闘技大会の開催から始まった一連の流れは、そろそろ一区切りついたと言える。アスカは俺の傍で護衛をしているのが当たり前になってきたし、フィースは兵士たちに踊りを見せているが好評だ。そしてマルティナは、メイドとして俺を支えてくれている。
まだ問題はあるにしろ、とりあえず落ち着くところに落ち着いたんじゃないかと思う。そんな中、王宮で新しい動きがあるようだ。
民衆が異民族対策を声高に叫んでいる。その声を抑えきれずに、王宮でも対応が必要だという話になった。
そこでミリアは、スタン・ストラーダという男を
今は、迎え入れたスタンが、王宮の主要な人物の前で挨拶をしているところだ。スタンはヒゲを蓄えた偉丈夫で、目には鋭い光を感じる。敵である可能性は高いとはいえ、一角の人物だと感じさせる。
そんなスタンは、平伏しながら低い重厚な声を発していた。
「よくぞ、私を呼び寄せてくださいました。エルフ共を殺すことにかけては、私以上の人間は存在しないでしょう」
構図としては、俺やミリア、ユフィアのような重要人物がスタンの前で席に座っているところだな。ユフィアは楽しそうに微笑んでいて、ミリアは
まずはミリアが、スタンに対応していく。
「異民族に対する脅威は、民も不安を感じているところだ。お主がエルフを討ち果たす力になること、期待しているぞ」
スタンはじっと俺達を見ながら、鋭い目をこちらに向けていた。特にユフィアを見ているように感じる。さて、どう出てくるのだろうな。俺としては、警戒せざるを得ないが。相手は原作で王宮の人間を大勢殺した存在なのだから。どうして俺が無事だと言い切れるのだろうか。
「もちろんでございます。殿下の恩為にも、あらゆる手段を用いて、エルフ共を討ち果たしてみせましょう」
あらゆる手段というものに、反乱や虐殺すらも含まれている。スタンはそんな危険人物だ。だからこそ、素直に言うことを聞くのは難しい。
とはいえ、エルフや獣人の脅威も無視はできない。デルフィ王国から食料を奪うだけでも脅威なのだが、いずれはデルフィ王国そのものを支配することを目指している描写もあった。だから、戦いは避けられないだろう。
そのためにも、戦力を減らしすぎるわけにはいかない。そして、スタンの存在も大事になってくる。エルフを抑える最前線で戦っているということは、スタンが死ねばエルフが勢いづくということなのだから。
まあ、まずは対話からだな。そうしないと、何も始まらない。スタンを味方にできるのならば最善ではあるのだが。期待薄だろうとも思える。ただ、とにかく反乱を起こさせるわけにはいかない。そうなれば、連鎖的に問題が発生するのだから。
俺はスタンと目を合わせながら、堂々とした態度を意識して言葉を紡ぐ。
「エルフの脅威は、俺も感じているところだ。ただ手をこまねいているだけでは、デルフィ王国は終わるだろうな」
「その通りでございます! たかが異民族などと語るのは、愚か者だけ! エルフ共は、討ち滅ぼすべき脅威なのです!」
強い熱を感じさせる目と声で、そう告げられる。エルフが危険だというのは間違いない。エルフの魔法は特別だからな。俺達とは違って、風や火、水といった属性に即した魔法を使うのが基本だ。エルフの中には、精霊術と呼ぶものも居るな。
実際、強いエルフは竜巻やら大火事やらを起こせるので、単体でもかなりの脅威になる。まあ、アスカのような存在が生まれる獣人だって同じなのだが。
ただ、本当に厄介な理由は別にある。一部のエルフは、俺達人間と同じ魔法と精霊術を同時に使う。本当に稀だとはいえ、圧倒的な脅威なんだ。
スタンはエルフとの戦いの最前線に居る。だから、間違いなく特別なエルフとの戦いも経験しているはずだ。スタンの気持ちは分かるとしか言えない。
だが、エルフを滅ぼすことなど不可能だ。現実的に、戦力が足りない。前世で言うのなら、黒人白人黄色人種のどれかを戦争で滅ぼせるのかという話だ。
つまり、エルフと俺達の間にはどこかで妥協が必要になる。それをスタンが受け入れるかどうかが勝負だな。まあ、まずは信頼を稼いでからだ。いきなりスタンの意見を否定しても、敵になって終わりだろう。
「ふふっ、スタンさんは何度も敗北を繰り返したようですからね。それは脅威に思うのも当然でしょう」
ユフィアの言葉に、俺は思わず目を見開いた。ユフィアほどの存在が、まさかエルフの脅威を理解できていないのか? 実際、スタンはユフィアを睨んでいる。俺は慌てながら、ユフィアの言葉に返す。
「いや、エルフに負けて生き延びている時点で、並大抵の才じゃない。ハッキリ言うが、クロードなんか比較にならないほどの危険性がエルフにはあるんだ」
「なるほど、ローレンツさんは詳しいですね。王宮にいながら知っているだなんて、とても感心します。そういうことなら、スタンさんを尊重しないといけませんね。ねえ、ミリアさん」
ユフィアはスタンに視線を向けながら笑う。間違いなく、俺を試していたのだろう。スタンを軽んじるかどうかを、あるいはエルフについてどこまで知っているかを測っていた。
同時に、スタンを挑発して対応を確かめている部分もあるのだろう。ここで暴発するようなら、とても信頼などできないのだから。
とにかく、ユフィアは平気で俺に無茶振りをしてくる。おそらくは、期待に応えられなかった時点で見捨てられるのだろうな。そんな想像が容易にできて、震えが走りそうになる。
ミリアは不敵な笑みを浮かべながら、スタンを見て告げる。
「デルフィ王国の発展のために、お主の力を尽くしてもらおうか。無論、妾達に従って、な」
その言葉に、スタンはもう一度平伏した。そして、鋭い眼光はそのままにこちらに語りかけてくる。
「殿下には感服いたしました。デルフィ王国の未来のため、正しい選択を期待しております」
そう言い残す姿は、俺だけを見ているように見えた。どういう視線なのだろうか。ユフィアやミリアを無視しているのか、俺にだけ期待しているのか、あるいは俺を測っているのか。
いずれにせよ、返答に俺達の未来がかかっている。スタンの反乱を抑えて、エルフの脅威に対抗するために。言質を取られないように気を付けつつ、スタンの期待に応えられそうな言葉を選ぶ。
「エルフに対応するためには、お前の力は欠かせない。全力で、手を貸してくれ」
「もちろんでございます。ともにエルフを討ち果たそうではありませんか!」
「さて、下がって良いぞ、スタン。今後の動きは、追って通達する」
ミリアの言葉を最後に、スタンは去っていく。最後に振り向いた時、ユフィアを激しく睨んでいるように見えた。まるで、憎悪すら感じるほどに。
そんな視線を受けても、ユフィアは笑顔のままだった。