メイドとなったマルティナは、甲斐甲斐しく俺の世話をしてくれている。着替えから食事、掃除や予定の管理まで。もはや、秘書と家政婦を兼任しているのではないかと思えるほどだ。
その中で気になるのは、やけに予定の管理がうまいところだな。所作が優れていることと言い、何かがあるのだろう。無論、今の段階で問いかける気はないが。そこまでの信頼関係は築けていないだろう。
とはいえ、マルティナが優秀であることは事実だ。ついさっき俺を起こしてくれたが、すぐに予定を話し始める。
「今日は、ミリア様に会いに行かないといけませんっ。闘技大会を手伝ってもらったお礼の話ですねっ」
マルティナは何も見ずに言っている。まあ、前の話では肩もみだけで十分という話だったのだが。だからといって、礼儀を忘れるわけにはいかない。むしろ、タダ同然で手伝ってもらっているのだから、余計に大事だろう。
しかし、なぜ知っているのだろうか。俺は教えた記憶がないんだがな。ユフィアにでも聞いたのだろうか。能力は間違いないが、警戒も必要だろうな。
とはいえ、排除するのは論外だ。ユフィアとの関係を考えれば、受け入れるしかない。うまい付き合いを、考えていかなければな。おそらくは、ユフィアのいない時間に俺が何をしているかの監視でもあるのだろうから。
「ありがとう、マルティナ。俺ひとりで会いに行くんだよな?」
「私が隣に立つ許可はもらっていますよっ。ユフィア様に、話を通してもらいましたっ」
笑顔でそう告げている。やはり、ユフィアの手駒だという確信は強くなる。どう考えても、俺を制御するための人材なのだろう。だが、付き合い続けるしかない以上、どうにかマルティナの情を深めたいところだ。
俺を裏切ることに罪悪感を覚えるようになれば、勝ちだと言って良いだろう。まあ、口で言うほど簡単ではないだろうが。ただ、他に道はない。素直に、仲良くなるべきだろうな。
「じゃあ、頼む。マルティナが隣にいてくれると、心強いよ。頼りになるからな」
「ありがとうございますっ。ローレンツ様のために、がんばりますよっ」
力こぶを作るような動きをしながら、こちらに微笑んでくる。かなり好意的に見えるのだが、だからこそ怖い。おそらくは、演技なのだろうから。恐るべき役者なのだろうな。
そのままマルティナに朝ご飯も着替えも手伝ってもらって、ミリアに会いに行く。いつも通りの部屋に向かうと、相変わらずミリアは豪華な椅子に座っていた。そして、こちらを見て不敵に笑う。
「メイドを連れてくると聞いていたが、なるほどな。くくっ、面白いではないか」
ミリアはマルティナを見ながら、そんな事を言っている。言葉から察するに、恐らくはマルティナのことを知っているのだろう。
マルティナの方を見ると、俺の手を握りながら震えていた。顔もこわばらせている様子だ。笑みを浮かべて言葉を続けようとするミリアを見て、俺は手を前に出して静止した。
「やめてくれ。マルティナは、俺のメイドとして真剣に頑張ってくれているんだ。それでいい」
「ローレンツ様……」
マルティナはこちらをうるんだ目で見ている。その姿は、本気で感動しているように見えた。どんな秘密を隠しているのかは知らないが、俺の選択は間違っていないはずだ。
実際、ミリアは鼻を鳴らすだけで、そこまで不機嫌には見えない。だから、ミリアよりマルティナを優先したとは思われていないはずだ。それで、マルティナを大事にしていることを印象付けられた。そのはずだ。
俺の狙いとしては、予定通りだな。ミリアが不機嫌になったとしても、何らかの対価を払う予定はあったのだが。それこそ、本当に靴を舐めるくらいのことはするつもりだった。
ミリアだって、俺が実質的に何の権力も持っていないことは知っているだろう。だからこそ、態度だけで俺の誠意だと認識してくれるはずだ。
