「ローラ様、あなたへ殺意を向けていた相手に、本当はあなたも気づいていたのではありませんか」
クレイの言葉に、ローラはまた全身から血の気が退いていくのを感じた。ヴェルデのお陰で落ち着いたはずの心臓はまた大きく動き出し、呼吸も苦しくなる。当時、第一王子の婚約者である自分をよく思っていない人間は沢山いた。だが、自分へ殺意を向けていた相手は恐らくたった一人。
「……ローラ様、大丈夫ですか?ローラ様、ローラ様!」
呼吸がうまくできない。心臓は激しく動いてうるさいし、胸は苦しくてしかたがない。目の前もなぜか歪んで見えている。そして、ついに目の前が真っ暗になった。
意識を失い座っていたソファから崩れ落ちそうになるローラを、既のところでヴェルデが受け止めた。
「ローラ様……」
「ショックで気を失っているようだね。すまない、こんなにも純粋な人に、あんな言い方をすべきではなかった」
「……どういうことですか」
クレイに怒るのは筋違いだとはわかっている。それでも、どうしようもない苛立ちで厳しい顔になってしまう。ヴェルデがクレイを睨むと、クレイは静かに立ち上がった。
「まずはローラ様を安静な場所で寝かせてあげよう。話はそれからだ」
◇
ローラを別室のベッドに運んでから、ヴェルデとクレイはベッドの近くのソファに座り直した。
「先ほどの話、一体どういうことでしょうか」
ローラへ殺意が向けられており、ローラはその相手をわかっていたのではないかとクレイは言った。そして、ローラはその言葉に動揺し、気を失ったのだ。
「彼女へ殺意を向けていたのは、恐らくだが当時の第一王子、ローラ様の婚約者であるエルヴィン殿下だ」
「は?」
クレイの話にヴェルデは信じられず、思わず声を上げる。
「エルヴィン殿下はローラ様が亡くなった後、当分妃は取らないと言ったと聞いています。それだけローラ様を愛し、ローラ様を失ったことを悲しんでいたのではないのですか?!」
ヴェルデがそう言うと、クレイは床を見つめて静かにため息をついた。
「それはあくまでもそう言い伝えられているだけだろう。現在では当時のことなど誰も知らない。王家が自分たちの都合の良いように話をすり替えただけだ。実際は、ローラ様が亡くなってすぐに新しい妃がエルヴィン殿下と結婚し子供を産んでいる」
「まさか……」
「あぁ、エルヴィン殿下はローラ様意外の女性と体を重ねて、既に身籠らせていた。ローラ様を快く思わない王家の一部の人間がエルヴィン殿下へその女性を紹介し、その女性も第一王子の正妃となるために頑張ったのだろうな。まぁ、色気じかけをするまでもなくエルヴィン殿下は簡単にその女性に手をつけたわけだが」
ヴェルデは信じられないというような顔でクレイを見るが、クレイは感情の籠らない目でヴェルデを見つめ返す。
「どうして……こんなにも素直で純粋なローラ様が、好かれこそすれ、なぜ王家の一部の人間に快く思われないのですか?それにエルヴィン殿下だってどうしてローラ様を裏切るような真似を……」
「素・直・で・純・粋・だ・か・ら・だろう。正しいことを正しいと素直に言えてしまうローラ様は、王家のような俗物にまみれた世界ではむしろ邪魔だと思う人間の方が多いだろう。そしてエルヴィン殿下にとってもそうだったのだろうな。そして、聡明なローラ様のことだ、エルヴィン殿下の気持ちに気づかないわけがない」
「そんな……」
ヴェルデは静かに眠るローラの顔を見る。この国に来てから、ローラは徐々に笑顔を取り戻していた。ティアール国にいた頃のように塞ぎ込んだり突然いなくなることもなくなり、いつも笑顔だったのだ。そんなローラを見て、自分はローラに居場所を作ることができたと思い込んでいた。
だが、眠り続ける前に自分に殺意が向けられていたことを知っていただなんて。だとしたら、一体、どんな気持ちで今まで笑っていたのだろう。本当に、心の底から笑えていたのだろうか。
「私はローラ様のためを思ってローラ様へ守りの魔法をかけた。だが、むしろ余計なお世話だったのかもしれない」
「それは、どういう意味ですか」
ヴェルデがクレイに詳しく聞こうとしたその時、ベッドから小さなうめき声が聞こえた。