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三十六話「エマ・ J ・ベイカー」



「……ここも、久しぶりだな」



 見知った町並みは少しだけ変わり、夏仕様になっていた。

 相変わらず凝っている町並みを進むと、そこには何度見ても迫力を覚える物が並んでいた。

 そしてその中心、巨大な建造物が建っている場所。

 そこは王城だ。


「来ちまったな。王都まで」


 今日は一人だ。

 一人で王都に来るのは、確か二度目だったっけか。


 さて。

 ここに来た理由は一つ。

 エマ姉さんの手紙だ。


「………」


 三日前に来たその手紙を受け取ってから。

 俺の頭は色んな考えでパンパンになっていた。


『三日後、王都にある下記に記載した喫茶店で話があります。

                      エマ・ J ・ベイカー』


 こんな内容の手紙を送ってくるのも意外だし。

 正直何らかの陰謀というか、恐ろしい事の吹き回しにしか思えなかった。

 いやまぁ、その理由は俺と姉さんの過去に起因してるが。

 別に語る必要も無いことは、あまり語りたくはないな。


「だが、時間はあるな」


 そう。現在時刻朝の十時頃。約束の時間までまだまだあるのだ。

 だから、少しだけ。

 王都を散歩でもしようと思う。


「ひっさしぶりに来たな。ここ」


 いやだが、そこまで年月は経っていない。

 でも、色々ありすぎて全てが懐かしく思えてくる。

 あんな体験をしたせいで、もう後戻りが出来なくなってしまった。


 ――大魔法図書館。


 何やかんやあったが、王都と言えばここと雑貨屋イブしかわからないな。

 別に中に入るわけではないが。外を懐かしく見るだけでその場を去った。


 そこから更に坂道を登った。

 不思議と足取りは早かった。

 だけど、最初に感じていたワクワク感なんて無くって。

 あるのは。漫然とした焦りだけだった。

 胸に絡んでいた焦りだった。

 その理由を語るのはまだまだ先になると思う。

 だけど必ず。

 俺はあいつと相対しなければ行けない。



「やぁ、あんた男前だね」

「お世辞は良いよ。また、この雑貨屋に来れてよかった」


 と言うと、その色白魔女は柔らかく笑った。

 俺は店に入った。

 雑貨屋イブ。サヤカと初めて王都に来た時訪れた場所だ。

 俺の杖とサヤカの杖を買った場所でもある。


 店に入ると、青髪の色白魔女が俺を見るなりどこか嬉しそうにそう言った。


「何いってんのさ、数日前にここに来ただろ。ケニー」

「……あぁ、そうだったな」


 あぁ、そうだ。

 俺はサヤカが眠っている間。この場所に一度来た。


「頼まれたものは置いてあるよ」

「おう。金はいくらくらいだ?」

「特別料金でぇ、30,000G」

「たっけぇな」

「文句言うなら話は無しにするけど」

「買った」


 と言うと、その色白魔女は店の奥に消えていった。

 懐かしいな。この店内も、あまり変わっていない。

 あの金髪少女の人形も、そこにまだあった。

 ……客足少ないのだろうか。

 あまり商品が売れていない様な気がするな。


「はいよ」


 と、突然出てきた色白ま……これ言いにくいな。

 イブでいいか。

 イブは際どい服のまま出てくると。

 茶色い封筒を渡して来た。


「ありがとうな。また頼むかもしれないから、その時は」

「分かってるわ。秘密裏にね」

「……ってか、雑貨屋と裏稼業で情報屋をしてるとはな」

「王様にも頼られるくらいの情報屋よ。店の様子を見て客足少ないとか言わないでね」

「おま、エスパーか?」

「ぶん殴るわよ」



――――。



 と言う事で、時間が来た。

 俺は指定された喫茶店へ足を運ぶ。

 案外路地の奥にある場所だった。

 穴場と言うのだろうか。


 オシャレな外装の、光が入らないその路地裏。

 二階以上は普通の家らしかったが、一階だけが喫茶店に改装されていた。

 その少し強い印象の中、重い扉を開いた。


「いらっしゃいませ」


 チャリンと、入店の鈴が鳴る。

 店内に入ると、そこには暗い灰色の世界があった。

 店内にはカウンターがあり、窓側にはテーブル席。

 そして点々と設置された様々な観葉植物が飾ってあった。


「お好きな席へどうぞ」


 と、長身茶髪の店員が口を開く。

 どうやらまだエマ姉さんは来ていないようだった。

 約束の時間より少し早く来てしまったらしい。


 取り敢えず窓側の席に座り。

 俺はコーヒーを注文した。


「……姉さん、しゃれた店知ってるんだなぁ」


 と、おもむろに呟いてみる。

 意外、とまでは行かない。

 あの雰囲気の人間だから、こうゆう穴場を知っているのかもしれない。


 と言うか。

 姉さんはイエーツ国に帰ったんじゃなかったのか?

