土煙が舞い上がっており、何も見えない時間が続く。ただ、とても静かな時間だった。おそらくは、決着がついたのだろうと思えるほどに。
だんだんと視界が広まっていくのを、俺は震えそうになりながら見ていた。アスカは勝てたのか。勝てたとして、無事なのか。そしてスコラは。思考がぐるぐると渦巻いて、それでも祈ることしかできない。ただ無力を叩きつけられるかのようで、喉が渇くような感覚があった。
ゆっくりと光が通っていき、地面が大きくへこんでいるのが見えた。まるでクレーターのような何かができている。その奥は、まだ見えない。
どんな結果になったのか、俺はただじっと見ていた。
そして完全に土煙が落ちてゆき、アスカが立っているのが見えた。そしてこちらを振り向いて、笑みを浮かべる。勝ったのだ。そう理解できて、喜びが広がっていくのを感じた。同時に、ほんの少しの悲しみも。
「アスカ!」
「ローレンツ様、私は勝った。これで、スコラは何もできない」
ハルバードの刺した方を見ると、スコラは首だけを残して全部埋められていた。まるで身動きが取れない様子。これなら、確かに勝利したと言えるだろう。そんな姿だった。
スコラは目だけを動かして、こちらを見る。
「わたくしの、負けですわね……。このまま頭まで埋められれば、おそらくは死ぬでしょう。脱出は、ほぼ不可能ですもの」
どこか諦めたように、遠くを見ながらスコラは語る。こうなってしまえば、俺たちの勝利と言ってもいいだろう。
その証を刻むために、俺はスコラへと近づいていく。
「さあ、宣言してくれ。配下たちに、俺たちの勝ちだと。お前たちの負けだと。それが、お前の最後の役割だ」
「ええ、そうですわね。わたくしは敗者ですもの。ここから悪あがきをするほど、誇りを失ってはおりませんわ」
「じゃあ、頼む。これで、ようやく終わるんだ。俺とお前の関係は」
「では。さあ、みなさん! 武器を捨てて、降伏なさい! 殿下ならば、わたくしだけの罪だとしてくださるでしょう! もはや、命を捨てる必要はありませんわ!」
その言葉が響き渡り、敵軍が武器を捨てていくのが見えた。これで、後はスコラにとどめを刺すだけ。おそらくは、言った通りに埋めてしまえば、本当に死ぬのだろう。この期に及んで嘘を付く理由などない。スコラの目は、もう折れているように見えた。
「さあ、殿下。あなたの最後の務めです。わたくしを、殺しなさいな。それでこそ、この戦いは終わるのです」
じっとこちらを見ながら、スコラは微笑む。まるで少女のような、純粋な笑みを浮かべていた。心から、死を受け入れているように見える。
俺がスコラを埋めてしまえば、すべてが終わる。それを意識しながら、俺は言葉を続けた。
「アスカ、剣を渡してくれ」
「分かった。ローレンツ様に、全部任せる」
アスカはそっと微笑みながら、こちらに剣を渡す。俺が本当はどうしたいのか、分かっているかのように。
全部任せるというのは、おそらくはスコラの処遇という意味だろう。とどめを任せるという言い回しとしては、少し疑問が残るからな。
だが、俺はどうするべきか。ここでスコラを殺せば、確実に禍根を断てるはずだ。反乱に対して厳しく当たる。そう内外に強く宣言できるのだから。そして、バーバラやミリアの期待にも応えられる。
どう考えても、殺すことにしかメリットがない。
「ねえ、殿下。あたしは、殺してほしいと思っている。それは、分かっていると思うわ」
「ああ。妾も同じだ。スコラが死んでくれれば、効率が良いからな」
お互いに笑いながら目を合わせている。それで、分かってしまった。俺がどうしたいのかは、ふたりにまで伝わってしまっている。まったく、情けない限りだ。
剣を取って、俺は軽く地面に突き刺す。そして、スコラの方をじっと見た。
「殿下、あなたに、わたくしを刻んでくださいな。それが、せめてもの務めというものでしょう?」
スコラは、切なそうな目でこちらを見ている。きっと、俺が決断することを望んでいるのだろう。そう、ここでとどめを刺すことを。
俺は剣を強くつかみ、スコラの方に向けて振り抜いた。そして、首が飛んでいく。
「殿下、あなたという人は……。本当に……」
スコラの首は微笑んだまま、転がっていく。まるで、どうしようもないものを見てしまったかのように。愚かしさの極まった相手に、仕方ないと笑うかのように。
「これが、俺の始末だ。なあ、スコラ」
「まったく、笑えてしまいますわね。見ていられませんわ。こんな人だと知っていたなら、ねえ?」
スコラは首だけのまま、こちらに笑いかける。そして、胴体が生えていった。その姿のまま、俺にひざまずく。
俺はスコラの首に剣を添え、そっとおろした。
「スコラ。お前の罪は、決して消え去りはしない。だが、俺はかつて、お前に命を救われた。命の借りは、命で返そう。ただ、それだけのこと」
分かっていた。埋めずに首をはねてしまえば、スコラは再生するのだと。それでも、俺は埋めることができなかった。
どう考えても、甘さを捨てきれないだけだ。もっと言えば、ずっと話してきた相手を殺せないだけだ。借りがどうとか、そんなことはただの言い訳。
顔も知らない相手なんて、いくらでも殺してきた。これまでの戦いで、何度でも。にも関わらず、ただ親しかった相手だというだけで始末がつけられない。なんと愚かなのだろうな。笑えてきそうだ。
「殿下。命の借りは命で返そうとおっしゃいましたわね。でしたら、わたくしも返すべきものがありますわ。あなたの許しに、応えなくてはなりませんもの」
「なら、決して俺を裏切るな。どんな状況であったとしてもだ」
「ええ、もちろんですわ。殿下からは、目を離せませんもの。こんなに弱くて、愚かな人は」
そう言いながら、スコラはそっと俺の頬に触れてくる。とても優しい手つきと瞳で。どこまでが演技かは、分からない。それでも、もう俺は決断してしまった。なら、スコラが何を腹に抱えていようとも、それごと飲み込んでみせるだけだ。
俺の判断が正解だったのかは、歴史が証明するだろう。デルフィ王国が発展するのならば、名采配だと。スコラがまた裏切るのならば、愚かな王子だと。
ならば、俺の手で名采配に変えてみせるだけだ。そう決意しながら、俺はスコラの手を握った。
「これだけは言っておく。誰もが、お前を疑いの目で見続けるだろう。針の筵に、立ち続けるだろう。それでも、ただ忠節を尽くせ。それこそが、俺の与える罰だ。いいな?」
「ええ。甘やかな罰を、ありがとうございます。信じられないかもしれませんが、わたくしはあなたに尽くしますわ。本当の信頼を手に入れるまで。それこそが、わたくしの望み。ようやく分かったのです」
そう言って、スコラは花開くように笑った。バーバラはため息をついて、ミリアは鼻を鳴らす。そしてアスカは、静かに微笑んでいた。
きっと、これからも苦難は待っているのだろう。スコラを殺さなかったことが、俺を追い詰めるのだろう。だが、俺は乗り越えてみせる。選んだ道を、強引にでも正しいものに変えるだけ。
そう誓いながら、笑みを浮かべるスコラが立ち上がるのを支えていった。