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第53話 自覚と成長

 スタンの反乱も終わって、その評定も済んだ。ということで、一区切りはついているのだが。とはいえ、ここで何もしないのは問題外だよな。


 エルフの動きを注視する必要もあるし、準備も必要だろう。それに何より、俺を助けてくれた人たちに感謝を形にしなければ。


 公人としての立場では、もうスコラに礼はした。だが、まだ足りないだろう。本当に、俺もユフィアもアスカもリネンもマルティナも、みんな死んでいた可能性があるのだから。そのあたりの義理を欠いてしまえば、俺は信頼されないだろうな。


 そこで、ユフィアに相談することにした。どこまで、俺の手で差し出せるのかと。どれだけなら、礼として与えても問題ないのかと。


 再び、俺の私室でユフィアと話をしていく。今のところは急ごしらえの部屋だが、そのうち元の部屋に戻れるだろう。そう信じたいところだ。


 ユフィアは相変わらずの清楚な笑顔でこちらを見ている。さて、どう受け止められるだろうな。


「スコラにもう少し個人的なものとして礼をしたいんだが、どう思う?」

「ふふっ、まずはローレンツさんの意見を聞かせてもらえますか?」


 そう、優しい笑顔で告げられる。おそらくは、俺がどういう判断をするかを計られているのだろうな。いつものことだが、毎回気が抜けない。


 ユフィアに見限られてしまえば、俺は終わりなのだろうからな。この国で、最も権力を持つ存在だと言って良いのだから。それに、俺はユフィアを失望させたくない。完全に個人的な感情になってしまうが。


 今の俺は、ユフィアを大切な存在だと思ってしまっているんだ。合理性で言えば、間違っているだろう。ユフィアは他者を笑顔で利用して、蹴落として、平気で殺す存在なんだから。


 だが、心は制御できない。それを実感してしまうな。ユフィアの期待に応えたい。そして、褒めてもらいたい。そう願っている自分がいるのだから。まったく、情けないことだ。眉をひそめてしまいそうなくらいだな。


 さて、どうしたものか。政治的に影響が少ない方が、全体のバランスとしては良いのだろう。だが、それを押してスコラに贈りものをすれば、間違いなく本気だと伝わる。


 しばらくあごに手を当てて考えて、ようやく答えが出た。ユフィアはどう判断するだろうか。そんな不安と期待を込めながら、ユフィアに向き合う。


「塩の販売権をいくらか渡すのは、どうだ? 王家の特権ではあるが、実質的には各地で勝手に売っているだろう。お墨付きを与えてやれば、スコラは大手を振って動けるんじゃないか?」

「ええ、悪くないですね。名を与えつつ、スコラの能力次第では名を活かせる。そして、実質的には支払うものはありません。とはいえ、他の貴族は不満でしょうね」


 まあ、実際は裏で塩を売っているとしてもだ。それでも、他者が特別扱いされているとなると妬むものだろう。しかも、スコラは中々の策略家だからな。下手をすれば、塩の販売を潰されかねない立場の者も居るはずだ。


 とはいえ、そんな貴族たちが俺の味方になるかというとな。やはり、表向きにでも俺を大事にしているスコラを優先するのは当然のことだろう。俺と親しくなれば利益をもたらす。そう思われるのは、俺の生存戦略とも一致するのだし。


 ユフィアは柔らかい笑顔でこちらを撫でてくる。その手の暖かさに、心が穏やかになるのを感じてしまう。完全に手のひらの上だと分かっていても、逃れられない。これが、ユフィアの実力というものか。


 俺も、周囲の人に好かれる立ち回りを目指したいものだ。人間として好意を持たれるのなら、それは好都合なのだから。もちろん、単純に嬉しくもあるが。俺はあくまで、単なる凡人なんだからな。承認欲求もある。


 さて、ユフィアの懸念することに、どう対処したものか。基本的には切り捨てる方針ではあるが、だからといって完全に無視するのも話が違う。バランス感覚が物を言うところだよな。


「そうだな。いっそのこと、手柄を立てれば表立って塩の販売ができると布告するのはどうだ?」

「いえ、今の段階では時期尚早でしょう。噂話を流す程度が、妥当でしょうね」


 ユフィアは俺と目を合わせながら語る。おそらくは、スコラが特別だと示すためではあるのだろう。同時に、どのレベルの手柄を要求するのかも、何も言わなくて済む。


 実質的に言質を与えず、期待を持たせて相手を動かす。それが、ユフィアの狙いなのだろう。あるいは、どの程度の手柄が必要なのか相談なり何なりさせて、ユフィアがイニシアチブを取る。そんな狙いもあるのかもしれない。


 とにかく、ユフィアの影響力を拡大する意図があるのは分かる。ただ礼を贈るだけでなく、実利も奪っていく。それがユフィアの恐ろしいところなんだよな。


「なら、スコラには塩の販売権を渡すという方向性で問題ないか?」

「せっかくですから、もう一手打ちましょう。塩の専門家を、スコラに紹介しましょう。塩湖から取るにしても、岩塩から取るにしても、採掘量をあげられると思いますよ」


 当たり前のように、俺の想像していた以上の手を打って来るな。ユフィアは俺を褒めてくれているのだが、素人にしては上出来だという程度なのだろう。そう思い知らされるばかりだ。


 おそらく、実際に採掘量を引き上げさせるのだろうな。その過程で、スコラの情報を抜き取ろうとする。あるいは、内部工作をする。そんな考えがあることも分かる。


 俺もずいぶん成長してきたとは思う。最初の頃は、今ほどユフィアの意図を読めなかっただろうからな。とはいえ、ユフィアの先手を取るほどには成長できていない。


 まあ、当たり前か。ユフィアはデルフィ王国の影の支配者となるほどの怪物だ。それに、ただの凡人である俺が対抗できるはずもない。分かっているのだがな。それでも、ユフィアの驚いた顔を見たいという気持ちもある。役に立ちたいという思いも。


 完全に、ユフィアに溺れきっているのだろうな。今の俺を他者が見たら、きっと笑う。かつての俺なら、憐れんだかもな。それでも、今の環境が心地良いと思ってしまう。まったくもって、俺の負けという他ない。


「分かった。なら、俺から伝えておくよ。ユフィアからは、何か言っておいてほしいことはあるか?」

「ふふっ、私に気を使ってくれているんですね。嬉しいですよ。でも、大丈夫です。必要なことがあれば、直接言いますので」


 スコラはあくまで、表向きには騎士団長派閥。つまり、ミリアの側だ。それに直接物を言えるあたり、ユフィアもスコラも怪物だよな。下手な会話をしてしまえば、周囲に隙だとみなされるだろうに。


 ユフィアは平気で他人を手玉に取るし、スコラはコウモリとして自分の利益を追求できている。そんな相手に、俺は取引を続けなくてはいけない。


 苦境ではあるのだが、楽しいと思ってしまうな。油断すれば、笑ってしまいそうなくらいに。苦難こそを楽しむのが俺なのか、あるいはユフィアに溺れているからなのか。そのどちらもあり得る。


 なにせ、俺は命がけの選択をする場面で燃え上がっていた。同時に、ユフィアに認められることを嬉しいと感じてしまう部分もある。まあ、自分の考察なんてどうでもいいな。スコラに何を言うべきか、今から考えておかないと。


 その結果次第では、ユフィアに褒められるのかもしれない。そんな期待が湧き上がるのを感じながら、俺は次なる策を練っていた。

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