とりあえず、話を変えよう。本題に入るのが、一番大事だろうからな。
「ミリア。あらためて、お礼を言いたくてな。闘技大会を手伝ってくれて、ありがとう。おかげで、アスカという才能を見いだせたんだ」
「くくっ、確かにな。あれは圧倒的な才能だ。妾とて、軽視はできん。その程度には、凄まじい力を持っている」
アスカの力なら、その気になれば王宮を崩壊させられてもおかしくはない。そんな相手を近衛騎士にできたことは、大金星と言っていいレベルの成果だろう。
だからこそ、多少ミリアにふっかけられたとしても、問題なく応じるつもりだった。その程度なら、アスカの対価としては安いからな。
ミリアはこちらを見て薄く笑っている。相変わらず、傲慢さが形になったようだ。だが、その印象ほど悪い取引相手ではない。今のところは、かなり信用できる相手だと思えていた。
「俺にできることがあれば、言ってくれ。なんでもとは言えないが、できる限り叶えよう」
「そうだな。なら、妾を着替えさせてもらおうか。これから予定があるのでな。衣装を変えねばならん」
「雑務なら、私がやりますよっ」
「いや、殿下がやるからこそ意味があるのだ。殿下が礼の心を形にするのだから。誰かの手を借りては、無意味であろう?」
マルティナの方を見ると、両手を胸の前で握りながら、こちらを上目づかいで見ていた。心配そうな顔という感じだな。おそらくは、無理難題だと思っているんじゃないかという気がする。
さて、ミリアの提案は実質的にはタダ同然だが。ただ、マルティナの前で踏み越えたくない一線はあるな。とりあえず、そこを確認しておこう。
「念の為に聞くが、下着までは着替えさせなくて良いんだよな」
「なんだ、変えたいのか? どうしてもというのなら、構わんぞ。お主次第だ」
挑発的な笑みを浮かべながら、ミリアは言う。俺としては、ただ断るのは避けたい。下着を変えたいという意味ではなく、ミリアを立てておきたいという意味で。同時に、マルティナにも配慮しておきたい。よし、決めた。
「いや、ミリアの結婚相手に悪いからな。そんな関係でもないし、遠慮しておくよ」
「くくっ、そう来たか。まあよい。服はそこにある。取ってきて、私に着せろ。無論、脱がせるのもお主がやるのだぞ」
そう言われて、どういう順番で実行するかを考える。先に脱がせてから衣装を用意すれば、寒い思いをさせるだろう。だが、先に衣装を取ってこれば、置き場所に困る。マルティナの方を見ると、頷かれる。ということで、折衷案を取ることにした。
「マルティナ、脱がせる間、服を持っていてくれないか? 脱がせた服も、片付けてくれると助かる」
「分かりましたっ。ローレンツ様のために、がんばりますねっ」
ということで、服を持ってきてマルティナに渡し、ミリアの服を脱がせていく。紐をほどいたり、ミリアの手を持って袖を抜いたりしながら、まずは上半身を終わらせる。そして、下半身も脱がせていく。
ミリアの体温や柔らかさ、そして間近に肌を感じて、思わずツバを飲み込みそうになるが我慢する。そうして、次に服を着せていった。
かなり紐が多くて、あっちへ行ったりこっちへ行ったりしながら着せていく。そのたびに、ミリアの色気を感じていた。
ようやく着せ終えた頃には、精神的に疲れ切っていた。肉体的には、大した手間でもなかったのだが。ミリアは満足そうに頷いていたので、成果を出せたと思えるのが救いだな。
「よく尽くしてくれたな、殿下。さて、今日は満足できた。もう帰って良いぞ」
楽しげなミリアに許可を受けて、マルティナとともにドアを開ける。通り抜ける中でマルティナの横顔を見ると、ミリアを強くにらんでいるような気がした。
ただ、こちらを向いたマルティナは明るい笑顔を浮かべている。気のせいなのかと思いつつ、どこか違和感を隠せなかった。