ひとまず、アスカとフィースをユフィアに紹介することはできた。それ以上のことは、今後の話になるだろう。いくらユフィアだからといって、アスカやフィースに関わる問題をすぐに解決はできないだろうからな。
ということで、ユフィアの紹介したい相手と会うことにする。拒否してしまえば、間違いなくユフィアの心象は下がるだろうからな。そんな事をできる状況ではないし、する理由もない。
待ち合わせは、俺の部屋だ。ユフィアが連れてくることになっている。ソワソワを隠せないまま待機していると、ノックが響く。それに返事をすると、扉が開いた。出てきたのは、ユフィアと見覚えのある顔。よく見ると、孤児院で出会ったマルティナだ。
確か、俺によく懐いてくれている子だった。結婚したいとまで言われた記憶がある。そして今は、メイド服を着ている。まあ、状況は理解したと言っていいな。さあ、まずは挨拶するか。
「マルティナ。今後は、お前も俺の身の回りの世話をしてくれるんだな。よろしく頼む」
「ローレンツ様のために、めいっぱい頑張りますねっ。ユフィア様のためにもっ」
そう言って、マルティナは両の拳を胸の前で握る。気合いが入っている感じで、少しだけほんわかする。
ただ、状況はそう単純ではないな。どう考えても、ユフィアには複数の狙いが見える。
まず、マルティナは俺の監視でもあるのだろう。ユフィアが見ていないところで、俺が何をしているか。それを伝えるための役割を担っているはずだ。
そして同時に、俺の周りに手のかかった存在を送り込むことで、権力の誇示や拡大を行っているのだろう。王子はユフィアの手の中にある。そう、無言で示している。
後は、孤児院の子でも王子のメイドになれるとなれば、孤児院の価値も上がるし、孤児たちのやる気や感謝にも繋がるだろう。同時に、ユフィア派閥の拡大にもつながる。
俺が分かるだけでも、これだけの狙いを秘めていて、すでにいくつかは成功している。たったの一手でだ。俺なんて、アスカとフィースの件だけでも、うまくいかないことばかりなのに。
あまりにも格が違うと、強く思い知らされるな。ユフィアを敵に回してしまえば、俺は間違いなく破滅する。そう確信できて、恐ろしくもある。震えを隠してしまうくらいには。
ただ、今はユフィアは味方だ。その幸運に感謝しておこう。最高の手本が目の前にあると思えば、悪くないはずだ。まずは、マルティナとも仲良くしていかないとな。そのために、まっすぐにマルティナと目を合わせる。
「ユフィアには、俺も助けられているんだ。お互い、恩返しがしたいところだな」
マルティナはニコニコしている。とりあえずは、共感できそうな話題を振る。少しでも好意を稼ぐために。同時に、ユフィアの好感度も高めたい。一手に複数の狙いを込めるとは、こういうことなんだろ。なあ、ユフィア。
ユフィアは相変わらず微笑んでいて、意図が読めない。ということで、俺も笑顔を心がける。簡単に感情を読ませないのも、相手を落ち着かせるのも、どちらも大事なことのはずだ。
マルティナはしっかりと頷いて、こちらの手を握ってきた。とりあえずは、好感触なはずだ。
「ユフィア様だけではなくて、ローレンツ様だって大事ですよっ。夜伽でもなんでも、任せてくださいっ」
そう言いながらも、マルティナの手は震えている。きっと、夜伽も自分の役目だと考えているのだろう。だが、違うよな。俺は周囲を味方につけたいんだ。だったら、マルティナを傷つけるような真似は避けるべきだ。
ユフィアに視線を向けると、楽しそうな顔をしている。俺がどう答えるのか、見ているのだろうな。もちろん、答えは決まっている。
「マルティナ。無理はしなくて良い。伽をした証が必要なら、用意する。だから、安心してくれ」
「でも、ローレンツ様……」
「ユフィア、構わないよな? 俺が抱かないことで、マルティナが困ることはあるか?」
「手を付けられなかった、可哀想なメイド。そう思われるかもしれませんね。でも、良いですよ。血も精液も、代わりを用意しておきましょう」
マルティナは、軽く息をついている。おそらく、怖かったのだろうな。まあ、王族のメイドなんだから、夜伽みたいな役割を求められていると考えてもおかしくはない。
実際、父はかなり遊んでいた様子だからな。だから、評判が悪かったのだが。俺は違うと、できるだけ示していきたい。
とはいえ、難しいところだ。マルティナ本人の好感度は稼げても、血と精液の代わりがあるのなら、俺の評判が下がる気がするんだよな。だが、身近な人の信頼だって大事だ。どちらを優先するのが、正しい姿勢なのだろうか。
いや、ここはマルティナを守る。いずれ真実が明らかになる未来があるかもしれない。それに賭けてみよう。
マルティナは、俺の目をまっすぐに見ながら頭を深く下げてきた。
「ありがとうございますっ。やっぱり、ローレンツ様は優しいですねっ」
「お前が苦しまない方が、俺も嬉しいからな。ただ、メイドとして必要な力仕事なんかは、多少苦しくてもやってもらうが」
マルティナとしっかり目を合わせて、そう告げる。いくらなんでも、際限なく甘やかしてしまえば、俺もマルティナも周囲から信頼されない。
メイドとして雇われた以上、ちゃんと職責は果たしてもらう。俺の身の回りの世話は、しっかりこなしてもらう。それが、俺にとってもマルティナにとっても必要なことだ。
マルティナは、俺の目をしっかり見ながら頷いた。俺の意図を理解してくれていると、信じたいところだ。
「もちろんですっ。ローレンツ様のために、頑張るんですからっ」
「ローレンツさんも、飴と鞭の加減が分かってきたようですね。偉いですよ」
そう言いながら、ユフィアは頭を撫でてくる。マルティナは目を真ん丸にしているので、気恥ずかしい部分もある。ただ、ユフィアに認められているという事実は、とても嬉しい。先ほど格の違いを思い知らされたからこそ、評価の価値が分かるというものだ。
ただ、甘めに採点されている部分もあるだろう。だから、俺は本気でユフィアに評価される。まずは、そこを目標としたいところだな。
きっと、アスカとフィースの問題をうまく解決するだけでは足りないのだろう。だが、だからこそ燃えてくるというものだ。なんとしても、やりとげないとな。俺が生き延びるためにも。
「マルティナ。困ったことがあったら、言ってくれよ。できる範囲で、手を貸すから」
「ありがとうございますっ。ローレンツ様にご迷惑をおかけしないように、頑張りますっ」
「いや、迷惑はかけてくれて良い。俺だって、お前に迷惑をかけると思う。それが、仲間というものだ。無論、限度はあるが」
マルティナは、ボーッとこちらを見ているようだった。口を半開きにして、慌てて手で口元を抑える。やはり、慣れていない部分はあるのだろう。そこを支えつつ、いずれは俺の力になってもらいたいものだ。
ユフィアの手がかかっていたとしても、完全に敵と決まったわけじゃない。むしろ、ユフィアよりも魅力的だと思わせるくらいの気概が必要だろう。本当の意味での俺の味方なんて、今の王宮には居ないのだろうから。かろうじて、アスカに希望が見えるくらいだ。
だからこそ、マルティナだって味方にしてみせる。そう決意してマルティナを見る。ほんのわずかに、強い目をしたマルティナの姿が見えたような気がした。