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第38話 周囲のバランス

 フィースを雇うことに成功したので、今後はフィースの踊りを戦術的に活用していきたい。そのためには、宮中の協力が必要だ。ユフィアの許可は得ているとはいえ、紹介は必須だろうな。


 ということで、一通りの人が集まる場を探して、皆に顔合わせをすることにした。フィースに伝えると、複雑そうな表情で頷かれた。その心情は分からなかったが、どうしても必要なことだからな。納得してもらうしかない。


 まあ、フィースだって巡業をしていたのだから、挨拶の重要性は分かっているはずだ。嫌だとしても、ちゃんとこなしてくれるだろう。そこは信じている。


 ということで、本番を迎えた。今回も、俺の知り合いはほぼ全員集まっている。近衛騎士にして護衛であるアスカも、俺の隣に立っている。さて、しっかりやらないとな。息を吸って、周囲を見回した。


「皆に紹介したい人が居る。ここに居るフィースだ。まずは見てもらった方が早いだろうな。フィース、頼む」

「はい……。では、私の踊りをご堪能あれ……」


 早速フィースは踊りだす。相変わらず、素晴らしい踊りだ。激しく飛び回っているのに、指先まで確かに制御されていると感じる。どこか暗い印象もあるフィースが元気よく踊ることで、なんとも言えないギャップを生み出しており、やはり目を引く。


 腰から足から手から、全身を動かしており、とても軽快だ。フィースの魔法により光も相まって、すごく派手でもある。


 俺は相変わらずの魅力を確認していたが、皆も感心している様子だ。特に集中して見ていたのは、ルイズとサレン。ルイズは平和主義者だから、そのあたりが影響しているのか。あるいは、田舎者だから珍しいのか。


 サレンはどこか観察しているような見方だ。圧倒的に激しい戦いをする人だから、激しさに共感しているのかもな。


 他の人達も、一言も話さずに見ている。それだけ、踊りが素晴らしいのだろう。自分のことでもないのに、誇らしさを感じている部分もあった。まあ、俺が見出した存在だからな。そんな優越感もあるのだろう。


 最後にフィースがピタリと止まり、光もそれを補強していた。そしてしばらくして、フィースは一礼する。その姿に、皆が思い思いの言葉を発していた。


「すごいね。こんな踊りを見せられたら、みんな元気になるんじゃないかな?」

「僕としては、しなやかな動きが気になったよ。戦いにも、応用できそうな気がする」


 やはり、ルイズとサレンはしっかりと注目していたようだ。それぞれの性格が出ていて、面白いところでもあるな。せっかくだから、俺も二人の会話に乗ってみるか。


「俺としては、民衆や兵士の心を癒やすために雇ったようなものだ。だから、平和の象徴にもなるはずだ」

「ローレンツ様には、皆を癒やしてほしいと言われました……。その目標に向けて、頑張ります……」

「どうにも、覇気がありませんわね。そのような調子で、本当に元気づけられるんですの? わたくしなら、殿下に……」


 そう言いながら、スコラは横からしなを作りながら近寄ってきた。そして、ちらりとフィースに目を向ける。フィースは、どこか切なそうにこちらを見ている。その姿を見て、スコラは鼻を鳴らした。


 どうにも、スコラは挑発的になってきたな。とりあえずは、なだめておくか。


「スコラ、ありがとう。心配してくれたんだな。だが、先ほどの踊りを見てもらえれば分かるように、フィースは切り替えられる人だ。問題ないさ」

「なるほど。では、わたくしは殿下の言う通りに。わたくしも、兵たちが活力を得るのは望むところですもの」

「自分の魅力に自信がないのなら、媚を売るべきではないわよ。ねえ、スコラ?」


 今度は、バーバラがスコラを挑発する。ただ、スコラは笑顔で受け流している。とりあえず、アスカの時ほど取り乱していないのは幸いだな。少し、余裕も出てきたようだ。


 ただ、巻き込まれたフィースは困った顔をしているので、ここは止めておこう。


「スコラだって、もちろん魅力的だぞ。よく俺を支えてくれている。それだけではなく、確かな芯を感じるんだ」

「嬉しいですわ、殿下。これからも、殿下に忠節を……」

「へえ、女を口説くのがうまくなったものね。これも、あなたの差し金かしら? ねえ、ユフィア」


 そうバーバラが言うと、笑顔のままのユフィアは返答する。


「ローレンツさんは、自分で成長しているんですよ。今回フィースさんを採用したのも、ローレンツさんの提案ですから。それとも、フィースさんに魅了されましたか?」


 その言葉に、視線が集まるのを感じた。少なくとも、スコラとフィース、バーバラは俺をじっと見ている。スコラを持ち上げつつ、フィースの魅力も表現する。そして、バーバラに軽んじられない返答が必要になるな。


