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第85話 狂気の策

 俺は、勝つための一手を打つと決めた。そのためには、リスクを覚悟しなくてはならない。現状、敵に有利に進んでいる。ひっくり返すためには、並大抵の手段では足りない。


 ハッキリ言って、戦略では負けているのだろうな。もはや、逆転の策に賭けるしかない。情けないことではある。だが、悔いても遅い。覚悟を決めて、俺は備えていく。


 策が実行できる段階になるまで、ゆっくりと休む。そして翌日。俺とアスカ、イリスは集まった。


「さあ、準備はいいな? 動き出してしまえば、常に窮地に追い込まれるだろう。それでも、やるか?」

「私は、戦うだけ。私のために。ローレンツ様のために」

「くくっ、最高の楽しみを奪おうというのか? ローレンツも、無体なものよ」


 アスカは無表情で頷き、イリスは楽しそうに笑っている。いつも通りの心構えで、悪くない。さあ、ここからが本番だ。俺は強く息を吸って、そして吐いた。


 イリスの方を見ると、腕を組みながら頷いていた。そして俺は、指示を出す。


「さあ、転移してくれ。手筈は、忘れるなよ」

「分かっておるとも。のう、ローレンツ」

「ローレンツ様を守る。敵も殺す。それだけ」


 ふたりからは、確かな気合いを感じた。この調子なら、勝てるかもしれない。そんな期待を持ちながら、俺は強く頷いた。


「よし、行くぞ!」


 そして、視界が乱れていく。次の瞬間、別の場所に移っていく。即座に俺は、全力で声を出していく。


「ローレンツ・ウィスタリア・デルフィはここに居るぞ! お前たちがほしいのは、この首だろう!」


 敵本陣の目の前、敵軍のど真ん中で宣言する。周囲の敵兵は、困惑している様子だ。


「おい、本物か……?」

「偽物でも、敵だろ……?」

「いや、スコラ様は捕らえろと……」

「見たことある顔だぞ……! 俺は、前の戦いで一緒だったんだ……!」

「じゃあ、まさか……」

「王族だってのに、たった三人で……?」


 誰もが俺と距離を保ちながら、それでも動けないでいるようだ。囲もうとしている動きだけは分かる。そこで、俺はアスカと目を合わせた。即座に、アスカはハルバードを振り回す。周囲の敵を、両断してから体を大きく引き剥がす。そうすることで、スコラの魔法での回復を間に合わなくさせていた。


 そして俺は、アスカが開いた道に向けて全力で走り出す。少しでも、敵軍に混乱が広がるように。わずかな隙ができるように。


 きっと、前線で戦っているバーバラへの補助にもなるはずだ。そう信じて、立ち止まらずに駆け続ける。


「逃がすな! 追え!」

「あんなのに勝てっていうのかよ!」

「スコラ様にどう言い訳するつもりだ! いいから、場所だけでもハッキリさせろ!」

「それくらいなら……」

「とにかく、スコラ様に報告だ! 指示を仰げ!」


 敵兵たちも、追いかけてくる。足を止めてしまえば、俺は捕まるだろう。あるいは、殺されるかもしれない。いずれにせよ、敗北は確定すると言っていい。少なくとも、俺やアスカ、イリスは無事では済まないだろう。


 ただ、敵兵も怯えている様子ではある。まあ、アスカに挑んでも勝てないだろうからな。とはいえ、逃げられる時間には限度がある。以前の戦いでも、俺に攻撃が届きかけたんだから。


 とはいえ、どこまで時間稼ぎできるかが勝負だ。少しでもカリナの護衛が緩めば、俺たちは勝てる。そのはずなんだ。


「アスカ、やれるか!?」

「問題ない。ローレンツ様は、絶対に守る」

「うちも守らなければ、結果的にローレンツは死ぬぞ?」

「分かっている。でも、裏切ったら殺す」


 そんな会話をしながら、アスカは敵兵を両断していく。とはいえ、一人ひとりを確実に殺していく必要がある様子だ。しっかりと体を分割しなくてはならないみたいだな。だから、一度に何人も殺したりはできないようだ。


