とりあえず、フィースを俺の周囲に紹介することはできた。その中で感じたのは、フィースが何かしらの不満を抱えていることだな。ということで、フィースと仲良くなって不満を聞き出せるようになるためにも、仲を深めていきたいところだ。
それなら、食べ歩きなんかがちょうど良いんじゃないかと思う。民衆と接するついでに、フィースとの距離を縮められればいいな。
ということで、まずは誘ってみることにした。フィースに会いに行って、声をかける。
「なあ、フィース。お前も、王都の様子を見に行かないか? しばらくは王宮にいたし、息も詰まっているだろう」
「それは、逢引のお誘いでしょうか……?」
じっと見ながら、そう告げられる。さて、どう返答したものかな。フィースは俺に認められたいというのは分かっている。だから、それが性的な感情を含んでいるのかで正解が変わる。
要は、フィースが俺に性的に見られたいかどうか。別の言い方をすると、異性として魅力的に感じていてほしいかどうか。そこが分かれ目なんだよな。
間違えたら好感度が一気に下がると分かっているのに、二択を選ばないといけない。そんな状況に、少し気分が上がっているのも否定できないが。負けたら痛い目を見るのに、どうしてだろうか。
まあ、今は俺の感情を考えるべき状況じゃない。フィースにどう返事をするかを考えないとな。まあ、多分デートって言って大丈夫なんだが。これまでの状況から察するに、踊り子としての評価だけでは不満みたいだし。さて、やるか。
「フィースともっと仲良くしたいと思ってな。だから、間違っていない」
「分かりました……。では、お付き合いさせていただきます……」
ほんの少しだけ、口元が緩んでいるように見える。正解だったみたいだな。とはいえ、中々に難しい。俺の周囲の仲間、と言って良いのか分からないが、とにかく近くにいる人は、みんな女の人だからな。うかつな対応をすれば、一気に周囲の好感度が下がるだろう。
ということで、今のところはフィースと二人の時にだけ、甘めというか魅了されているような言動をしよう。悪い男みたいだが、他に道はないからな。
そして、二人で手を繋いで街に出ていく。そこでは、民衆の視線を集めていたな。俺もある程度正体が知られているし、フィースも有名人だ。だから、納得している。
ただ、どうにも好意的な視線ばかりではないな。そう考えていると、群衆の中からひとりが近寄ってきた。そして、不機嫌そうに告げられる。
「王子ってのは、良いご身分だよなあ。人気の踊り子を手に入れて、自慢ってか?」
「そういうつもりではありません。フィースさんには、これからも踊りで皆さんを元気づけていただきたいですから」
「やはり、ローレンツ様は……」
フィースは少し悲しそうな顔をして、こちらの手を強く握ってくる。その姿を見た民は、舌打ちをして去っていく。ただ、他の民衆には好意的な人も居るみたいだ。色々と、声が届いてくる。
「王子様にも認められるなんて、フィースちゃんはやっぱり最高だよ!」
「また踊りを見せてくれよ! 殿下、頼むぞ!」
「でも、フィースちゃんはローレンツ様に……」
「言うなよ……。結局は、踊り子は遠い存在なんだ……」
反応を見る限りでは、複雑そうな感情もあるみたいだな。ただ、フィースはどこか満足げに見える。やはり、認められるというか、誰かに好かれることを大事にしているのを感じるな。
結局のところ、フィースは俺個人を特別視していないように思える。だから、今後の対応が難しいんだよな。ただ、フィースの欲求を俺が満たすというのは大事になるはずだ。どうにも、金銭欲よりも承認欲求を重要視しているみたいだからな。俺の反応次第では、フィースを失いかねない。
俺の知っている中で一番の踊り子がフィースだ。だから、その価値は計り知れない。人を魅了できる存在は、間違いなく俺の力になってくれるのだから。そのためにも、フィースにしっかり好かれないとな。俺のために頑張ってくれるように。
ということで、フィースの手を強く握り返して、微笑みかける。すると、フィースは薄く微笑んでいた。
「ローレンツ様のために、みなさんを私の踊りで元気づけたいです……。そうですね、いま踊るのはどうでしょうか……」
「とりあえず、広場に移動しよう。ここなら、通行人の邪魔になってしまう」
俺の言葉に、歓声が沸き起こった。やはり、フィースは人気者だな。とはいえ、気に食わない様子で去っていく者も見える。まあ、理由は分かる。アイドルに男の影を見たファンと似たようなものだろう。
やはり、対応が難しいな。フィースの感情を優先しすぎれば、肝心の踊りの価値が落ちかねない。とはいえ、フィースの踊りは本物だ。だから、一度見せさえすれば、大抵の相手は魅了できるだろう。
とりあえずは、広場での踊りを成功させるところからだな。そう考えて、フィースとともに歩いていく。そして、広場にたどり着いたフィースは、一番目立つ中央に立って、踊り始めた。
影も感じるような表情のまま、激しく踊る。全身が弾むように動き、そしてフィースの魔法によって光で照らされている。
何度見ても、最高の踊りだと感じるな。実際、周囲は静まり返っている。マナーも何も無い環境で、そうさせるだけの踊りなんだ。だからこそ、フィースの価値は確かだと思える。いま見ている踊りがあれば、きっと多くの人を魅了できるだろう。
あるいは、敵に攻撃をためらわせるかもしれない。戦いが嫌な兵士に、勇気を与えるかもしれない。現実に疲れた民に、明日への希望を与えるかもしれない。
だからこそ、フィースの存在を広めたい。そうすることで、俺の影響力も深まるだろうからな。
考え事をしながらも、フィースから視線を外せなかった。目が合った瞬間、確かにフィースが微笑んでいる姿を見た。その時、同時に強い歓声もあがる。フィースの笑顔は、それほどに魅力的だったのだろう。実際、これまで踊っている時に、笑顔は見なかった。
そのままフィースは踊り続け、最後に完全に静止する。一瞬だけ静まり返り、爆発的な熱狂が響いた。
「フィースちゃんの笑顔が見られるなんて!」
「やっぱり、フィースの踊りが世界一だ!」
「最高だ、フィースちゃん!」
そんな声を聞きながら、フィースは満足げに頭を下げる。そして、少し足を弾ませながら俺のところに戻ってきた。
「今回の踊りは、いかがでしたか……?」
「そうですね。私が踊っているフィースさんの笑顔を見たのは、初めてでした。やっぱり、素敵ですね。それに、目も合わせてくれて。嬉しいです」
その言葉に、フィースは俺の手を握って、強く頷く。そして、また薄く微笑んだ。こちらの目を、じっと見ながら。
「やはり、ローレンツ様は私の事をよく見てくれています……。これからも、よろしくお願いしますね」
「もちろんです。フィースさんの魅力を、皆さんに伝えましょう」
そう言うと、フィースはわずかに頬を膨らませていた。そして、俺と腕を組んでくる。体を押し付けるかのようにして。
「あの時の笑顔って、やっぱり……」
「ローレンツ様には、あんな顔をするんだな」
「ああ、フィースちゃん……」
「流石は殿下。色男だねえ」
そんな言葉を聞きながら、俺達は王宮へと戻っていく。フィースの承認欲求を満たせば、民衆との距離ができる。民衆に配慮すれば、フィースの心を手に入れられない。フィースの感情も、民衆の感情も、どちらも満足させる。そんな未来なんてないのかもしれない。心の中に、わずかな不安が芽生えた。