 どうしてこんな場所で待ち合わせをしているんだ。

 まだグラネイシャに居ると言うことなのだろうか。

 ……。

 よくわからない人間だな。姉さんは。


「――ん」


 チャリン。と。

 音が響いた。

 同時に、ツンと。優しい香りがした。

 元々この場所にはコーヒーの匂いが漂っていたが。

 それ以上に、それを貫通した。

 懐かしい、匂いだった。


「………」


 その平凡な服を来た金の存在感は、流れるように店員にブラックコーヒーを注文した。

 それに目を奪われている間に、その金の存在感は周囲を見渡し、見つけ。

 俺の目の前の席に、音もなく座った。

 そして、静寂が流れ。

 それを破いたのは俺の意味もない言葉だった。


「姉さん。やっぱ美人だな」

「……何よいきなり。怖いわね」


 本音だ。

 昔からキレイだったが。

 結婚してから魅力が増してないか?

 ……いかんいかん。

 ダメだな、全く。

 エマ姉さんは話がしたいと言った。

 冗談とかで、茶化しちゃダメなんだ。

 ちゃんと話を聞かなきゃ。


「で、話って?」

「……ケニー」

「?」


 ふと、重い空気を感じた。

 それはエマ姉さんから感じる。威圧感のようなものだった。

 だけどそれに敵意は無く。

 ゆっくりと、その金が揺れた。

 そう。揺れたのだ。

 いいや、この表現だと分かりにくいか。

 エマ姉さんは、俺に頭を下げた。


「あなたに謝らなければ行けない事がある」

「……どうしたんだよ。いきなり」


 突然の告白に、思わず俺は戸惑った。


「まず。私は魔病の事を知らなかった」

「……顔見てれば分かったよ」

「あの場で何も言えなくて、ごめんなさい」

「……は、はぁ。別に気にしてねぇよ」

「本当なら。心配をしなきゃ行けなかったのに」

「いや、もう俺は諦めてるからさ」

「………」

「…………」

「ごめんなさい」

「どうしてだよ」


 エマ姉さんは頭を上げなかった。

 上げずに、その表情がわからないまま続けていた。

 俺は状況が分からなかった。

 突然謝られて、なんて返せばいいか分からなかった。


「どうしちまったんだよ……姉さん」

「私はあなたに。酷いことばかりしてきた」

「……そうかよ」

「……ごめんなさい」


 今度のごめんなさいは、苦しそうに喉を締めた様な音色だった。

 そんなに喉を絞めると喉を痛めるよと言いたいけど。

 それは己の感情によって起こっている事だとしたら。

 今エマ姉さんは、何を感じてるんだろうか……。

 俺には分からなかった。


「………」


 ただ、今のエマ姉さんが。

 普通ではない精神状態な事に気づいた。

 どこか苦しんでいると言うか。

 でもそれは毒とかそうゆう外的な要因じゃなくって。

 きっと内面的で。

 まるで、自分を自分で傷つけている様だった。


「そ、そう言えば。どうしてエマ姉さんはグラネイシャに居るの?」

「………」

「イエーツ国に帰ったんじゃ?」

「帰、ろうとした。だけど……」

「……ん?」


 そこで言葉を詰まらせた。

 話題を変えるのはまずかっただろうか。

 いや、わんちゃんチョイスがまずかったな。

 ここ最近の出来事で、姉さんが知らないことと言えば。


「そう言えばさ。俺、ゾニーに剣を教わることになったんだ」


 と言うと、姉さんは顔を上げた。


「……そうなの?」

「お、おう!また来るかもしれないからな、あの死神が」

「……その対策?」

「う、うん」

「立派だね」


 ……あれ。

 エマ姉さんってこんな人だっけ。

 なんかイメージは、俺にだけ冷たくって、そして寡黙なイメージなのだが。


「そう言えばエマ姉さんは、サヤカに会ったの?」

「……話しては無いけど、病室で眠ってる彼女なら見たわ」

「彼女?」

「えぇ。サヤカさん」

「あー」

「……なによ」

「サヤカは男だよ」

「……あっ。そうなのね」


 間違える気持ちはわかる。

 俺だって最初は騙された。

 あれは前情報なしだと、普通の女の子だよな。

 だが、付いてるものはきちんと付いてる。

 小さいが、エレファントもぶら下がっている訳だ。


「………」

「ごめんなさい」

「どうしてそんなに謝るんだよ」

「それは……悪いことをしたと思ったから」

「別に気にしてないから。大丈夫だよ」

「……そう、なら良かったわ」


 なんなんだこの違和感。

 今の姉さんと話していると、どことなく。

 いいや、完全に。

 俺も、息苦しい。


「姉さん。きっとだけど、あの時の事を気にしてるんだよね」


 ふと、俺は心のなかで背けていたモヤモヤを覗いた。

 触れてしまったと言う事実は体の芯を貫くように感じた。

 その話題を出すことは、もうないと思っていたのに。

 だけど、いざ話そうと思うと。

 その息苦しさは。ほんの少しだけ解消された。


 すると、やはり姉さんは言った。


「ごめんなさい」


 と。

 分からなかった。その心情が。

 だから、俺は言ったんだ。


「姉さんの話を聞かせてよ」

「……え」

「いまどんな気持ちで、どんな状態なのかとか。俺分からないからさ」

「……」

「謝るだけじゃなくって」

「………」

「話そうよ」


 こうして、俺の何年か前の昔話をする事となった。

 それは俺が確か、養豚場でトラウマを覚える前の話。

 そう、それは。

 俺とエマの、仲が良かった頃の話だ。




 ――そして、時は進み出す。




 余命まで【残り235日】





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