急ごしらえではあるが、王宮の補強が行われて、これから会議になる。一応、俺の知り合いは全員無事だったのは救いだな。まあ、相応に犠牲者は出ていたのだが。
ミリアは騎士を率いてスタン達の配下を討ち取っていったようだ。自らも剣を取ったことで、周囲の評価を高めているようだな。騎士たちは武官だから、勇敢さと強さを認めたのだろう。
宮中伯はそもそも当時王宮に居なかったようだ。バーバラは盗賊の討伐で、サレンは訓練で、ルイズは炊き出しで、それぞれ別の場所に向かっていたらしい。恐らくは、スタンは宮中伯が居ない状況を狙っていたのだろうな。それでも、スタンの策は打ち破られたのだが。
そしてフィースは巡業に出た先でファンに守られていたらしい。ユフィアと宿を探している時に、民から聞いた。やはり、フィースの魅力に目をつけた俺の判断は間違っていなかった。そう思えたな。
残りは俺と一緒に戦闘に参加していたから、これで全員だ。
結局、あれからユフィアと同じ宿に泊まることになったんだよな。俺と手をつなぎながら、同じ布団で眠っていた。隣で寝息を感じて、目が冴えて仕方なかった。なんとか眠れた頃には、かなり疲れ切っていたな。
まあ、信頼されているのだろうと思おう。ユフィアを助けたのは、事実なのだから。
これからの会議では、戦場に居た以外のメンバーとの久しぶりの顔合わせになる。様子を確認しておきたいところだ。
そう考えていると、サレンに声をかけられた。
「ありがとう、殿下。リネンを助けてもらったって聞いたよ。僕は必ず恩を返す。忘れないでほしいな」
とても穏やかな顔で、そう告げられる。まなじりが下がっていて、安心したんだなという顔だ。それでいて、強い意志を感じるほどに、まっすぐに目を合わせられている。そして、深く頭を下げられた。
これで、サレンの協力は得やすくなっただろう。毒を治す魔法は、とても有用だ。だから、ありがたい。
とりあえずは、もう少し好感度を稼いでおきたいところだ。まあ、簡単だな。感謝が目に見えるほどに身内が大事なら、何を言えば良いのかなんてすぐに分かる。
「リネンは良い子だったからな。助けられて良かったよ。また、気軽に会いに来てくれと伝えてくれ」
まあ、俺の本音でもあるのだが。その言葉を聞いて、サレンは軽く笑った。そして、俺の手を握ってきた。両手で強く握られていて、感情の強さが分かる。
「本当に、ありがとう。何度感謝しても足りないよ。できれば、リネンと仲良くしてやってほしい。もちろん、僕の力が必要ならいつでも言ってほしい」
そう言いながら、サレンは俺の手を離して、胸の前で拳を握って頷く。正式な儀礼ではないにしろ、騎士の誓いのように見えた。
「ああ、もちろんだ。リネンは俺の命の恩人でもあるからな。魔法で俺を助けてくれたんだ。だから、感謝しているのは俺も同じだ」
「そっか、リネンが……。だったら、相当殿下を気に入ったみたいだ。改めて、よろしくお願いするよ」
もう一度、サレンは深く頭を下げた。そして、会議の席へと戻っていく。
続いて、俺のもとにはバーバラがやってきた。不敵な笑顔で、俺に語りかけてくる。
「あなたの機転は聞いているわ。本当に、これまでの王族とは違うようね」
そう言いながら、軽く拍手してきた。とりあえず、感心されている様子だな。バーバラは能力で人を評価するのだから、機転と言われるだけでも成果だと言えるだろう。
スタンの襲撃は大きな傷跡を残していたが、それでも得たものはある。リネンとの出会いだってそうだし、サレンの感謝だってそうだ。そして、今はバーバラの評価も手に入れた。怪我の功名と言ったところだろうが、悪くない。
さて、どう対応したものだろうか。ここで自惚れを見せれば、バーバラは失望するだろうな。だが、機転の価値を示せれば、さらに評価を高められるかもしれない。
そうだな、どの対応を評価したのか、聞いてみるか。それなら、複数の策を練ったことを言外に提示できるのだから。
「バーバラは、どれを機転だと思ったんだ? お前は、どう評価した?」
「やはり、王宮を壊した判断かしら。ケチはつけられるけれど、野暮よね。後からなら、なんとでも言えるもの」
