王宮の主要なメンバーが集まって、今から会議が始まるところだ。さて、どうしたものか。俺としては、建設的な話がしたいところではあるが。とはいえ、踏み込みすぎれば俺の立場が危なくなる。バランス感覚が難しいところだ。しっかりとやらないとな。腹に力を入れて、顔を引き締めた。
まずはミリアが、前に立って堂々と話し始める。
「我々の力によって、スタンの反乱は打ち破られた。その中でも、殿下を救ったスコラは評価せねばならんな」
「俺からも、礼を言わせてほしい。スコラ、ありがとう。お前のおかげで、俺は救われたんだ」
俺達の言葉を受けて、スコラはひざまずく。そして、相変わらずの穏やかさで言葉を紡いでいく。
「わたくしめは、殿下の忠実な配下ですもの。当然のことをしたにすぎませんわ」
内心はどうあれ、俺を助けるために全力を尽くした。そして、実際に俺の命を救ってみせた。その事実は消えはしない。確かに評価すべきことではある。
とはいえ、今の段階で約束できることなどない。すでに空手形をいくつも出している以上、同じことを繰り返しても無駄だ。なかなか難しいものだよな。
笑顔のまま下がっていくスコラを見ながら、俺は今後について考えていた。何かしら、スコラに大きな利益を催したい。だが、出世させるには席が足りない。金にしても、俺の裁量で出せる分には限界がある。
結局のところ、ミリアやユフィアのような相手に代わりに支払ってもらうしかない。その立場が、難しいところだな。
ユフィアに目を合わせると、にこやかな笑顔を向けられた。こちらの様子を見ているのだろう。何か発言してくれると、意図が読みやすいのだが。そう考えていると、ユフィアは口を開いた。
「私も、スコラさんには助けられましたから。リネンさんも。ねえ、サレンさん」
そう言って、ユフィアはサレンに目を向ける。なるほどな。スコラとサレンは、あまり関係がよろしくない。ここでくさびを打ち込んでおくのだろう。そのような形での恩の売り方もあるのだな。勉強になる。
これでサレンは、表立ってスコラに敵対しづらくなった。とはいえ、サレンだって感謝の心はあるはずだ。妹をとても大事にしているのは、俺にも分かるのだから。
サレンはまっすぐにスコラを見ながら、ハッキリと言葉を投げた。
「もちろん、スコラ様には感謝しているよ。僕達からも、お礼を出したいところだね。僕が小麦を安く売るってのはどうかな?」
「では、私は税を抑えましょうか。良いですよね、ローレンツさん」
ユフィアはこちらに話を伺うことで、俺の存在感を高めてくれているのだろう。同時に、何か意見を出せるかどうかも見られているはずだ。さて、何があるかな。
税を抑えるとなると、何に課税するか次第だよな。最も大きいのは、スコラが行っている鉄の採掘だろうが。あるいは、小麦の取引ならサレンにも恩を売れるはずだ。もちろん、どちらを選んだところで王宮の収入は下がるのだが。
それでも、背に腹は代えられない。恩人に何も出せない人間だと思われてしまえば、誰も俺を助けようとしない。ここは覚悟を決めるべきだろう。
少し考えて、答えを出した。ここはスコラに利益を提示する場面だ。命を助けられておいて、他との関係を考えている姿勢を示すべきではない。そうだよな。
「分かった。なら、鉄に関する税を下げさせてもらおう。スコラ、これが俺達の感謝の証だ」
「ありがとうございます、殿下。あなた様のお心、強く伝わりましたわ」
スコラから、深く礼をされる。感謝する側とされる側があべこべになっている。おそらくは、それもスコラの戦略なのだろう。こちらに好感を持たせて、後で動きやすくするための。
だが、実際にスコラに感謝しているのは事実だ。それに、頼りたいという気持ちも。なら、言葉にするのは大事なことだよな。言質には気をつけつつも、言えるだけ強い表現で。
「これまでも、これからも、スコラはとても強く信頼する臣下だ。それを、覚えておいてくれ」
