近衛騎士のアスカも、踊り子のフィースも、俺が新しく雇った相手は、周囲の環境や本人の性質に問題を抱えているようだ。
アスカは獣人として差別を受けているし、本人が戦いに興奮している。楽しみも、あまり知らないようだ。フィースは人気があるがゆえに、王子が雇ったという事実が良からぬ想像を広げているようだ。そして、割と重度の承認欲求を抱えているように見える。
両者ともに、運用には慎重になる必要があるだろう。ただ、うまく扱えれば有益どころではないはずだ。だから、どうするかはとても大事になる。そこで、ユフィアに相談することに決めた。
ということで、ユフィアにふたりを紹介する。場所は、いつもユフィアと会っている俺の部屋だ。
ユフィアはいつも通りに笑顔を浮かべていて、アスカは無表情でじっとしている。そしてフィースは、少し陰のある顔でうつむいている。さて、どうなるだろうな。とりあえず、話を進めるか。
「ユフィア、知っていると思うが、こちらが俺の騎士であるアスカと、雇った踊り子のフィースだ」
「よろしくお願いしますね、アスカさんもフィースさんも、ローレンツさんを支えてあげてください」
ユフィアはにこやかだが、内心は読めない。アスカは頷き、フィースはユフィアをじっと見ている。見た感じ、アスカは素直に挨拶を受け取っていて、フィースは警戒しているのだろう。
さて、まずはある程度仲良くなってもらわないとな。そのためには、俺が潤滑剤になる必要がある。まあ、お互いを軽く紹介する感じでいいか。それが無難だろう。とりあえず、アスカとフィースに笑顔を向ける。
「アスカ、フィース。こちらは、宰相であるユフィアだ。誰よりも俺を支えてくれていると言って、間違いないな」
「ローレンツ様のために、協力する。それでいい?」
「ユフィアさんのことは、どう思っているんでしょうか……」
「ふふっ、面白いですね。ローレンツさんは、どう私を表現するんですか?」
アスカは淡々としている。そしてユフィアは楽しそうにこちらを見ている。本当に、困ったものだ。間違いなく、俺を試している。だが、それだけではないのだろう。あるいは、俺とフィースの間にくさびを打とうとしているのかもしれない。
とにかく、ただ単純に俺の評価が聞きたいだけだというのはあり得ない。その前提で、どうユフィアを表現するか。
もちろん、褒める以外の選択肢はない。ユフィアこそが、俺の生命線なのだから。他の誰かに乗り換えても問題ない状況にならない限り、今の関係を捨てられない。
ただ、どこまで褒めるかが問題だ。フィースの承認欲求を刺激せず、アスカに強い信頼をさせず、それでいてユフィアとの距離を見誤らない。そんな言葉は、どんなものだ? 分からないが、黙っているのも問題だ。仕方ない。まずは話しながら考えるか。
「とにかく、ユフィアは圧倒的に優秀だ。常に俺の考えを先読みして助けてくれるからな。しかも、宰相としてデルフィ王国を大きく動かしている」
「すごい人。私には、できない」
「能力以外では、どう思っているんでしょうか……」
「ローレンツさんには、私を手に入れる権利がありますよ。ね?」
ユフィアは、フィースをちらりと見ながら語る。明らかに、挑発している。フィースはこちらを強く見つめてくる。どう見ても、何らかの感情が刺激されている。可能性が高いのは、嫉妬だろうか。
王になって、その証としてユフィアを手に入れる。そんな誘いを受けたのは事実だ。実際、魅力的だと感じている部分も否定できない。
だが、ユフィアはデルフィ王国を手のひらで転がす恐ろしい存在だ。それを忘れてはならない。しかも、平気で人を破滅させるのだから。いつ俺が狙われるのか、分かったものじゃない。
そっとこちらの頬に触れるユフィアの目は、愛おしげにすら見える。だから、視線を惹きつけられてしまっている。ただ、いくらでも演技をできる人間だというのも、頭の片隅にあるんだ。
フィースの方に目を向けると、少しも目を動かさないまま、じっと見てきていた。やはり、強い感情が見える。アスカの無表情に安心させられるくらいだ。
さて、どう返答するか。難題だ。褒めたいが、そうすればフィースの感情を刺激する。針のむしろとは、今のような状況なのだろうな。よし、決めた。人格を褒める方向性にしよう。
「孤児院を開いていて、孤児たちにも慕われているんだ。やはり、信頼するに足る人だ。きっと俺は、ユフィアがいないと生きてこれなかった。間違いなく、救われたんだ」
嘘は言っていない。ごまかしている部分はあるが。孤児に好かれているのも、ユフィアの能力を信頼しているのも事実だし。ユフィアが俺の命綱なのも確かだ。
アスカは頷いている。ユフィアは笑顔を深めた。フィースは、こちらを見たまま。そしてユフィアは、アスカの方を向いた。
「ローレンツさんのことを、助けてあげてください。アスカさんの力で、ね? どれくらいの敵からなら、ローレンツさんを守れますか?」
「雑兵が相手で、ローレンツ様だけを守るのなら、万でも構わない」
アスカはこともなげに言う。とんでもない事実ではあるが、ユフィアに大きな情報を与えていることも間違いない。どうにも、誘導がうまいな。
そんなユフィアは、次はフィースに視線を向けた。
「ローレンツさんは、フィースさんのことをよく褒めていましたよ。最高の踊り子だって。そんな信頼に、応えてくださいね」
「私は、認められているんですね……。ただのお世辞では、無かった……」
フィースの言葉からは、疑いも見受けられた。そして、ユフィアはニコニコと笑っている。きっと、俺とフィースの関係を正確に理解されただろう。
あくまで俺は、フィースの承認欲求の対象でしかない。少なくとも、今は。十分な信頼関係を築けているとは、とても言えない。それをユフィアに確信されたのは、どう出るか。
やはり、ユフィアは恐ろしいな。自分が求める情報を手に入れるために何を言えば良いのか、しっかりと理解している。真っ当に知恵比べをしても、俺はユフィアには勝てない。それを思い知らされている。思わず、歯を食いしばってしまったところだ。それだって、ユフィアに情報を与えているのにな。
「アスカは間違いなく最強の騎士で、フィースは世界一の踊り子だ。それは間違いない」
「ふふっ、ローレンツさんらしい言葉ですね。人の良いところを褒めるのは、お上手です。女を泣かせたことも、あるんじゃないですか?」
冗談めかして言うが、フィースに牽制しているのも事実なのだろう。可愛らしい笑顔を浮かべているのに、内心は可愛くない。
フィースはこちらの手を握って、じっと俺の目を見てきた。
「ローレンツ様……。必ず、私はあなたを振り向かせてみせます……。あなたを、魅了してみせますから……」
そう言って、じっと俺を見つめたまま、ほんの少しだけ笑う。フィースの姿からは、恐ろしく強い決意のようなものが見えた気がした。アスカは首を傾げていて、ユフィアは相変わらず笑顔のままだ。
「ふふっ、人気者ですね。そんなあなたが、もっと人気になるかもしれませんよ?」
そう言って、ユフィアはこちらの耳元に唇を寄せてくる。そして、ささやくような声で語りかけてきた。
「私も、あなたに紹介したい人が居るんです。もちろん、会ってくれますよね?」
フィースの強い視線を感じる。きっと、ユフィアが内緒話をしている姿に、嫉妬のような何かを感じているのだろう。それに注意しながらも、俺はユフィアの紹介しようとしている人について考えていた。
おそらくは、俺の未来に大きく影響する相手だ。だから、慎重に行動しないとな。フィースに笑顔を向けながら、未来に思いを馳せていた。