スタン・ストラーダ。異民族の討伐に対して、強い執着を持つ男。その反乱から、私はローレンツさんに救われました。
そして今は、ローレンツさんと一緒に寝床を確保しているところです。王宮の部屋は、多くが壊れてしまいましたから。壁に穴が開くどころか、天井が落ちている場所まである有り様です。王宮で寝るのは、危険でしょう。だから、別の場所を探していたんです。
言ってしまえば、スタンの行動は予想外でしたね。私の遠くを見る魔法を使って、動きは監視していましたから。反乱を起こして勝てるだけの戦力は集められていない。そう確信していたんです。
まさか、勝ち目がないと分かっていて行動するとは思いませんでしたね。あるいは、勝算の判断すらできなかったのでしょうか。いえ、あり得ませんね。スタンは仮にも、異民族と戦い続けた男ですから。戦いに関しては、私より優れた見識があるはずです。
つまり、なんとしても殺したい相手がいたのでしょうね。そして、それは私なのでしょう。私の存在が、王宮のガンだと思ったのでしょうね。間違ってはいないのですが。だから、事前の準備を放棄してまで王宮を襲撃したということなのでしょう。
それにしても、驚きましたね。まさか、私の魔法に対策していたとは。あるいは、露骨すぎたでしょうか。私に敵対する相手が用意した段階で、多くを潰してきましたからね。
原理としては、私の魔法にたどり着いていなくても、対策として実行が可能な範囲です。つまり、ローレンツさんは白でしょう。
「そういえば、ローレンツさん。私と一緒に寝たくないですか?」
そんな事を聞いたら、ローレンツさんは目を白黒させていました。性的なほのめかしと受け取ったのでしょうか。頬に触れてみると、顔を赤らめています。つばを飲み込んでいました。可愛らしいものですよね。私の手のひらで踊る姿は。
別に、どう捉えてもらっても構わないんですけど。ローレンツさんを私に縛り付けられるのなら、抱かれることも手段に入りますよ。その程度には、ローレンツさんを気に入っていますから。
「それもこれも、寝床を確保してからだろう。部屋がないなら、一緒の部屋にするしかない」
ごまかしましたね。目をそらすローレンツさんの顔を楽しみながら、私はスタンについて考察を進めていました。今後の対応を考えるためにも、スタンがどういう思考回路で行動したかは分析しておきたいですからね。
間違いなく、私とローレンツさんの会合を狙っていましたよね。動きからして、間違いありません。敵兵の動きから考えて、誰が居るかは報告されていたでしょうから。
そのために、私達の逃げ場を塞いでいた。隠し通路に関しては、知っていたのか偶然なのかは怪しいです。仕掛けを知っていたのなら、解除してから私達が入ってくるのを待っていた方が効率が良かったはずですから。
隠し通路に入って安心した私達を殺す方が、どう考えても合理的です。だから、狙って隠し通路を潰したとは考えづらい。戦闘が起こった結果として、隠し通路の入口が壊れて見つかった。その可能性が高いでしょうね。
結果としては、ローレンツさんの判断は正解だったでしょう。隠し通路を使っていれば、スコラに助けられることはありませんでしたから。アスカさんの活躍次第では、勝てたとも思いますが。
私としては、ローレンツさんが私を見捨てることも想定していました。実際、私は足手まといでしたからね。負けたら死ぬのは、当然のことでした。だから、別に死んでも良かったんです。悪いのは、スタンの反乱を潰せなかった私なんですから。
とはいえ、ローレンツさんが私以外に奪われるという未来が思い浮かんで、それで未練が浮かんだのは事実です。せっかく私の手で染め上げた存在を横からかっさらわれる。そんなの、嫌じゃないですか。
結局は、ローレンツさんは私を助けるという判断をしたんですけど。つまり、私の存在はローレンツさんに強く刻み込まれている。命が助かったことよりも、むしろそちらが嬉しかったかもしれません。
だって、今の私の楽しみは、ローレンツさんというおもちゃで遊ぶことだったんですから。それを失うことは、死ぬことよりも嫌だったんです。だから、私を満足させてくれたローレンツさんには、ご褒美をあげても良いんですよね。
「ねえ、ローレンツさん。誰も手に入れられなかった、私という女。あなたなら、手に入れられますよ」
そんな事を、耳元でささやきます。腕に抱きつきながら。ローレンツさんはもじもじしています。こちらに目も向けられないみたいですね。本当に、楽しいです。ローレンツさんを振り回すのは。
ローレンツさんは、私の感触を楽しんでいるんでしょうね。体のいろんな所が触れていますから。私が簡単に手に入ると思われては困りますが、他の女で満足されてもつまらないです。
ですから、私をローレンツさんの初めてとして刻み込める瞬間を狙うんですよ。最大限に、じらしてからね。
「ユフィア、宿を探すんじゃないのか? そうしないと、寝る場所がなくなるぞ」
そんな事を言って、話をそらそうとしています。小さな抵抗ですよね。動きが乱れているのだって、分かっているんですよ。体に力が入っていますよね。緊張しているんですか?
でも、悪くないです。私の存在は、嫌でも意識することになるでしょう。そうして、私のことを考える時間が増えていくんですよ。
ローレンツさんの周りには、女が多いですから。ちゃんと対策しないといけません。アスカさんやリネンさん、マルティナだって、ローレンツさんを意識している様子ですからね。
誘惑という意味では、ミリアやスコラも居ますからね。ローレンツさんだって、スコラに助けられることを期待していたようですから。
それにしても、ローレンツさんの策は見事でした。アスカさんの力で建物を壊し、目立とうとする。最大限に状況を活用できていたと言っていいでしょう。運否天賦ではありましたが、後手に回った時点で運に頼らざるを得ないのが実情でしたからね。
リネンさんを助けた判断も、結果的には良かったです。もちろん、ローレンツさんの甘さと言うこともできるでしょうが。その甘さが私を助けたのですから、あまり悪く言っても仕方ないですよね。
最後にマルティナを助けたのも、狙っては居ないでしょうが、良い決断でした。マルティナなら、きっと自力で助かることもできたのでしょう。そうなってしまえば、ローレンツさんは苦境に置かれていたでしょうね。
私がマルティナをそばに置いた意味を、ローレンツさんが分かっているとは思いません。もちろん、表向きの意図くらいは推測できている様子でしたし、その程度はできなくては困ります。
ですが、きっとマルティナの本質にはたどり着いていないのでしょう。もし知っていたら、決断が鈍っていたでしょうからね。
本当に、楽しみです。マルティナが用意した計画が、どう進むのか。
「あそこの宿に、入りましょう。私も懇意にしているんですよ」
そう言って、連れ込み宿を指さしてみたりします。ローレンツさんは何度も私の指の先を見ていましたね。ですが実際、密談には悪くない場所なんですよ。客の事情をいちいち詮索していては、王宮のそばで連れ込み宿などやっていけませんから。
さて、ローレンツさんはどうするのでしょうね。私の誘惑に乗るのか、負けるのか、耐えるのか。あるいは別の道を探すのか。
そんな考えを楽しみながら、私はローレンツさんに微笑みかけました。