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第45話 逃げる道筋

 俺が私室でユフィアと話をしている時に、突然扉が開いた。そして、扉から武装した男たちが現れる。


「殿下、おとなしくしていただきましょう。そうすれば、痛い思いはしませんよ」


 ガラの悪い声で、剣を向けられる。即座にアスカが動いて、男の首をはねた。そのまま、次々と目の前の敵達を討ち取っていく。


 状況が理解できない。いや、王族の私室が襲われたということは、警備体制がマズいことになっている。しかも、周囲で大きな物音や悲鳴が聞こえ始めた。つまり、大掛かりに武装した集団が動いているということになる。


 ほぼ間違いなく、スタンの反乱だろう。おそらくは、俺の態度に不満を抱えて、我慢しきれなかったのだろう。最悪の状況になってしまった。


 まずはユフィアとアスカに、逃げ出すことを提案するか。


「ユフィア、逃げるべきだと思うか?」

「そうですね。動くのなら、すぐに動きましょう」


 肯定された。表情が陰っているように見える。ということは、予想外の事態なのだろうか。いや、それよりも優先して考えるべきことがある。


 とりあえず、誰を助けられそうか検討しないと。フィースは今日は巡業だ。王宮にはいない。だから、恐らくは無事だろう。そうでなくても、どうしようもない。割り切るべきだな。


 続いてマルティナだが、メイドとしての仕事で俺から離れている。どこに行っているのかは分からない。探し出す余裕はないから、見つけたら助けるという方針にするしかない。せめて場所が分かれば、助けに向かう選択肢もあったのだが。


 ミリアとスコラには、それぞれの護衛がいるはずだ。おそらくは、宮中伯も。とはいえ、戦闘をしているだろうから、邪魔にならないように引っ込んでおく方が良いだろう。アスカなら手助けできるかもしれないが、連携はできない。どちらが良いかは、難しいところだ。


 というか、そもそも助けてほしいのはこちらかもしれない。とにかく、逃げ道があるかを考えないと。


「ユフィア、逃走経路は用意していたりするか?」

「一応、あります。ただ、ここからだと戦闘は避けられないでしょうね」

「アスカ、いけるか?」

「問題ない。望んだ戦場がやってきただけ。敵を打ち破るだけ」

「なら、動こう。ここで待っていても、恐らくは詰むだけだ」

「同感ですね。行動の遅れは致命的な事態を招くでしょう。アスカさん、先導していただけますか? こちらが行き先を指示します」


 そのまま俺達は部屋から出る。断末魔らしき声が聞こえたりもして、とにかく現状が良くないことを知らせてくる。部屋の外にも敵兵がいて、即座にアスカが討ち取る。俺には見ることすらできない速度でハルバードを薙いでおり、少しだけ安心できた。


 おそらく、アスカが負けることはないだろう。だからこそ、どうにか逃げ道を確保できれば勝ちだろうな。ユフィアの言う逃走経路が、無事に使えればいいが。


「ユフィア、どこに向かえば良い。逃走経路は、どんな場所だ?」

「玉座の間に向かってください。そこから脱出します」

「分かった。ローレンツ様、着いてきて」


 ユフィアは落ち着いた様子のまま、俺達に指示を出す。その冷静さに、間違いなく救われているな。俺ひとりなら、もっと混乱していただろう。そもそも、何もできずに死んでいたかもしれない。いや、最初の敵の態度からするに、捕らえられていたか?


 いずれにせよ、もう迷っている時間はない。間違っていたとしても、行動しなければ確実に破滅するんだ。だったら、せめて突き進むだけだよな。


 俺の私室から玉座の間までは、しばらく距離がある。少なくとも、廊下を5つ6つは経由しなければならない。直進できるとも限らない。とにかく、目的地までに敵兵に遭遇するだろう。


 本当に、アスカが命綱だな。俺が生き延びるためには、どうアスカを運用するかが重要だ。とはいえ、素人の指示で戦術が乱れたら元も子もない。俺にできることは、どう逃げるかを考えることだけだな。


 まずは、玉座の間に向かおう。そこでダメなら、次の手段だ。といっても、別の道から逃げるしかないだろうな。


 敵兵に何度も見つかり、そのたびにアスカが切り裂く。ただ、一振りで全員を殺しきれない瞬間があった。


「殿下が逃げ出したぞー!」


 そう叫ぶ敵を、アスカが切り捨てる。だが、足音が聞こえてきた。つまり、俺達の居場所は敵に知られた。


 前からだけでなく、後ろからも敵兵が迫ってくる。アスカは無傷のまま対応してくれるが、足の進みは明確に遅くなった。


 1時間経ったかもしれない。2時間経ったかもしれない。あるいは、ほんの数分をどこまでも長く感じていただけなのかもしれない。


 いずれにせよ、俺達は玉座の間にたどり着いた。すると、玉座が壊されており、その後ろに人が入れそうな穴があった。おそらくは、逃走経路だろう。


 だが、状況を考える限りはひそかに逃げ出すことはできない。少なくとも、逃走経路の存在は敵に知られている。どうするかを考えようとすると、逃走経路の先から悲鳴が聞こえた。


 つまり、逃走経路には敵兵が居るということだ。もはや、安全な脱出の道としては使えないだろうな。


「ユフィア、このまま突き進むか?」

「逃走経路は狭い道ですから、少数の私達には都合が良いでしょうね。ただ、アスカさんも動きづらくなるということです」


 ユフィアは正確に情報を整理してくれる。だが、ほんの少しだけ不安そうに見えた。服の裾を握っており、笑顔も崩れている。おそらくは、予想外の事態なのだろうな。


 進むべきか、別の道に逃げるべきか。そう考えて後ろを振り向くと、敵兵の集団が見える。同時に、違和感に気がついた。


 剣を装備しているものなど、20人に1人いるかどうかに見える。数が間違っていたとしても、異様に少ない。残りは、包丁やただの棒、あまつさえ素手の敵までいた。


 同時に、敵兵は鎧も着込んでいない。ただの普段着に武器を持っただけのように見える。おそらくは、何の事前準備もなく反乱がおこなわれたのだろう。


 そして気がつくと、逃走経路の方から敵がやってきた。そちらは、全員が武装している。察するに、精鋭部隊だ。


「アスカ、戻るぞ! このまま正面を突破して、玄関口から脱出する!」

「分かった。なら、みんな死んでもらう」

「なるほど、装備ですか。分かりました、ローレンツさんを信じます」


 俺達は来た道を逆戻りし、アスカは敵兵を討ち果たしていく。同時に、ユフィアの足がほんの少しずつ遅れ始めた。


 そして、アスカは俺達を守るために駆け回る。狂気的な笑みを浮かべながら、敵兵達を真っ二つにしていた。


 だが、明確にペースが遅くなっていき、アスカが駆け回る頻度が高くなっていった。逃走経路の方から来た追手に、何度も対処する羽目になっていたからだ。


 俺達は間違いなく追い詰められている。そう確信できて、逃げながらどうにかする戦術はないかと考えていく。そこで、俺はある考えにたどり着いてしまった。


 ユフィアを見捨ててしまえば、楽に逃げられるのではないか。そんな手段が思い浮かんで、頭の中から消えなくなっていた。


 俺はユフィアの顔を見る。そこには、目の前の死を恐れている女がいるように見えた。

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