「その汚い手を一刻も早くどけてローラ様から離れろ!」
禍々しいほどの殺気を纏い、ヴェルデがベリックを睨みつけている。
「これはこれはサイレーン国の筆頭魔術師殿。ずいぶんと到着が早かったですね」
ローラの肩を抱きながらベリックは薄ら笑いを浮かべている。その片手にはいつの間にか鋭い短剣が握られており、剣先はローラの喉元に向けられていた。
「オーレアン卿、あなたが黒幕だったのか。ティアール国へ来るに当たりアンドレの警護にと自ら進言したのは、このためか」
メイナードが低く怒りのこもった声でベリックへ言う。だがその声を聞いてもベリックは平気な顔をしたままだ。
「メイナード殿下。今からでも遅くはありません。ローラ様を今一度我が国に連れ戻し、聖女として崇めるのです。わざわざサイレーン国などに渡すなど愚かなことだ」
ベリックはメイナードの近くにいるガレスを一瞥してそう吐き捨てた。
「ずいぶんと我が国に対して好戦的な態度を取るのだな」
ガレスはベリックを見つめながらつぶやいた。
「サイレーン国と同盟を結ぶなど生ぬるい。対立して争い我が国のものにしてしまった方が国としての利益は大きいでしょう。教会の力も拡大する」
「オーレアン卿、あなたの考えは間違っている。戦いなどしても民のためにはならない。一部の人間だけが私腹を肥やし多くの民が苦しむことは王も私も良しとしない」
メイナードがそう言うと、ベリックは両目を見開いて大声で宣った。
「だから生ぬるいと言ったのです!同盟を結んだとていつ相手が裏切るかわからないのですよ!だったら力づくで先にねじ伏せてしまえば良いのです!」
「ずいぶんと身勝手な考え方だな」
ベリックの言葉にガレスが顔を顰めると、メイナードがベリックを睨みつけた。
「あなたの行いは国の意向に反する。処罰なければならない」
「ほぉ?私を捕まえますか?できるわけがない!ご覧なさい、今私が手を動かせばローラ様の首にこの刃が一突きです。あなたたちが何かしようとしたら、驚いてうっかりローラ様の首に剣が刺さってしまうかもしれませんねぇ」
ベリックが短剣の刃先をさらにローラの首元へ近づける。ローラは一瞬目をつぶったが、すぐに開いてしっかりと前を見つめた。
「こんな時でも動じないとはさすがは妃殿下となるはずだった方ですね。ますます欲しくなりましたよ」
にやりと汚らしい笑みを浮かべながらローラを見下ろすベリック。
「オーレアン卿、いい加減にしなさい。あなたがローラ様をどうこうできるわけがないとなぜ気が付かないのか」
メイナードがそう言った瞬間、ベリックの持っていた短剣がドロリ、と溶け出した。刃先はすでに無く、溶け出した短剣は泥のようにボタリボタリと地面へ落ちていく。
「はっ?な、なんだ?何が起こっている」
動揺したベリックがほんの一瞬ローラの肩を掴んだ力を緩めた時、ローラはベリックに体当たりをした。
「っ!貴様!」
体当たりしたローラはベリックから離れ、ヴェルデの元へ駆け出す。そのローラを追いかけようとベリックが手を伸ばすが、その手が突然焦げだした。
「ひいっ!!!」
ジュウジュウと音を出しながらベリックの両手が焦げていく。煙も出て焦げ臭さが辺り一面に漂い始めた。
「ひ、ひいぃぃ!!!!」
ベリックが両手をバタバタさせながら悲鳴を上げている。
「ローラ様!」
走り出したローラの元にはヴェルデが駆け寄ってローラをしっかりと抱きとめた。
ヴェルデはぎゅうっと力強くローラを抱きしめ、すぐにローラの顔を覗き込む。ローラはヴェルデを見つめ、ホッとした顔をすると、ヴェルデもそれを見て嬉しそうに微笑む。だが、すぐにベリックの方を見てまた禍々しいほどの殺気を纏った。
ベリックは両手を焦げ付かせながら地面を転がっている。尋常ではない熱さに我を忘れてしまっているようだ。
「ローラ様に触れた貴様のその両手は、もう二度と使えなくしてやる」
ベリックの短剣を泥のように溶かしたのも、ベリックの両手を焦がしたのももちろん全てヴェルデだ。
「サイレーン国の筆頭魔術師を前にして、よくもまぁあんなことができたものだ。ヴェルデを見くびりすぎていたんじゃないか」
メイナードは鼻で笑うように地面を転がるベリックへ吐き捨てる。近くでガレスもベリックへ冷ややかな眼差しを向けていた。
「ヴェルデ、もうそろそろいいだろう。あれならもう手は使えまい。拘束して我が国へ連れ帰り処罰する」
メイナードがそう言うと、ヴェルデは小さく舌打ちをし、ベリックを睨む。するとベリックの両手の焦げ付きがおさまった。
ベリックは魔法の鎖で捕縛され、メイナードの率いた近衛兵に連れられて行った。
「この度は我が国の者がとんでもないことをしでかし、本当に申し訳ありません」
メイナードがガレスに向かってそう言うと、ガレスは口の端に弧を描き片手を振った。
「いや、ヴェルデがお灸をすえたからいいだろ。それにそちらの国でしっかり罰してくれれば問題はない」
「寛大な心遣い、感謝します」
「いいってことよ、俺たちの仲だろ」
ガレスの返事にメイナードが苦笑する。この二人は昔から仲が良いのだろうか?疑問に思ったローラに気づいたのだろう、ヴェルデがローラにそっと耳打ちした。
「お二人は同じ学校の先輩と後輩なのです。学生時代、国際交流でメイナード殿下が我が国の学校へ留学なさっていたのですよ」
なるほど、とローラがうなずくと、ヴェルデが真剣な眼差しでローラを見つめた。
「そんなことより、どこか痛いところはありませんか?……助けが遅くなって本当に申し訳ありません」
「そ、そんな……謝らないでください!」
ヴェルデの腕の中でローラが慌てて両手を振ると、メイナードもローラに謝罪する。
「申し訳ありませんでした。私がいながらローラ様をこんな目に合わせてしまって……これは我が国の不始末です。本当に申し訳ありません」
メイナードは深々とお辞儀をした。
「そ、そんな……お気になさらないでください。こうして私は無事に助かりました。それもこれも皆様のおかげです。だからどうか面をお上げください」
ね?と眉を下げてローラが微笑むと、メイナードは苦しそうに微笑んだ。
「まぁ、ローラ様がよくてもヴェルデは全く良くないみたいだけどな。ヴェルデ、お前はローラ様を連れて部屋に戻れ。ローラ様のことが気になって仕方がないだろ」
ガレスがヴェルデを見ながらそう言うと、ヴェルデはローラの肩をしっかりと抱いたままうなずいた。