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第44話 大きな一手

 エルフの脅威を唱える男、スタン。間違いなく、デルフィ王国にとっては重要な存在だ。良い意味でも、悪い意味でも。


 スタンは原作で、エルフを討ち滅ぼすためには今のデルフィ王国ではダメだと判断して反乱を起こす。だから、今のところはうまく進んでいるんじゃないだろうか。少なくとも俺はエルフの脅威を認識しているのだと思われただろうし。


 とはいえ、何も油断はできない。スタンそのものに対しても、エルフに対しても。下手を打てば、あっけなくデルフィ王国の、ひいては俺の命運は尽きるだろう。まずは、スタンを懐柔したいところだ。


 ただ、独断でスタンを援助することもできない。俺の立場は不安定なままなのだから。ユフィアやミリア、スコラなんかの不信を買えば俺は終わる。だから、バランス感覚が重要なんだ。


 そんな事を考えていると、ユフィアが会いに来た。いつも通りの会合の時間だな。そう思っていたら、扉が開いてから現れた相手に、俺は目を見開く。


 スタンが、ユフィアに連れられていた。ふたりが険悪な雰囲気を出していたのは、気のせいだったのだろうか。とにかく、情報を整理するためにユフィアに問いかける。


「ユフィア、どういう話だ? スタンを連れてきたあたり、俺に何か要件があるのだろうが」

「ふふっ、まずは聞いてみると良いですよ」

「その前に、殿下の隣にいる方は……? 獣人では……?」


 近衛となったアスカは、俺の護衛として大抵の状況で一緒にいる。ただ、今はまずかったかもしれない。スタンは異民族を敵視している。その状況で獣人の近衛騎士の存在を明かすのは、良くない方向に出るんじゃないだろうか。


 だが、もう遅い。嘘をついたところで、間違いなくバレる。だから、正直に話すしかない。俺は苦渋の顔を隠すために必死だった。


「この子はアスカ。俺の近衛騎士を勤めている。圧倒的な力を持っているから、大抵の存在は勝てないだろうな」

「なるほど、毒をもって毒を制すというわけですな。殿下のお心には、感服いたしました」


 スタンは頭を下げる。表情は見えないが、とりあえず納得しているように聞こえる。とはいえ、アスカが毒として扱われた事実は良くない。そう考えて、アスカに目を合わせる。いつも通りの無表情のまま、俺に頷いた。


 おそらくは、アスカは納得してくれている。少しは信頼関係が築けているようで、ありがたい。


「アスカ。ローレンツ様の護衛。ローレンツ様の敵は、私の敵」

「なるほど。獣人すらも支配するとは、流石は殿下でございます。優れた采配でありますな」

「ローレンツさんは、不満の声を押してまでアスカさんを近衛にしましたから。とても先見の明があると思いませんか?」


 スタンに向けて微笑みながら、ユフィアは語る。意図が読めない。スタンを挑発しているのか、あるいは俺を持ち上げているのか。それとも、別の何かがあるのか。ただ、いつも通りの笑顔があるだけだ。


 やはり、俺には政治的な駆け引きなど荷が重いのだろうな。何度でも思い知らされる。だが、諦めたら終わりだ。苦手だとしてもやらなければ、俺に未来はないのだから。


 ユフィアの様子にも気を配りつつ、俺はスタンに対して話しかける。


「エルフの脅威は本物だろう。だからこそ、ただまっすぐ戦うだけでは足りないはずだ。アスカのような存在こそが、切り札になる。俺はそう信じている」

「ただまっすぐ戦うだけでは足りない。まこと、その通りでございますな。だからこそ、私は……」


 少しうつむきながら、スタンは語る。相手が相手だから、とても恐ろしい発言だ。反乱という手段を使ってでも、エルフを討ち滅ぼそうとする存在なのだから。手段を選ぶなどという考えは、スタンには無いはずだ。


 だからこそ、一切気を抜くことはできない。最悪の場合、ここで俺とユフィアを切り捨てるという可能性すら想定できる。いや、帯剣はしていないか。なら、まだ大丈夫だと思いたいが。