そのセリフだけで、バーバラの優秀さが分かるというものだ。その場で判断する際に得られなかった情報を、外野はいくらでも知っているのだから。
スコラがどこに居たか、スタンが何を狙っていたか。そしてバーバラ達が何をしていたか。当時の俺は何も知らなかったのだから。まあ、宮中伯の動きについては、情報を集めていても良かったかもしれないが。
とはいえ、他の全ては結果論でしかない。はっきり言ってしまえば、あらゆる手段が博打だった。隠し通路に入っていれば、案外楽に勝てたのかもしれない。宮殿を壊さずにまっすぐに逃げていれば、問題なく逃げ切れたのかもしれない。
ただ、その中でできる限り最善に近い選択肢を選んだという自負はある。これも結果論だが、俺の得た成果は最大限のものだったのだから。
「スコラが俺を癒やすまで生きていれば勝ち、間に合わなければ負け。単純な賭けだったものだ」
「まったく、あなたって人は。自分の命の価値を、分かっているのかしら」
呆れたように、バーバラは語る。だが、その言葉こそが、俺を高く評価しているという証だよな。なにせ、王族だけなら他にも居るし、そもそも王族というだけでは価値など無いと、バーバラは知っているのだから。
「恥をさらすようだが、完全には分かっていない。だが、俺の価値を高める努力は、今後も続けるつもりだ」
「ええ。あなたには、期待しているわ。このあたしを、驚かせてみせなさい」
そう言い残し、バーバラは振り返って去っていく。そして、自分の席へ着いた。バーバラの期待は、とても重い。裏切ったならば、俺はきっと死ぬだろうな。仮にバーバラが俺を殺さないとしてもだ。
俺の価値など、人に認められる以外の道で高められないのだから。それに失敗した時点で、終わりだ。分かりきっている。
バーバラをながめていると、後ろから肩に手を置かれた。振り向くと、ルイズが微笑んでいた。
「殿下、無事で良かったよ。私、心配していたんだ。殿下が死んじゃったら、どうしようって。きっと、平和が壊れちゃうって」
ルイズの言葉は、どこか不穏ではある。俺の生死に、平和以外の価値を見出していないとも受け取れるのだから。まあ、あり得るな。ルイズは平和のためなら暗殺でも虐殺でも、何でもする。そういう人だ。事実、以前の戦いでは毒殺を手段として組み込んでいた。
だから、舵取りを間違えれば、俺だって危険だろう。平和の敵だと判断されれば、殺されかねない。注視しておくべき対象のひとりだな。
さて、どう返したものか。もちろん、平和を望んでいると知らせるのが良いに決まっているのだが。そうだな。少し、価値観を計ってみるか。
「エルフを根絶することを望んでいたスタンが死んだ。それは、良い面も悪い面もあるだろう。ルイズは、どう思う?」
「うん、私も同じ気持ち。できれば、エルフとも仲良くしたいな」
笑顔でそう語っている。だが、平和の敵だと判断すれば、エルフも殺すのだろう。極まった理想主義者といった感じだ。
まあ、いずれはエルフと融和する必要があるだろう。どちらかが絶滅するまで戦い続けるなど、現実的ではないのだから。
とはいえ、今すぐに仲良くすることはできない。そのあたりをごまかしつつ、だな。
「俺はアスカと仲良くできた。だから、きっとエルフにも仲良くできる相手はいるはずだ」
「うん、そうだよね。私も、楽しみだな。きっと、みんなで繋がれるはずだから」
繋がれない相手は、みんなではないのだろうな。まったく、困ったやつだ。だが、分かる部分もある。放っておけば、人間はいつまでも争い続ける。そんな現実は、確かにあるからな。
とはいえ、ルイズには妥協を知ってもらいたいところだ。そうでなければ、いずれルイズは、自分の目標に殺されるだろうからな。そうなってほしくないものだ。
「まずは、俺達で繋がっていこう。そうすれば、少しずつでも輪を広げられるはずだ」
「やっぱり、殿下は優しいね。うん、私は、殿下を信じてみたい。よろしくね」
そう言って微笑み、ルイズは満足そうに去っていく。そしてルイズも、席についた。
周囲を見回すと、皆が席についている。俺も自分の席に向かうと、その段階でミリアが立ち上がった。
さて、会議の始まりだ。今後の王宮に影響する話になるだろう。気合いを入れないとな。