俺はそのままカーラの胸に抱かれていたかったが、自分自身に鞭打ってなんとかその暖かい胸の中から抜け出した。もう二度と帰れないかもしれないと思いながら。
これでカーラとフェルディナントがうまくいけば流浪王子の俺なんか完全にお呼びでなくなる。
しかし、このままではカーラが宰相に殺されるかもしれないし、命を助けてもらった俺としては、カーラが幸せになってくれれば……そう、泣く泣く行動に出ようとしたのだ。
俺はカーラの机の上に飛び乗って、机の引き出しを開けて、ペンと紙を咥えて出した。
そして、広げた紙の上にペンを咥えて書いてみる。
「えっ!」
なんだこの汚い字は!
ミミズの這ったような字だった。
ものすごく書きにくいのだ。
こんなにペンを咥えて書くのが難しいとは思っていなかった。
失敗だ。
ええい、精神統一して……俺は深呼吸をした。
その瞬間ペンが落ちてしまう。
ビシッと紙にシミになってしまった!
くっそう! 何なのだ。この理不尽さは!
いや、駄目だ。もっと頑張らないと。
俺はまた紙を一枚出した。
俺はカーラには最後にちゃんと手紙を残そうと思っていたのだ。
『太陽燦々と輝く初夏の候、太陽のような金色に輝くあなたを毎日物陰から見守らせて頂きとても幸せでした。
ただ、私は今はあなたにお目通りも適わぬ身、せめてあなたのために役に立つべく、とある屋敷に忍び込み、情報を掴む所存です。
事態は急を要するように見受けられます。
出来ましたらあなたの安全のためにはフェルディナント皇子に庇護を頼まれた方が宜しかろうと存じます。
あなたの白い騎士より』
くらいの書面を書こうと思っていたのだ。
本来ならば俺がカーラを守りたかったが、カーラの王女という身分を守ろうとしたらフェルディナントを味方に引き込んだ方が絶対に良いはずだ。
俺は泣く泣く身を引こうと思ったのだ。
そんな俺の心意気を手紙に残そうと思ったのに、こんな手紙は絶対に子犬の状態の俺には書けなかった。
仕方がない。俺は精一杯に書いた。
『宰相反乱時、南の皇子頼れ。あなたの白い騎士より』
俺が必死に書けたのはこれだけだった。
これだけで1時間以上かかってしまった。
後はフェルディナントと国王に残す書面と近衞騎士のレイも脅しておいた方が良いだろう。
俺は3通の手紙というか脅迫文というかを必死に書いた。
それで更に2時間くらい余計にかかってしまった。
俺は本当に疲れてしまった。
でも、これからだ。
俺は早速いつものように引き出しを使って天井に登ったのだ。
ただ、今日はもう帰ってこないので、登る度に、引き出しを閉めていくので少し時間がかかった。
屋根裏から外に出られる通気口を見つけて外を見ると丁度レイの真上だった。
俺は丸めていた紙をレイに飛ばしたのだ。
「痛て!」
レイは叫んでいた。
慌てて、周りを見回して紙を見つけていた。
「何なんだ、一体」
ブツブツ言いながらレイは紙を拾った。
そしてその紙を広げて固まっていた。
『裏切ったら殺す 白い騎士』
と書いてやっていたのだ。
レイは慌てて辺りを見回すが、俺は小さいので見える訳ないのだ。
レイは青くなっていた。
白い騎士がカーラを助けた剣士だということはレイは知っているはずだ。
この紙を読めばその白い騎士が、宰相の護衛隊長とレイの密談を聞いていたと判るはずだった。
少なくとも疑うはずだった。
こうしておけば少なくともレイに牽制にはなったはずだ。
俺は次はフェルディナントのところに向かった。
今度は見つからないように慎重に下を伺うと、どうやらフェルディナントは寝ているみたいだった。
この大変な時に寝るなんてなんて悠長なんだ。
俺は少し頭にきた。
こちらはカーラの為に死にもの狂いで寝ないで書面を書き上げたのに、寝ているなんて俺は許せなかった。
むかついた俺は懸命に書いた紙を、そのままフェルディナントの寝顔の上に落ちるように離した。
紙はゆらゆらと落ちていって狙い通り物の見事にフェルディナントの顔の上に落ちたのだ。
ざまあみろだ!
俺はそう喜んだ時だ。
フェルディナントははっと起きて、剣を天井に投げてくれたのだ。
「えっ!」
ズバッ
と天板に刺さる。
俺はそれを避けようとしたら、そのまま踏み外して隙間から下に落ちてしまった。
剣をなくしたフェルディナントは落ちてきた俺をとっさに殴ろうとして俺はその手を避けてそのまま、フェルディナントの顔の上に落ちたのだ。
「キャィーーン」
「えっ、お前、カーラの犬なのか」
フェルディナントは驚いて俺を見た。
やばい、バレてしまった。
俺は必死に逃げようとした。
捕まえようとしたフエルディナントの腕を掻い潜って、紙面に降り立つ。
外に出ようとして扉は閉まっていた。
これでは逃げられない。
慌てて俺は他の出口を探した。
庭に面したガラス張りの扉も鍵が閉まっていた。
やばい!
俺は天井をチラリと見たが、高すぎて、あそこまで届かない。
俺を追ってフェルディナントが後ろから迫ってきた。
こうなったら、フェルディナントの足の間から逃げるしかない。
俺はフェルディナントの股の間から逃げようとしたのだ。
ガシッ
しかし、その瞬間フェルディナントの両腕でがっしりと捕まってしまったのだった。