スコラは文字通り全軍でこちらに突撃してきたようだ。つまり、勝つにしろ負けるにしろ、敵味方ともに甚大な被害を受けることになる。俺としては、避けたい未来だ。
一応、策そのものはある。アスカとスコラの一騎打ちを狙うということだ。そうしてしまえば、お互いの被害は抑えられるだろう。
ただし、その策を実行するには大きな壁がある。どういうものかというと、一騎打ちに戦局を賭けるだけの納得をさせられるかどうかだ。敵軍は、スコラの指示で動いている。だから、ある程度は効果があるだろう。
問題なのは味方だ。少なくとも、ミリアとバーバラを納得させないといけない。手柄という面でも、戦術という面でも。
悩んでいれば、一騎打ちが意味を持たない局面になってしまうだろう。だから、俺は即座に動き始める。アスカの方を見ると、頷かれた。なら、そこは大丈夫だ。ということで、まずはミリアの元へと向かう。今はまだ、砦の中にいる様子だった。
そこに向かうと、難しい顔をしながら兵士たちの前で報告を受けている姿が見える。少しだけ様子をうかがって、話しかけて問題ない状況下を確かめていく。聞こえる限りでは、兵を出すかどうかの採決を求められているようだ。
なら、今が最後のチャンスだろう。ということで、ミリアの目の前へと走っていく。
「どうした、殿下。何か策でも思いついたのか? 聞くだけなら、構わんぞ。それだけの実績が、お主にはある」
「アスカとスコラを一騎打ちさせたい。その状況を作るために、手伝ってもらえるか?」
「どうやって実現するか、算段はあるのか?」
腕を組みながら、こちらに問いかけてくる。まあ、答えは決まっている。後は、どう伝えるかというだけだ。ということで、すぐに返事を返す。
「バーバラの説得と同時に、部隊を連携させたいと考えている。そこで、一度押し返すことができれば……」
「スコラが逆転の策に頼るかもしれない、と。どの道、優勢な状況は作らねばならん。妾は構わぬぞ」
「ありがとう、ミリア。なら、俺をバーバラのところまで運んでもらえるか? そうすれば、次の段階に移れる」
「妾も、少しばかりは力を見せるとするか。バーバラと連携すれば、相応の効果を発揮できるだろう」
深く笑みを浮かべながら、ミリアは頷く。とりあえず、第1段階は突破できた。ミリアの魔法は、物体を重くするもの。うまく使えば、自軍に有利に働くだろう。相手の武器を重くするだけでも、効果は大きいはずだ。となれば、後はバーバラの説得だな。
とはいえ、ミリアを討たれる訳にはいかない。アスカに目を向けると、首を傾げられる。
「ひとまず、俺とミリアを守ってくれるか? その後、スコラを打ち破ってほしい。できるか?」
「問題ない。ローレンツ様の望みを叶えるのが、私の役割。任せて」
アスカなら、勝ってくれるだろう。負けるのだとしても、命を預けていいと思える。俺にとって最も頼れる将は、アスカなのだから。
そうと決まれば、次に動かなければ。時間をかければかけるほど、状況は悪くなる。急がなければな。
「ミリア、どれくらいで用意できそうだ?」
「そうはかからん。今後の方針について、打ち合わせをしておくがいい。その間に終わるだろうな」
ということで、アスカと話を進めておく。といっても、単純なことではあるが。一度敵軍をバーバラやミリアと協力して大きく削る。その隙にスコラのもとに飛び出して、堂々と宣言するだけ。
失敗すれば、俺の命は危ぶまれる。だが、構わない。兵士たちが命を懸けて戦っている状況で、俺だけぬくぬくしていられないものな。
「殿下、行くぞ。妾の力を、存分に見せてやろう」
そう言って、ミリアは準備ができたと伝えてきた。そこで俺たちは、バーバラの元へと向かっていく。説得するための言葉を、胸に秘めながら。
ミリアは何度か魔法を使い、敵兵の動きを鈍らせる。武器を取り落としたり、ひざまずくものまでいた。武器や防具を急に重くされたのだろう。その隙に、自軍の兵が敵を殺していく。同じような流れを繰り返しながら、バーバラの元にたどり着いた。
「あら、殿下。援軍に来てくれたの? あたしだけでも、どうにかできたのに」
「かもな。ただ、俺はできるだけ被害を抑えたいんだ。そのために、聞いてほしいことがあってな」
ちらりとアスカの方を見る。それだけで察してくれたようで、バーバラは楽しげに口元を歪めていた。とはいえ、ここからが本番だ。説得できるだけの材料がなければ、今のまま行動を続けるだけだろう。さて、どう出てくるか。
「あたしには、殿下に付き合うだけの理由はないわよね。このまま進めても、勝てるんだもの」
「だから、失敗したら俺ごと攻撃してくれていい。一騎打ちの立ち会いは、俺がする。後は、分かるよな?」
「……へえ。本当に、殿下らしいわ。間違いなく、本気なのでしょうね。王族としては、褒められない部分もあるけれど」
薄く唇を広げながら、バーバラはこちらの目を見てくる。数秒ほど見つめ合って、そして頷く姿が見えた。
「ミリア。失敗した時は、殿下は名誉の討ち死にをしたことにする。構わないわよね?」
「ああ。妾たちとて、命は惜しいのでな」
アスカが負けてしまえば、俺の救出などできなしないだろう。だからこそ、ミリアの判断は正しい。とはいえ、少しばかり寂しさはあるが。唇に力を入れたり抜いたりしてしまった。
「なら、良いわ。命を賭ける殿下に免じて、一度だけ応じてあげましょう。どうせ、あたしが不利になる選択ではないもの」
一騎打ちで勝った瞬間のスコラを俺ごと仕留められれば、普通に戦うよりも優位に進むだろうからな。だから、バーバラにだって利益のある提案のはずだ。とはいえ、スコラが一騎打ちを受けるかどうかが最後の関門なのだが。
その状況を作るために、俺は策を提示した。
「バーバラとミリアで、道を切り開いてもらえるか? ふたりの魔法を使えば、くぐり抜けるくらいの隙は作れるはずだ」
「ええ、構わないわ。それで、ミリア。あなたはどこまで魔法を使えるのかしら?」
「くくっ、お主と同じ程度には、な。これでも何度も修羅場をくぐっておる」
「随分と言うものね。お手並み拝見といこうかしら」
そのまま、バーバラとミリアは手を前に出して配下たちに攻撃を指示する。そして、ふたりとも魔法を使っていく。
バーバラは敵兵の動きを止めて、隊列に乱れを出す。ミリアが合わせて魔法を使い、転けそうになっているような兵の武装を重くして、被害を大きくしていく。
その隙に、アスカは敵陣を切り開いていく。俺は全力でアスカについていく。バーバラとミリアのサポートも受けながら、俺はスコラの元へと飛び出していく。そして、全力で叫んでいった。
「スコラ! お前に勇気はあるか! あるのなら、俺の最も信頼する将、アスカとの一騎打ちを受けると良い!」
その言葉に対し、スコラは微笑む。そして、ゆっくりと手を広げていく。誰もが、スコラの動きに注目していた。
「勇気を問われれば、答えない訳にはいきませんわね。喜んで、受けて差し上げましょう。……これで良いのでしょう、殿下?」
そう言いながら、スコラは腰から剣を引き抜いた。アスカはハルバードを持って、スコラの前へと進んでいく。
策が成ったにも関わらず、スコラは優雅な笑みを崩さない。俺はその姿に、わずかな不安を覚えていた。
そして始まった戦いで、俺は思いもよらぬ光景を目撃することになった。