失敗した!
俺はフェルディナントに捕まってしまったのだ。
必死に逃げようともがくがフェルディナントの腕はがしっと俺を掴んで放さなかった。
でも、俺はここで捕まる訳にはいかないのに!
まさかこんなところでフェルディナントに捕まるとは想定外だった。
でも、暴れたところでフェルディナントの腕は緩まなかった。
「お前は一体、どこから来たんだ?」
フエルディナントは俺を捕まえて真正面から聞いてくれるが、俺は話せないし話すつもりも無かった。ぷいっと横を向く。
ここで、逃れるために手に噛み付いても良いのだが、出口がない。
天井まではどんなにあがいても飛び上がれなかった。扉や窓は全て閉まっていた。
これでは噛み付いたらフェルディナントを怒らせるだけだ。窓や扉を開けるのはこの小さな体では時間がかかるのだ。扉を開けようとあがいている間に捕まってしまうだろう。逃げるところがないのに怒らせても仕方がない。俺はチャンスを待つことにした。
俺が暴れなくなったので、フェルディナントは俺が逃亡を諦めたと思ってくれたみたいだった。
「この紙はお前が持ってきたのか?」
フェルディナントはまだ俺を片手でしっかりと抱きしめたまま、俺に質問してきた。しかし、普通、子犬は質問には答えないのだ。
俺は明後日の方を見てやった。
フェルディナントは俺に聞くのを諦めて俺が天井から落とした紙を見てくれた。
その紙にはでかでかと、
『宰相反乱時、カーラを守れ。白い騎士』
と書かれていた。
「なんだ、これは?」
一瞬フェルディナントは目が点になった。
「宰相反乱時って、カーラは宰相が反乱するのを知っているのか?」
慌ててフェルディナントは俺に聞いてきた。
「わんわん」
俺は適当に吠えてやった。
俺は犬だ。何言っているか判らないフリしておくに限る。
「白い騎士とは誰なんだ?」
俺はフェルディナントにゆすられるが、子犬を訊問しても普通は答えないだろう。
俺様は当然無視することにしたのだ。
「白い騎士はどこからこの情報を聞いたんだ?」
フェルディナントは更に俺に聞いてくるが、子犬に聞くなって言うの!
俺は本当にそう叫びたくなった。
「殿下、何かございましたか?」
その時扉が開いてサウス帝国の護衛騎士が慌てて入ってきた。
俺の吠えた音とフェルディナントの声に慌てて反応したみたいだ。
「これはカーラ様のころちゃんではないですか?」
護衛騎士は何故か俺の名前まで知っていた。
まあ、その理由は今はどうでも良い。
今は騎士が扉を開けたまま入ってきたことが重要だった。
俺の脱出路が出来たのだ。
俺はその瞬間を逃さなかった。
がぶっと思いっきりフェルディナントの手に噛み付いたのだ。
「痛い!」
思わずフェルディナントが手を緩めてくれた。
俺はフェルディナントの手から飛び出したのだ。
そして、そのまま騎士の足の間を通り過ぎて逃げようとする。
「その犬を逃がすな」
フェルディナントの声が響いたが、その時には俺は騎士達の足の間に飛び込んでいた。
「はい!」
騎士は慌てて捕まえようとするが、その時には俺は騎士の足の間を抜けていた。
そのまま外に飛び出す。
「待て!」
騎士とフェルディナントが俺を追いかけて来る。
が、俺の走る先にはモルガン王国の騎士がいたのだ。
サウス帝国の騎士とフェルディナントは思わず追いかけるスピードを緩めた。
「おい、カーラ様の犬だぞ」
前の騎士が叫んだ。今度はモルガン王国の騎士達が慌てて俺を捕まえようとしてくれた。
これもやばいのでは?
俺は慌てた。
一難去ってまた一難だ。今度はその数も多い。
俺は花壇の中に突入する。
でも、騎士が躊躇せずにそのまま追いかけてきてくれた。
前は俺が動き回っても全く無視してくれたのに、俺がいなくなってからカーラに頼まれて捜索を手伝わされたみたいで、今はほとんどの騎士が俺がカーラの犬だと認識されていた。皆、俺を見る度に次々に追いかけ始めてくれるんだけど……
さすがの俺もこれには閉口した。
必死に走って逃げる。
その俺の前に騎士がいるのが見えた。
その騎士は手を大きく広げて俺を捕まえようとしてくれた。
来た道を帰ろうにも後ろからは5人くらいが追いかけてくる。
前は手を広げた騎士の後ろにも二人がいて俺を捕まえようとしているのは明らかだった。
俺はフェイントをかけることにした。
「よし、捕まえた」
そう叫ぶ騎士の手を急なステップで外す。
「あれ」
騎士がバランスを崩してその場に倒れる
「おい待て」
慌てて他の二人が俺を捕まえようと出てきた。
そして、方向を90度変える。
そのまま駆け出す。そこに後ろから殺到した5人に前の二人の男に激突した。
6人は絡まって盛大に転けてくれた。
残りの一人が慌てて追いかけようとするが、俺は花壇の中をジグザクに走って男をまくのに成功した。
俺はそのまま隠れながら門に向かった。
門番には俺が逃げ出したのはまだ通報されていないみたいで、ぼうっと突っ立っていた。
俺はその足下をゆっくりと知られずに抜けたのだ。
王宮の正面の広場に出る。
さて、これからが本番だ。
俺はこれからやることに武者震いして、宰相の屋敷に急いだのだった。