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第88話 最後の一手

 スコラは剣を構えて、アスカはハルバードを肩に置いて、ふたりは向き合っている。これから一騎打ちが始まるのを、誰もが黙って見ている。


 見ているだけでも、空気がビリビリするのを感じるくらいだ。強い緊張感があって、思わず手を握った。


 そして、ふたりは動き出す。スコラは剣を振り上げ、それを見てからアスカはハルバードを振り抜く。あっけなく、スコラの首は飛んでいった。見ていられなくて、目を伏せそうになる。その瞬間、スコラと目が合った気がした。すぐに、笑みを浮かべる姿が見えた。


 俺が違和感を覚えるのと同時に、首が外れた胴体が動き出す。手で自分の頭をつかみ、くっつけていく。そして、元通りになった。


「ふふっ、わたくしにどれほど傷をつけようが、無駄ですわ。最後に笑うのは、このわたくしです」

「なら、別の手段を試すだけ」


 スコラは優雅に微笑み、そこに向けてアスカはハルバードを振り抜く。今度は手足も切り落としていた。そうしたら、次は首から胴体が生えた。気づいたら、残りの部分は消え去っていた。


 おそらくは、即死しない限りはどうなっても再生できるのだろう。見ただけで分かる。救いと言って良いのは、ふたつに分割した結果スコラがふたりにならないことだ。


「これは……驚いたわね……」

「自信満々に一騎打ちを受けるだけのことはある。殿下のおかげで知れたのは、幸運だったと言えよう」

「なかなかに、対処が難しそうね……。あたしなら……」


 バーバラとミリアは、スコラの対処について考えているようだ。確かに、あまりにもとんでもない初見殺しだ。というか、初見でなくても厄介どころではない能力だ。


 首をはねても問題ないのなら、そう簡単には殺せない。どこかホッとした心地の自分を感じながらも、俺はアスカの戦いを見守っていた。


 今度は、頭蓋にハルバードを叩きつける。頭がかち割れていく。だが、それでも復活する。これで、即死狙いの戦略は潰れたと言って良い。


 どうすれば良いのか、今の俺には分からなかった。少なくとも、今のアスカが打てる手としては何も思い浮かばない。


 いっそ、毒でも盛れば良かったか? そんな考えまで浮かんでくる。暗殺に頼れば、後に禍根を残すと分かっていてすら。汚い手段を実行するということは、相手も汚い手段を取ってくるということだ。それでも、スコラを倒せないことには、未来はない。


「確かに、簡単には死なない。でも、勝つのは私。ローレンツ様のために」

「どうぞ、存分にあがいてくださいまし。わたくしが、殿下を手に入れるまで」


 ついにスコラは、アスカに対して反撃を始めた。ただ、アスカは平気でかわしていく。剣を打ち払い、避け、そして隙をつく。武技としては、今でも一方的なままだ。


 とはいえ、スコラは何度傷つけられても、平気で剣を振り続ける。剣が砕けたら、また次の剣を手に取る。そうして、ずっと戦い続けていた。


「あなたは、いつまで耐えきれますか? わたくしに、いつまで対抗するのですか? 寝ずに戦い続けても、一向に構いませんわよ」

「私だって、問題ない。それとも、焦っている?」


 笑みを浮かべながら語るスコラに、アスカは無表情で返す。さて、実際のところはどちらだろうな。スコラが魔法を使えなくなるのが先か、アスカの体力が尽きるのが先か。


 いくらなんでも、無限に魔法を使えるということはないだろう。とはいえ、どの程度の消耗なのか、顔や仕草からでは推し量れない。やせ我慢しているのか、あるいは本当に余裕なのか。まったく分からなかった。


 今の状況で、アスカに賭けに出ろとは言えない。そもそも、本人が自分で判断すべきことだ。とはいえ、俺の心には不安の影が迫ってきていた。もしかしたら、アスカでさえ。そんな弱気が、にじみ出てくるようだった。


 祈るように、歯を食いしばりながら両手を握る。ただ、アスカの勝利を祈って。それが何を意味するのか、心の奥底では理解しながら。


 アスカは再びスコラを切り刻んでいく。だが、何度でもスコラは再生する。そして、だんだん動きが洗練されていくように見えた。


 1合で切り裂かれていたのが、2合3合と伸びていく。その姿に、確かな慣れを感じる。そして、スコラは笑っている。


 きっと、それこそがスコラの狙いだ。前世で俺が難しいゲームを攻略していた時のように、何度もコンティニューを繰り返して最後には勝つ。アスカの動きを、少しずつ覚えることによって。


 アスカの強さは、慣れでどうにかなるものではない。そう考える俺と、いくらなんでも、疲れで動きが鈍るのではないか。そう考える俺が居た。矛盾する心のまま、俺はただ見守り続ける。何も手出しできない事実に、頭をかきむしりたくなりながら。


「さて、殿下。今わたくしのものになるのなら、この子は助けて差し上げますわよ?」

「ローレンツ様、心配しないで。ちゃんと、私は勝つ」


 スコラの言葉に、確かに心が揺れたのを感じた。だが、アスカはまっすぐな目のまま語っている。少しもスコラから目を離さずに、それでも俺に心を預けてくれるのを感じた。


 もしかしたら、強がりなのかもしれない。過剰な自信なのかもしれない。アスカだって、負ける瞬間が来るのかもしれない。


 だとしても、俺は信じたいと思った。俺のために命を懸けてくれている人を信じずして、何を信じるというのか。ここで疑うのなら、それこそ人でなしだ。


 アスカと一緒に死ぬのなら、構わない。そうだよな。なら、俺の気持ちを宣言するだけだ。その想いのままに、息を吸う。


「アスカ! 俺はお前に命を預ける! お前が死ぬのなら、俺も共に死のう! だから勝て! どうせなら、一緒に生きようじゃないか!」


 俺の言葉に、アスカが笑みを浮かべているのが見えた。そして、スコラが歯噛みしているのも。


「分かった。なら、私は絶対に勝つ。ローレンツ様のために、どんな手を使っても」

「あなたは、どこまでいってもわたくしを……!」


 アスカは堂々と宣言する。それをにらみ付けながら、スコラは地の底まで響くかのような声を出していた。強い怨念を感じるかのような。


 そして、スコラは再び剣を振る。アスカは剣ごとスコラを両断する。だが、また再生する。


 何度も何度もスコラは切り裂かれ、そして何度も何度も元通りになる。そしてだんだん、スコラの慣れが深まっていくのを感じた。


 あまつさえ、アスカの動きが鈍っていくように思える。きっと、本当に疲れてきたのだろう。そんな姿を見ながら、スコラは笑みを深めていた。


「最後に笑うのは、このわたくしですわよ! あなたなんかに、何ひとつとして譲りませんわ! 勝利も、殿下も!」


 そう言いながら、スコラはアスカに向けて剣を振る。それがだんだん迫っていくのが見えた。


「アスカ!」


 思わず叫んだ俺に、アスカは笑みを浮かべる。そして、まっすぐにハルバードを振り下ろしていく。土煙が舞い上がり、何も見えなくなった。


「ローレンツ様、私を信じてくれてありがとう」


 そんな声が聞こえるのを、どこか遠くのことのように感じていた。

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