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第39話 相反する願い

 とりあえず、フィースを俺の周囲に紹介することはできた。その中で感じたのは、フィースが何かしらの不満を抱えていることだな。ということで、フィースと仲良くなって不満を聞き出せるようになるためにも、仲を深めていきたいところだ。


 それなら、食べ歩きなんかがちょうど良いんじゃないかと思う。民衆と接するついでに、フィースとの距離を縮められればいいな。


 ということで、まずは誘ってみることにした。フィースに会いに行って、声をかける。


「なあ、フィース。お前も、王都の様子を見に行かないか? しばらくは王宮にいたし、息も詰まっているだろう」

「それは、逢引のお誘いでしょうか……?」


 じっと見ながら、そう告げられる。さて、どう返答したものかな。フィースは俺に認められたいというのは分かっている。だから、それが性的な感情を含んでいるのかで正解が変わる。


 要は、フィースが俺に性的に見られたいかどうか。別の言い方をすると、異性として魅力的に感じていてほしいかどうか。そこが分かれ目なんだよな。


 間違えたら好感度が一気に下がると分かっているのに、二択を選ばないといけない。そんな状況に、少し気分が上がっているのも否定できないが。負けたら痛い目を見るのに、どうしてだろうか。


 まあ、今は俺の感情を考えるべき状況じゃない。フィースにどう返事をするかを考えないとな。まあ、多分デートって言って大丈夫なんだが。これまでの状況から察するに、踊り子としての評価だけでは不満みたいだし。さて、やるか。


「フィースともっと仲良くしたいと思ってな。だから、間違っていない」

「分かりました……。では、お付き合いさせていただきます……」


 ほんの少しだけ、口元が緩んでいるように見える。正解だったみたいだな。とはいえ、中々に難しい。俺の周囲の仲間、と言って良いのか分からないが、とにかく近くにいる人は、みんな女の人だからな。うかつな対応をすれば、一気に周囲の好感度が下がるだろう。


 ということで、今のところはフィースと二人の時にだけ、甘めというか魅了されているような言動をしよう。悪い男みたいだが、他に道はないからな。


 そして、二人で手を繋いで街に出ていく。そこでは、民衆の視線を集めていたな。俺もある程度正体が知られているし、フィースも有名人だ。だから、納得している。


 ただ、どうにも好意的な視線ばかりではないな。そう考えていると、群衆の中からひとりが近寄ってきた。そして、不機嫌そうに告げられる。


「王子ってのは、良いご身分だよなあ。人気の踊り子を手に入れて、自慢ってか?」

「そういうつもりではありません。フィースさんには、これからも踊りで皆さんを元気づけていただきたいですから」

「やはり、ローレンツ様は……」


 フィースは少し悲しそうな顔をして、こちらの手を強く握ってくる。その姿を見た民は、舌打ちをして去っていく。ただ、他の民衆には好意的な人も居るみたいだ。色々と、声が届いてくる。


「王子様にも認められるなんて、フィースちゃんはやっぱり最高だよ!」

「また踊りを見せてくれよ! 殿下、頼むぞ!」

「でも、フィースちゃんはローレンツ様に……」

「言うなよ……。結局は、踊り子は遠い存在なんだ……」


 反応を見る限りでは、複雑そうな感情もあるみたいだな。ただ、フィースはどこか満足げに見える。やはり、認められるというか、誰かに好かれることを大事にしているのを感じるな。


 結局のところ、フィースは俺個人を特別視していないように思える。だから、今後の対応が難しいんだよな。ただ、フィースの欲求を俺が満たすというのは大事になるはずだ。どうにも、金銭欲よりも承認欲求を重要視しているみたいだからな。俺の反応次第では、フィースを失いかねない。


 俺の知っている中で一番の踊り子がフィースだ。だから、その価値は計り知れない。人を魅了できる存在は、間違いなく俺の力になってくれるのだから。そのためにも、フィースにしっかり好かれないとな。俺のために頑張ってくれるように。


 ということで、フィースの手を強く握り返して、微笑みかける。すると、フィースは薄く微笑んでいた。


「ローレンツ様のために、みなさんを私の踊りで元気づけたいです……。そうですね、いま踊るのはどうでしょうか……」

「とりあえず、広場に移動しよう。ここなら、通行人の邪魔になってしまう」


 俺の言葉に、歓声が沸き起こった。やはり、フィースは人気者だな。とはいえ、気に食わない様子で去っていく者も見える。まあ、理由は分かる。アイドルに男の影を見たファンと似たようなものだろう。


 やはり、対応が難しいな。フィースの感情を優先しすぎれば、肝心の踊りの価値が落ちかねない。とはいえ、フィースの踊りは本物だ。だから、一度見せさえすれば、大抵の相手は魅了できるだろう。


 とりあえずは、広場での踊りを成功させるところからだな。そう考えて、フィースとともに歩いていく。そして、広場にたどり着いたフィースは、一番目立つ中央に立って、踊り始めた。


 影も感じるような表情のまま、激しく踊る。全身が弾むように動き、そしてフィースの魔法によって光で照らされている。


 何度見ても、最高の踊りだと感じるな。実際、周囲は静まり返っている。マナーも何も無い環境で、そうさせるだけの踊りなんだ。だからこそ、フィースの価値は確かだと思える。いま見ている踊りがあれば、きっと多くの人を魅了できるだろう。


 あるいは、敵に攻撃をためらわせるかもしれない。戦いが嫌な兵士に、勇気を与えるかもしれない。現実に疲れた民に、明日への希望を与えるかもしれない。


 だからこそ、フィースの存在を広めたい。そうすることで、俺の影響力も深まるだろうからな。


 考え事をしながらも、フィースから視線を外せなかった。目が合った瞬間、確かにフィースが微笑んでいる姿を見た。その時、同時に強い歓声もあがる。フィースの笑顔は、それほどに魅力的だったのだろう。実際、これまで踊っている時に、笑顔は見なかった。


 そのままフィースは踊り続け、最後に完全に静止する。一瞬だけ静まり返り、爆発的な熱狂が響いた。


「フィースちゃんの笑顔が見られるなんて!」

「やっぱり、フィースの踊りが世界一だ!」

「最高だ、フィースちゃん!」


 そんな声を聞きながら、フィースは満足げに頭を下げる。そして、少し足を弾ませながら俺のところに戻ってきた。


「今回の踊りは、いかがでしたか……?」

「そうですね。私が踊っているフィースさんの笑顔を見たのは、初めてでした。やっぱり、素敵ですね。それに、目も合わせてくれて。嬉しいです」


 その言葉に、フィースは俺の手を握って、強く頷く。そして、また薄く微笑んだ。こちらの目を、じっと見ながら。


「やはり、ローレンツ様は私の事をよく見てくれています……。これからも、よろしくお願いしますね」

「もちろんです。フィースさんの魅力を、皆さんに伝えましょう」


 そう言うと、フィースはわずかに頬を膨らませていた。そして、俺と腕を組んでくる。体を押し付けるかのようにして。


「あの時の笑顔って、やっぱり……」

「ローレンツ様には、あんな顔をするんだな」

「ああ、フィースちゃん……」

「流石は殿下。色男だねえ」


 そんな言葉を聞きながら、俺達は王宮へと戻っていく。フィースの承認欲求を満たせば、民衆との距離ができる。民衆に配慮すれば、フィースの心を手に入れられない。フィースの感情も、民衆の感情も、どちらも満足させる。そんな未来なんてないのかもしれない。心の中に、わずかな不安が芽生えた。

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