 さて、どうしたものか。そうだな。やはり、俺の意図を説明するべきだろうな。


「見てもらえれば分かったと思うが、フィースの魅力は圧倒的だ。だからこそ、スコラ達に紹介したかった。お互いに、士気の維持は大事だろう? スコラになら、フィースの価値は伝わると信じているぞ」


 フィースの魅力を肯定しつつ、スコラの能力を評価する。そして、ただ女に溺れたわけではないと示す。そうできていると、信じたいな。


 周囲を見回すと、ユフィアは楽しそうな笑顔のままだ。フィースは、どこか影のある顔をしている。スコラは、満足気に頷いている。バーバラは、不敵に笑っていた。


「ふふっ、ローレンツさんの男ぶりは、確かに向上しましたよね。そうは思いませんか、スコラさん?」

「ええ。今の殿下になら、わたくしはさらなる忠誠を捧げられますわ」

「悪くないじゃない。やはり、見るべきところはあるようね。良いわよ、殿下」


 とりあえず、フィース以外の内心は見えてきたと思う。ユフィアはいつも通り、スコラは自分の価値を確認している。バーバラは、俺を計ろうとしている。フィースの考えを知りたいと考え、そっちの方を向くと、フィースはじっと見てきた。そして、アスカの方を見ながら言葉を紡ぐ。


「私は、あなたに見出されたと思って良いんですよね……。アスカさんとなら、どちらの方が大事ですか……?」

「中々に難物に目をつけたようだな、殿下? 妾が、お主を手伝ってやろうか?」


 先程まで黙って見ていたミリアに言われるが、俺は首を横に振った。今ミリアに頼れば、ミリア本人ですら失望する。そんな気がしたからだ。


 とはいえ、言い方が難しいな。アスカもフィースも、こちらをじっと見ている。その期待を裏切らない言い回しを考えながら、ゆっくりと話していく。


「アスカは、俺の身を守ってくれるだろう。フィースは、俺の心を支えてくれるだろう。そして、みんなも。期待しているぞ、ふたりとも」

「やっぱり、殿下は優しいね。あなたは、本気で平和を目指している。そう思えるよ」

「殿下なら、もしかしたら僕達の望みも……」


 ルイズやサレンは、俺のことを評価してくれているみたいだ。ただ、いま大事なのはアスカとフィース。そう思いながらふたりを見ると、アスカはほんの少しだけ笑みを浮かべていた。フィースは、こちらの目を強く見て、そのまま言葉を発した。


「今は、ローレンツ様の言葉で納得しておきます……。でも、いずれは……もっと私を……」

「ふふっ、ローレンツさん。大変そうですね。私は、特等席で見守ってあげますよ? あなたの素敵な姿を、ね?」

「殿下よ。ユフィアはお主の危機を楽しんでおるぞ? それで良いのか?」

「ローレンツ様、困ってる? 必要なら、命令して」


 フィースは、本音では不満を抱えているようだ。ユフィアとミリアは、軽く火花を飛ばしている。アスカの純粋な目やユフィアの笑顔に癒やされながらも、頭を抱えそうになっていた。


 とりあえずは、またバランスを取ろう。そう考えて、言葉を続けていく。


「道化だとしても、構わない。それでも、俺は王になってみせる。そして、平和をつかんでみせるんだ」


 そんな覚悟を込めたセリフに、色々な意図を感じる目線が飛んできた。今後も、人間関係には頭を悩ませ続けるのだろうな。そう確信できる有り様で、少しだけ嘆きたくなった。


 だが、俺の言葉は本心だ。フィースの力も借りつつ、必ず王になって、未来を手に入れてみせる。そう近いながら、笑顔で周囲を見回した。

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