イリスの転移によって、俺たちは砦の自室へと戻ってきた。
今の状況は、ハッキリ言って悪い。スコラの魔法は圧倒的な脅威で、転移という切り札は知られ、イリスの手綱も握れていない。
その中で、どうにかして勝利を掴み取らなければならない。逃げ出したところで、意味はないのだから。
完全にすべてを捨てる覚悟を決めて、身一つで生きる道ならあるかもしれない。だが、それはいま戦っている仲間を見捨てる行為だ。同時に、王都にいる仲間たちも。そんな選択は、選ぶことなどできない。
ならば、どうにか勝つだけだ。そう決めて、拳を握り直す。
「イリス、アスカ。ミリアとまた会議をしようと思う。着いてきてくれるか?」
「良いぞ。ローレンツがどう動くのか、興味は尽きぬからな」
「ローレンツ様は、私が守る。なんでも、命令して」
イリスは相変わらず楽しそうに、そしてアスカは無表情で頷いていた。さて、どうしたものかな。イリスに言うことを聞かせる手段も、厄介な魔法の主を討つ手段も。
とにかく、話さないことには始まらないだろう。ということで、ミリアに話を通して会議に移っていった。
ミリアは難しそうな顔をしながら、それでも堂々とした態度を崩さない。ふんぞり返るような姿勢のままだ。だが、だからこそ信用できるというものだ。心に弱気を飼っていても、表では強くあろうとできるのだから。
俺も何度か戦いを経験して、虚勢やハッタリの価値は強く理解した。ミリアが味方で、本当に心強いと思える。仮に何も意見が出ないとしてもだ。
ミリアにも協力してもらえるのは、とてもありがたい。そこで、まず議題をハッキリさせるために、俺から話していく。
「とりあえず、魔法を使っているだろう相手の話をしようか。紫髪の女だった。ミリア、知っているか?」
「スコラが重用している幕僚に、そんな相手が居たな。名をカリナといったか。妾から見ても、確度は高い。殿下、見事な成果だ」
ミリアはニンマリと笑いながら言う。とりあえず、カリナとやらが魔法を使っている可能性は高い。幕僚ということは、作戦の中核を担う理由は十分なのだから。それが分かっただけでも、方針を立てやすくなったな。
さて、次の話題はどうするか。これからの方針と作戦とは決めているが。何から話していくと、効果的だろうな。
まあ、まずは情報をハッキリと共有するか。そこから、話が進んでいくだろう。
「スコラには、転移を見られてしまった。そこで、まず間違いなく相手は警戒してくるはずだ」
「つまり、どうにかして敵の注意を引き付けるべき。殿下も、そこは分かっているであろう?」
挑発するように、ミリアは笑みを深める。俺としても、議論を進めたい内容だ。とにかく、カリナを討つことが重要になる。だが、転移に警戒されている。そこを逆転するには、どうするか。
とにかく、確実にやるべきことはスコラやカリナの護衛よりも優先すべき何かを引き起こすこと。まずは、たたき台レベルの案を出すか。そこから、議論を深めていけばいいだろう。
「バーバラにスコラを追い詰めさせるのは、どうだ?」
「時間稼ぎですら厳しいと分かっていて、提案するのか? 少なくとも、妾たちが援軍として出る必要があるだろう」
「うちの転移を、どう使うかではないのか? そこが、勝負の分かれ目になろう?」
ミリアの意見もイリスの意見も正しい。というか、そもそも反論される前提だったからな。俺だって想定していた内容だ。
とはいえ、大事なことだよな。いま動かせる兵をどう使うか。そして転移をどう使うか。ふたつの方針こそが、問題の中心と言えるだろう。
転移は1日3回までしか使えない。次の日以降に実行するのはもう確定だろう。準備を考えても、今日中には不可能だ。
だが、カリナを殺せる位置にまで転移するので一回、撤退に一回使わなければならない。つまり、実質一回の転移でスコラの注意を最大限に引く必要がある。どうすれば良いだろうか。
「ミリア、お前の部隊を転移させても構わないか?」
「砦の防衛もある。あまり多くの部隊は出せんぞ」
確かに、当たり前の指摘だ。砦を抜かれてしまえば、俺たちは終わりだ。一気に戦況がスコラの側に傾く。そうなると、最低限の人員しか転移させられない。
その上、戦闘が起こっている場所に向けて転移するのも危険だ。転移事故が起きるのは、ほぼ間違いないと言って良い。
あまりにも問題が多くて、頭を抱えてしまいそうだ。だが、諦めるわけにはいかない。良い策が出せるかどうかで、みんなの運命は大きく変わってくるのだから。
「さて、ローレンツ。どうするのじゃ? どうやって、敵を打ち破る?」
イリスは面白そうにこちらを見ている。何も意見を言うつもりが無いようだ。それよりも、ハッキリさせておくべきことがある。確実に、俺の指示した通りに転移を使って貰う必要がある。そうでなければ、どんな策を考えても破綻するだろう。
そのためにも、イリスを楽しませる必要がある。おそらくは、俺の策で。まあ、構わない。スコラに勝つための策ならば、イリスを感心させられるはずだ。だから、あまり気にしすぎてもな。
ただ、指示に従ってもらうためにも、しっかりと言葉にするべきだろう。俺はイリスの方を向いて、話し始めた。
「イリス、お前が俺に従ってくれるのなら、面白いものを見せてやる。それで、良いな?」
「くくっ、よく分かっておるのう。やはり、そなたは面白い。良いぞ。今回は、従うとしよう」
言質は取れたが、まだ確信までは持てない。さて、後は具体的にどんな策にするかだ。相談すべき相手は、もうひとり居るな。
「アスカ、転移した直後に敵に斬りかかることはできるか?」
「問題ない。誰を斬れば良いのかは、分かっている。ローレンツ様、任せて」
アスカは無表情のまま、強く頷く。これで、大きな問題はひとつ解決できた。さあ、イリスを楽しませつつ、砦の防衛を抑え、それでいてカリナを討つための策。
失敗すれば、確実に俺は死ぬだろう。そんな予感を覚えつつも、勝つために進むことに決めた。
俺の運命を決める策を、ゆっくりと言葉にしていく。
「よし、決めた。転移するのは、俺達3人だけだ。ミリアの軍は、動かさない」
「ほう……?」
イリスは笑みを深めている。それを見て、今回だけは楽しませられそうだと思えた。そんな感情を覚えながら、俺は言葉を続けていく。
「俺はできるだけ目立つように、敵軍の近くに移動する。その上で、敵を全力で引き付けていく」
「分かった。ローレンツ様は、私が守る。任せて」
「それで、どの場所に転移するのじゃ?」
ワクワクを隠せないという様子で、イリスは問いかけてくる。それに対して、俺ははっきりと指し示す。指先を見たイリスは、童女のように笑っていた。
さあ、後は実際に戦うだけだ。必ず、カリナを討ち取ってみせる。そんな誓いを込めながら、俺は強く拳を握りしめた。