 とはいえ、スタンは武人で俺もユフィアも文官だ。危険な状況であることに変わりはない。アスカが居るから、そう簡単には殺されないだろうが。それでも、スタンが死ねばエルフの抑えが効かなくなるだろう。避けたい未来であることは間違いない。


 よし、少しでもスタンと打ち解けよう。そのためにも、なるべく内心を引き出さないとな。


「エルフの脅威は、知識としては知っているが実感がない。お前から見て、どうだ?」

「恐るべき存在であります。私とて、どれほど苦渋を飲まされたことか。人間と戦うこととは、わけが違うのです」


 歯を食いしばりながら、スタンはこぼす。実際のところ、上澄みにも限界がある。少なくとも原作では、アスカと真正面から戦って勝てる存在などエルフにも居なかった。


 とはいえ、アスカが特別なだけだからな。エルフの兵と人間の兵では、エルフの方が質がいいのは事実だ。ただ、人間の魔法は才能次第でどこまでも伸びる。無論、エルフが両立した場合も同じなのだが。


 総じて、個人の才能に影響される部分では人間もエルフもそう大きな差はない。精霊術と魔法を共存させようと、圧倒的な魔法には負けるからな。


 結局のところ、エルフの脅威は個人そのものではない。質の高い兵を量産できることが最大の長所なんだ。汎用性の高い精霊術の存在こそが、エルフの強み。上澄み同士なら、アスカが勝つ。


 とはいえ、だから安心できるものではない。質の高い兵がどれだけ厄介かなんて、現実の歴史を見れば分かる。兵科が一新されただけで、これまでの最強があっけなく破れるなんて珍しくないのだから。


 結論としては、エルフが危険だということに反論はない。ただ、スタンが反乱を起こすのは本末転倒だということは言い切れる。だから、どうにか説得したいところだ。


「分かった。俺としても、エルフには対抗したいところだ。そのために動くつもりだ。いいよな、ユフィア」

「もちろんです。ローレンツさんの意図は、よく分かりますからね」


 すぐに頷かれる。スタンを挑発しているように見えたのに、スタンの望みを叶える方向に動くことに反対しない。本当に、意図が読めない。可能性としては、俺の反応を見てエルフの危険度を測っているとか?


 だが、俺がエルフに詳しいだなんて確信できるはずもない。やはり空想だろう。そうなると、ユフィアの意図を探るのは手詰まりだな。


 ということで、ひとまずスタンに集中することを決めて、表情に集中していく。すると、目に強い光が灯ったかのように感じた。そのまま、スタンは勢いよく話し出す。


「でしたら殿下、私に兵権を! 必ずや、エルフ共を討ち滅ぼしてみせます!」


 そんな事をこの場で確約などできはしない。ユフィアだけでなく、ミリアやスコラ、そして宮中伯を含めた大勢の許可が必要になる。だから、言質を与えないように意識しつつ、それらしいことを言うしかない。


「前向きに考えておくよ。エルフの脅威に対抗したいのは、俺も同じなんだから」

「それでは遅いのです! 殿下、どうかご決断を!」


 スタンは頭を地面にこすりつけて頼んでくる。俺としても、本音としては受けた方が都合が良いんじゃないかと思う。少なくとも、エルフの戦力を大きく減らすまでは。その後は、暴走を防ぐためにも閑職に飛ばしたいが。


 ただ、俺に権限などない。だから、どうにか引き伸ばすしかない。そう考えて、スタンの肩に手を置いて説得に移る。


「どうか、耐えてくれ。俺だって、焦りはある。だが、お前だってエルフを倒した後に周囲が全て敵に回るのは避けたいだろう」


 これは脅しではない。恐らく、スタンに兵権が与えられたら現実になることだ。だから、どうにか通じてくれ。そう祈っていた。スタンはこちらとじっと目を合わせてくる。


「分かりました。でしたら、そのように備えましょう。では、また」


 そう言って、スタンは去っていく。俺は、これからどうやって説得をするか考えていた。


 だが、次の日。いつも通りにユフィアと会議をしていると、兵が乗り込んできた。同時に、悲鳴が聞こえだす。つまり、反乱が起こってしまったのだ。

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