたあと、無数の巨大なゴンドラが中央運河に並ぶ。


 その形状は特産品の宣伝を兼ねた看板を大量につけたものから、勝負に徹したシンプルな船まで多種多様だった。


 ちなみに団体戦にはカナーレ島の代表として船頭ギルドが出場していて、ブリッツさんを始めとした体力自慢の漕ぎ手たちが招集されていた。


「――それでは! 第13回ゴンドラレース大会! 開幕ですわ!」


 出資者の娘という立場もあるのか、シンシアの言葉を号砲に団体戦がスタートした。


 一隻の船に指示役を含めた11人が乗り込み、島の南から北へ向けて進んでいく。


 ボクは彼らに並走しつつ、落水者が出ていないか常に監視していた。


「うわぁあ!?」


 その時、先を急ぐ船の一隻が隣の船にぶつかり、その衝撃で一人の漕ぎ手が運河へと転落した。


「今行くよー! 大丈夫!?」


「す、すまん。助かった」


 落水者を確認したボクは海上を駆け、海魔法ですぐさま救助する。その光景を見た観客たちから、拍手と歓声が巻き起こる。


 そして一度船から落ちた漕ぎ手は船に戻ることなく、陸に用意された救護室へと運ばれる。


 その結果、漕ぎ手が減った船は必然的に速度が落ち、優勝争いから脱落していくのだ。




 そんなふうに救護活動に注力しているうちに、いつしかレースは終わっていた。


 イソラから聞いた話によると、ブリッツさん率いるカナーレ島の代表が南方諸島代表の職人ギルドチームと激戦を繰り広げ、見事優勝したらしい。大会三連覇なのだと、彼女は興奮気味に話していた。