「ええ。ぜひとも、わたくしめを頼ってくださいまし。必ずや、殿下のお力になりますわ」
そう言って、優雅に微笑んでいた。スコラがやると、様になるな。やはり、自分の華やかさを理解しているのだろう。したたかではあるが、だからこそ評価できる部分もある。
スコラが再び座り、またミリアが話を進めていく。
「さて、スタンを打ち取るという第一功は、スコラだと言って良いだろう。もちろん、妾とて多くを討ち取ったがな」
「お前が呼び出したのが、スタンだぞ! 責任を取ってみせろ!」
末席に居る貴族が、そんな事を言う。何人かも、同意している。だが、俺としては許すわけにはいかない。ミリアは大事な後ろ盾だ。それを失うのは論外だ。騎士団長をすげ替えたとして、次の人間が俺の味方である保証などないのだから。
確かに、騎士団長としてミリアはスタンを呼び寄せた。だが、そもそも貴族たちが異民族対策に必要な相手を呼べと言うだけ言っていたからだ。自分の言葉の意味というものを、しっかりと理解してもらわないと。
それに何より、気に入らない。異民族対策を声高に叫んでおいて、その責任を取ろうともしない姿勢が。ただ人に文句を言うだけの愚かさが。
なら、俺の言うべきことは決まっているよな。全員を見回し、ハッキリと宣言する。
「文句を言うだけの人間に、何ができた。お前達は異民族対策に人を呼べと言った。そして、代わりの人間を推挙すらしていなかった。自分に罪がないと言うのなら、お前達の能力もおのずと知れる」
「ですが、殿下……! ミリアのせいなのですぞ……!」
「くどい。スタンを推薦したのは誰だ。お前達だろうに。自分の罪も認められない人間が、よく人を責められたものだ。恥を知れ」
そう言うと、数名がうつむいて黙り込んだ。笑顔を深めたミリアは、機嫌よく言葉を続けていく。
「それに、妾は剣を手に戦った。お前達は、ただ後から文句を言っていただけではないか」
「ええ。殿下は自分が狙われていながら、機転でスタンの動きを制限した。ミリアは自分で剣を取った。スコラは殿下を救出した。あなた達は、何ができたというのかしらね?」
バーバラも追撃する。まあ、当然だな。バーバラの価値観を考えれば、何もせず文句を言うだけの人間など許せないだろう。優秀な人間とは、とても言えないのだから。
完全に見下した目をしている。俺が同じ目を向けられるようになったら、終わりだろうな。気をつけておかないと。
「ミリアさんは、平和のために頑張ってる。それを邪魔するのなら、私は許さないよ」
ルイズはいつもの笑顔ではなく、ゴミを見るような目で貴族たちを見ていた。きっと、ルイズにとっては平和を乱す姿そのものだったのだろう。おそらくは、貴族たちの未来は良くないことになる。それでも、俺はこの場で止める気にはならなかった。
「活躍していなかったというのなら、お前達も同じではないか!」
「その通りだ! どの口で文句を!」
「恥を知れと言ったはずだ。お前達は、いつまで他人のせいにし続けるつもりだ?」
周囲を見回しながら言うと、貴族たちは再び黙り込む。周囲を見回すユフィアは、微笑みながら俺に向けて話しかけてくる。
「では、どのような罰を与えますか? 殿下の言葉を無視したのですから、相応の対応が必要でしょう」
あまり苛烈な選択をすれば、周囲に敵が増えるだろう。機嫌を損ねただけで破滅するとなれば、好意を持たれるはずもないのだから。
それでも、ただ会議を妨害するだけの存在をのさばらせる理由はない。そこまで考えて、量刑を決めた。
「では、今後半年、お前達には会議への出席を禁止する。何が会議に求められているのか、しっかりと理解してもらおう」
ミリアは満足げに頷き、ユフィアは楽しそうな顔でこちらを見ていた。おおよそ、狙い通りに進んだと言えるだろう。
これからも、俺は王宮内でのバランスを取り続ける。自らの意思で権力の動きを調整できるようにとの決意を込めて、俺はまっすぐに前を見た。