 つまり、敵が割り切ってしまえば、命を捨て石にした物量作戦に出てくれば、負ける。そして、スコラはそう指示するだろう。だから、伝令が届くまでが俺たちの限界になるはずだ。


 それまでに、できるだけ敵陣を引っ掻き回す。できれば、バーバラとも協力して。細かい作戦は伝えられていないが、それでもスコラ軍の混乱くらいは伝わるはずだ。その隙に、敵の被害を拡大してほしいところだな。


 策が敵にバレることを覚悟してでもバーバラに伝えるべきだったかは、悩ましいところだ。口頭で伝えれば、おそらくは歪んで伝わっただろう。どう考えても非常識な作戦なのだから。だが、手紙を出せば奪われた可能性がある。


 まあ、たらればを考えても仕方がない。今は逃げることに集中すべきだよな。少しでも敵軍を乱すのが、俺の役割だ。戦力としては、マイナスなのだから。


「大将首を前にして、怖気づく! スコラも、御大層な味方を率いているものだな! いっそ哀れだよ!」

「このっ……!」

「バカ、乗るな! 間違えて殺したら、どう説明するんだ!」

「ここに居るのは偽物だろ! わざわざ、王族が前に出るかよ!」

「やるんだよ、殿下なら! そういう狂人なんだよ!」

「アスカ!」


 敵が乱れたタイミングを狙い、アスカに指示を出す。即座に、敵軍の中にアスカは突っ込んでいく。一気に敵が倒れていき、更に混乱が広がるのが見えた。


 アスカを追いかけながら、少しだけ周囲を見る。すると、前線がこちらに迫っているのが見えた。つまり、バーバラが敵軍を押し込んでいるということだ。


 それに合わせて、俺たちは前線に向けて進んでいく。少しでも、敵軍が乱れるように。


 だが、敵の本陣から部隊が出てくるのが見えた。こちらに向けて全力で突き進んでくる。あまつさえ、混乱しているスコラ軍を切り捨てながら。


「なんとしても、ローレンツを捕らえろ! できないのならば、お前たちから死ね!」


 そんな指示まで、聞こえてきた。いくらスコラの魔法で回復できるとはいえ、なんと恐ろしい指示だろうか。ただ、発破としては圧倒的な効果を持っていたようだ。


 敵軍は、死に物狂いでこちらに突っ込んでくる。アスカが両断していくが、明らかに間に合っていない。


 ただ、望んでいた状況でもある。カリナの周囲が手薄になってさえいれば、俺の策は通るのだから。そのためにも、限界まで粘る必要がある。だが、タイミングを間違えれば誰かが死ぬだろう。そんな緊張感の中、俺は戦況を見守り続ける。


 少しづつ、こちらに敵兵が近寄ってくる。アスカが殺すペースが、遅れていく。だが、まだ耐えられるはずだ。近くを通る矢を見ながら、それでも俺は待つ。


 アスカはあらゆる方向の敵を殺している。だが、じわじわと敵が近づいてくる。予定通りの状況ではあるものの、かなり手に汗握ると言って良い状況だ。


「ローレンツ、まだか……?」


 じれた様子のイリスが、こちらに問いかけてくる。それに首を振りながら、戦況を見守り続ける。アスカが弾いた剣が、こちらに飛んでくる。イリスを抱きかかえながら避ける。


 そんな環境の中、矢がこちらに飛んでくるのが見えた。避けようとすると、イリスの体がすくんだ。それをかばうために動くと、アスカもこちらに近寄ってくる。そして矢が当たりそうになった時、視界が歪みだした。


 イリスが転移を発動したことを確信しつつ、俺は策が成功させられる状況であることを祈っていた。

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