 ……どうして結果が又聞きなのかというと、このレースはコースが長く、どうしても先頭から最後尾までが間延びしてしまう。


 救助班であるボクは全体を見なければならず、先頭争いを注視する余裕なんてなかったんだ。


 ◇


 それからお昼休みを挟んで、個人戦が始まる。


 今度は団体戦とは逆に、島を北から南下していくコースだ。ゴール前に人が集まっているということもあり、こっちのほうが盛り上がる。


「ナギサさん、引き続きよろしくお願いします!」


「はーい! 任せてよ!」


 進行役の女性と言葉をかわしたあと、ボクは再び運河に立つ。


 個人戦は一人乗りの小型船に乗り込んだ漕ぎ手たちが、8つの組に分かれて予選レースを行い、各グループの1位だけが決勝レースに進めるルールだ。


 つまり、救助班のボクは漕ぎ手たちを見守りながら、これから運河を何度も往復しなければならない。お昼ごはんはしっかり食べたし、頑張らないと。


 ボクがそう気合を入れた時、号砲が鳴って個人戦が始まった。


「おらおらおら! ちんたら走ってんじゃねぇ!」


「どけどけ! 邪魔だ!」


 事前に聞いていた通り荒々しいレースで、怒号が飛び交う。


 加えて小型船はスピードが出ることもあり、船同士の衝突も頻発。落水者が続出していた。


「くそっ! お前! 前見てたのかよ! ヘタクソ!」


「なんだと! ぶつかってきたのはそっちだろうが!」


「はいはい! ケンカしない! 岸に戻るよー!」


 ボクはそんな人たちを見つけると、速やかに救助する。


 勝ちたい気持ちはわかるけど、怪我しちゃったら元も子もないと思うんだけどなぁ。




 ……そして向かえた決勝レース。


 このレースは予選と逆で、島の南側から北上していく。


 スタート地点に多くの島民が集まっているので、レース開始前から大いに盛り上がっていた。


 そんな中、決勝レースに残った8名の漕ぎ手の中に、ブリッツさんとラルゴの姿があった。


「ラルゴ残ったんだぁ。すごいね」


「うん。本命は前回優勝のブリッツさんなんだけど、唯一の対抗馬だなんて言われてるよ。親子対決だって」


 レース前の熱気に満ちた空気の中、ボクはロイとそんな会話をする。


 言われてみれば、親子対決かぁ。確かに盛り上がるよね。


 しみじみとそんなことを考えていた矢先、大きな歓声が沸き起こる。いよいよレースが始まるみたいだ。


 その盛り上がりを尻目に、ボクは運河の脇で待機する。


「決勝戦は楽しみだけど、最後まで気を抜かないようにしないと!」


 そう気合を入れた直後、伯爵様の号砲で決勝レースがスタートした。


「うわっ!?」


「ぎゃあ!?」


 それと同時に、さっそく二人が海に落ちた。


 スタート直後は皆が一斉に走り出すから、衝突事故も多いんだよね。


「二人とも、大丈夫ですかー?」


 海面に浮かぶ二人を速やかに助けて、陸へと連れて行く。


 それからレースの監視に戻ると、ラルゴとブリッツさんは先頭グループにいた。


 四人がほぼ横一列に並び、かなり遅れてもう二人が続いている。


 そんな彼らに並走しながら運河を進んでいると、ゴールまで残り三分の一ほどになったところで、ラルゴとブリッツさんが勝負に出た。


 一気に加速し、後続たちを引き離していく。


「ほう。このスピードについてくるか。さすが俺の息子だ」


「へっ、そろそろ世代交代じゃねぇか?」


「はっ、最近女ができたからって、調子に乗るなよ。青二才が」


 そんな会話が聞こえたあと、ブリッツさんはラルゴの船に急接近する。体当たりをする気だ。


「……よっと!」


「……ちっ。避けたか」


「オヤジのやり方くらい、わかってるさ。今度はこっちの番だ!」


 今度はラルゴが船を寄せる。ブリッツさんはひらりとかわした。


 どちらも涼しい顔をしているけど、これだけのスピードの中であんな動きをしたら、普通バランスを崩して船が転覆してしまう。すごい勝負だ。


「こうなったら小細工はなしだ。見せてやるぜ。親父の威厳ってやつをよ!」


「言ってろ! うおおおおお!」


 やがてゴール地点が目視できるようになると、二人はそれまで以上の速度で船を走らせる。


「――ゴール!」


 そしてゴールフラッグが振られるも、二人は完全に横並びだった。


「し、審議! 審議に入ります!」


 直後にそんな声がして、人々が集まっていく。確かにあの状況だと、どっちが勝ったのかわからなかった。


 ……それから長い時間話し合いが行われ、最終的にブリッツさんの優勝ということになった。


 結局、父親が威厳を見せつける形となるも、ラルゴも新人最高位の二位。親子二代のワンツーフィニッシュだった。


 そしてラルゴが表彰台に立った時、イソラが思いっきり抱きついていた。


 ブリッツさんも『女ができた』って言ってたし、どっちももう隠すつもりもないんだろうなぁ。


 ボクは海の上に立ったまま、半ば呆れながらその様子を見つめていた。


「ナギサお姉さま、お疲れさまです! 名勝負でしたね!」


 その時、アレッタがボクのほうへ駆けてくる。


 完全に海の上を走ってるし、こっちも隠すつもりはないのかな。


「……わっ!?」


 そんなことを考えていると、アレッタの姿が海中に消えた。


「……アレッタ?」


 一瞬、海魔法の効果が切れたのかと思ったけど、異海人いかいじんの彼女がそんなミスをするはずがない。


 不思議に思っていると、ものすごい速度でルィンヴェルが泳いできた。


「ルィンヴェル、どうしたの?」


「ナギサ、奴らだ」


「え?」


「ビーチで気配を感じた連中だよ。奴ら、アレッタを狙ってきたんだ」


「ええっ!?」


 ルィンヴェルが指し示す方向を見ると、水中をものすごい速さで移動していく人影が見えた。


 お、追いかけないと!



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