アスカを近衛騎士にして、それを周囲に受け入れさせるための行動もしている。とはいえ、継続的に活動をすべきことで、一朝一夕で効果が出ることではない。
まあ、また戦争でも起きて、アスカが大活躍すれば話は別なのだろうが。吟遊詩人みたいな相手に、噂を流させるのもひとつの手だ。そこまで考えて、フィースの顔が頭に浮かんだ。
踊り子として人気なフィースは、うまく使えば民衆の心理を誘導できる存在でもある。なら、早めにツバをつけておきたいところだ。そう考えてユフィアに相談すると、楽しそうに受け入れられた。
「自分の評価のために他者を利用できるのは、王を目指すものとして良い兆候ですよ」
とのことだ。実際、フィースの人気に相乗りする形にはなるだろうからな。利用するという言い回しは、間違っていない。ということで、闘技大会の報酬を渡すことも含めて、フィースを呼び出した。
俺の目の前にやってきたフィースは、どこか熱を持った目で俺を見ている気がする。おそらくは、報酬や評価を知りたいのだろうな。そう考えて、まずは本題を切り出す。できるだけ、優しい笑顔を心がけながら。
「フィース、闘技大会の時はありがとう。おかげで、いい流れが作れたよ。報酬としては、金銭と称号を用意している。資料をまとめたから、見てくれ」
用意しておいた資料を渡すと、フィースは真剣な顔で読み込んでいく。報酬の内容が書かれているんだから、当然だよな。いくらなんでも、はした金で済まされたら困るだろうし。
ということで、相応の額を用意している。贅沢をしなければ、半年くらいは過ごせる程度の額だな。それと、現代日本で言うところの人間国宝や国民栄誉賞に近い称号も用意した。だから、評価としては最大限なんじゃないだろうか。
まあ、ただの踊り子が金を持ちすぎても、奪われるだけだろう。だから、要求されたら支給する形にしている。そちらの方が、安心できるだろうからな。
俺の要求が通れば、フィースは主に王宮で働くことになる。とはいえ、断られた時の準備をしておくのも大事なことだろう。
フィースは何度も読み返し、そして俺の方を見てゆっくりと笑った。
「本当に、評価してくださったんですね……。やはり、ローレンツ様を選んで正解でした……」
とりあえずは、好感触に思える。なら、この調子でスカウトも受けてくれないだろうか。そんな期待も込めて、姿勢を正してフィースに向き直る。そして、本命についてを切り出した。
「なあ、フィース。俺はお前を、王子として雇いたいと考えている。どうだ?」
意図としては、民衆や兵卒の娯楽として、そしてフィースの踊りに魅了することで、俺を敵に回すという選択を取りにくくするため。他には、人材の引き抜きや裏切りを狙っている部分もある。
とにかく、魅力的な踊り子の価値というのは計り知れない。娯楽が少ない世界だからこそ、余計にだ。娯楽が多い現代日本ですら、アイドルのために人生を捧げるような人も居るのだから。
フィースの目をまっすぐに見ていると、じっと見返された。そして、返事をされる。
「それは、ローレンツ様の専属として、でしょうか……」
なるほど。言葉が足りなかったと言えば、そうなるな。実際、さっきの俺の言葉だけを聞けば、王子の傍で踊る存在だと解釈されてもおかしくない。というか、むしろ普通の解釈だろう。
しかし、どちらの反応だろうな。専属の方が好ましいのか、みんなの前で踊りたいのか。原作知識に頼れないと、相手の心理を読めない部分が増えてくる。やはり、あくまで俺は凡人なのだろうな。
とはいえ、嘘を付けば信頼を損ねるだけだ。ここは正直に答える以外の選択肢などない。ただ、言い回しには気を付けられる。そうだな。フィースの踊りが魅力的だというのは、しっかりと伝えよう。
「いや、みんなの前で踊ってもらうことになるな。フィースの魅力で、民を癒やしてほしい。きっと、お前にしかできないことだ」
