「いらっしゃい、よく来たね」
ヴェルデの師匠、クレイは玄関先で両手を広げて微笑み、二人を歓迎した。クレイの屋敷へはヴェルデの屋敷から馬車で数時間で行ける場所だったが、屋敷の周りは自然豊かで解放的だった。
クレイは透き通るような美しい金色の髪を片側でゆるりと結び、毛穴がないのではないかと思えるほどの美しい白い肌、光によって色が変わるオーロラ色の瞳、本当にこれが人間なのだろうかと思えるほどの美しさだ。
確かに誰もが虜になるほどの美貌と言うのは頷ける。だが、ローラは別段胸が高鳴ることも顔が赤くなることもなかった。むしろ、やっぱりヴェルデの方が美しいと思ってしまう。
「応接室に案内しよう、話はそこでゆっくりとしようじゃないか」
クレイはそう言って少し先を歩き始める。じっとクレイを見つめるローラをヴェルデは不安そうに見つめていたが、ローラはヴェルデに近づいて片手を口元に添えると、そっと小声で言った。
「確かに誰もが虜になる美貌と言われるのは納得です。ですが、私はヴェルデ様の方が素敵だと思いますよ」
そう言ってにっこりと微笑むローラを、ヴェルデは唖然として見つめ、すぐに両手で顔を覆った。
「今ここでそんなことを言うのは反則ですよ……!」
思ったことを素直に言っただけなのに、何か悪かったのだろうか。ローラが不思議そうにヴェルデを見つめていると、クレイが振り返ってくつくつと笑っていた。
「おやおや、女性が苦手なあのヴェルデが女性に翻弄されるだなんて面白いな」
「師匠!茶化さないでください!」
◇
「さて、本題に入ろうか。その前に、ローラ様。こうしてまたお会いできたこと嬉しく思います」
クレイにそう言われて、ローラは前に会ったことがあっただろうかと首を傾げる。何せ百年も眠り続けていたのだ。しかもクレイは隣国の人間、会っていたとしてもほんの僅かな時だろう。
「覚えていらっしゃらないのも無理はありません。そうですね、あなたが眠り続ける二年ほど前、当時まだティアール国とサイレーン国が歩み寄ろうとしていた頃、サイレーン国から第二王子と当時の筆頭魔術師がティアール国を訪れたことがありました。覚えていらっしゃいますか?」
記憶を辿り、ハッとしてローラはクレイを見た。
「あの時の、筆頭魔術師の……?」
「そうです、あの時は助けていただいてありがとうございました」
当時、ティアール国とサイレーン国は敵対までとはいかないがあまり仲が良くなく、なんとか国交を深めようと両国の間で歩み寄りが行われていた。その日はティアール国へサイレーン国から第二王子と筆頭魔術師であるクレイが訪れたのだが、第一王子ではなく第二王子が来たことにティアール国の王族たちが不満を述べ険悪な状態になった。
そんな時、機転を効かせてその場を修復したのがローラだった。
「第一王子は公務で忙しく来れないからと、第二王子だって忙しいであろうにわざわざ時間を設けて馬車で何日もかけて来てくれたのに、そんな人たちに対して文句を言うのはおかしいと、はっきりとおっしゃってくださいました。そもそも招いたのはティアール国で、客人に対してそのような失礼を振る舞うのは国の人間として恥ずべきことだと。静かな口調でおっしゃっていましたが、威厳が感じられその場の誰もが何も言えなかった」
当時を思い出しているのだろう、クレイはうっとりとした顔で話をする。
「ご自分の立場だって危うくなるかもしれないのに、あの場で正しいことを臆することなく言えるのはとても立派だと思いました。しかも、その後の王族へのフォローも見事でした。機嫌を損ねたままにせず、かと言って大袈裟に持ち上げるでもない。自然にその場を良い空気にして、その後は滞りなく会食が行わました。本当に見事でしたよ。まぁ、その一年後には結局両国は敵対してしまうのですが……」
だが、現代は両国は敵対することなく同盟を結んでいる。この事実はローラの心を軽くさせた。
「あなたを見た時、あなたが纏う美しい純粋さに心を奪われました。そこまで真っ直ぐで素直な心を持つ人間がこの世に存在すると言うことに驚きましたし、あなたのような人こそ幸せになるべきだと思ったのです」
そう言ってから、眉間に皺を寄せてクレイは静かに目を伏せため息をつく。
「ヴェルデ、ここからが本題だ。彼女にかけられた私の魔法の痕跡について聞きに来たのだろう」
いつになく真剣な眼差しになったクレイに、ヴェルデは静かに頷いた。
「あの日、ローラ様に向けられた敵意に私は気づきました。あなたを誰かが狙っている。しかも、殺したいほどに。そう、敵意というよりももはや殺意でした。それにそれはあの日だけではなく、もっと前からずっとあなたへ向けられていたものだとわかったのです。私は、あなたを守りたかった。あなたのような純粋な人が、悪意によってこの世から消されてしまうことに耐えられないと思ったのです。だから、誰にもわからぬよう、あなたへ密かに守りの魔法をかけました」
自分へ向けられた殺意。その言葉を聞いた瞬間、ローラは全身から血の気が退くのがわかった。心臓はバクバクと激しく動き、冷や汗がじんわりと浮き出てくる。ぎゅっとドレスの裾を掴むと、その手をヴェルデの手がそっと包み込む。ハッとしてヴェルデを見ると、まるで大丈夫だ、自分がついていると言ってくれているような、優しく温かい眼差しでローラを見つめている。その眼差しに、ローラはなぜか自然に心が落ち着いていくのを感じて少しだけ微笑んだ。
そんな二人の様子を見て、クレイは静かに口を開く。
「ローラ様、あなたへ殺意を向けていた相手に、本当はあなたも気づいていたのではありませんか」
クレイの言葉に、ローラはビクッと肩を震わせる。そして、そんなローラをヴェルデは両目を見開いて見つめた。