フィースは俺の言葉を聞いて、軽くため息をついた。もしかして、専属として求めてほしかったのだろうか。とはいえ、それでは意味がない。俺のやりたいことは、フィースを愛人にすることでも独占することでもないのだから。
あくまで、デルフィ王国を良い方向に進めるための手段として求めている。人を道具として扱うようで、罪悪感もあるが。とはいえ、フィースを使い潰すつもりはない。そんなもったいない事はできない。優秀な人間というのは、代えが効かないんだから。
「少し、残念です……。ローレンツ様は、もっと私を求めてくださるのだと……」
「求めているさ。フィース以外の誰だとしても、民衆の心を本当の意味でつかむことなどできない。絶対に、お前が良いんだ」
切なそうな声をもらすフィースに、俺は全力で説得の言葉を告げる。フィースの手を握りながら、ハッキリと。相手次第ではセクハラになりそうだが、求めてほしいと思っている相手なら、効果的だろう。そう判断してのことだ。
フィースは俺の目をずっと見ながら、こちらに顔を寄せてくる。フィースが受けてくれるかどうかで心臓が早鐘を打っているのを感じながら待っていると、フィースは少しだけ笑顔を向けてきた。
「そうですね……。ローレンツ様は、私を魅力的に感じているようです……。今も、ドキドキしているようですから……」
本当は別の意味でのドキドキだったのだが、ためらわずに頷く。フィースの心を、少しでもつかむために。そうすると、フィースは俺の手を握り返して、微笑みながら言葉を続ける。
「でしたら、あなたがどれだけ私を魅力的に感じているのか、言葉にしてください。あなた自身が、です」
よほど、俺がフィースにどれだけ惹きつけられているのかが大事なのだろう。そう思える要求だった。さて、悩んでしまえば魅力を本当とは感じさせられないだろう。そこで、まずは言葉を紡ぎながら考えていくことにした。
「やはり、一番は落差だな。どこか切なさを秘めた表情で、熱のある踊りをする。その差こそが、フィースの魅惑の根源だろう」
「なるほど……。では、私の外見が魅力的だということでしょうか……」
これは、どちらと解釈すれば良いのだろう。外見に惹きつけられていると言えば良いのか、そうじゃないと言えば良いのか。いや、魅力を表現しろということなのだから、両方で攻める。それしかないよな。
「外見も、もちろん最高だ。色気と愛らしさと美しさを兼ね備えている。俺の知る中でも、圧倒的だ」
「嬉しいです……。では、他にはあるでしょうか……」
フィースは俺の手を握る力を強めた。効いているはずだ。そう考えながら、次は踊りを褒めていくことにする。
「踊りだって、これ以上ない。激しい熱量と、指の一本にまで集中しているかのような繊細さを同時に感じるんだ。圧倒的な技術と確かな才能を感じるよ」
「ありがとうございます……。まだ、あるでしょうか……」
ねだるような目で、そう告げられる。フィースの踊りの魅力は、だいぶ伝わったと思う。だが、大きな要素をまだ伝えられていない。それは魔法だ。だから、光を放つ魔法についても、褒めていく。これで満足してくれと、願いを込めながら。
「光を出す魔法だって、素敵だよ。フィースの魅力を最大限に引き立てていて、つい目を奪われてしまうんだ」
俺は目を合わせて、しっかりと手を握る。本気だと伝わるように。しばらく無言が続き、そしてフィースはゆっくりと頷いた。
「ローレンツ様の本気、確かに伝わりました……。では、受けたいと思います……」
「ありがとう、フィース。その言葉だけで、報われるような気持ちだよ」
「ねえ、ローレンツ様……。ずっと、私を見ていてくださいね……。ずっと、目を離さないでくださいね……」
そう語るフィースの目には、強い熱情が見えるような気がした。ぎゅっと握られる手の感触を確かめながら、フィースの魅力を伝えていく未来について考えていく。
少しもずらさないまま俺の目を見つめるフィースを見て、どこか怖さを感じながら。