ひとまず、スコラは俺に対して素直に従っている。今のところはという枕詞はつくが、まあ悪くない。
スコラの率いていた軍も、一応ちゃんとまとまっている様子だ。全軍玉砕を命じたようなものなのに、よく統制を保っていられるものだ。あらためて、スコラの能力を感じさせられる。
情に突き動かされて救いこそしたものの、結果的には良かったのではないだろうか。本当の意味でスコラが味方になってくれるのなら、とても心強い。よく俺の指示を聞いてくれるから、裏切りにさえ警戒しておけば頼れるはずだ。
ということで、まずはスコラの軍が俺に従うように動いてもらう。そこから、少しずつ俺の影響を拡大していければ。そう考えていた。
そんなこんなで、俺たちは王都へとたどり着いた。一応は、凱旋という形になる。王都の民たちも、歓声を上げて迎え入れてくれる。ミリアやバーバラとともに、俺たちは前で手を降っている。
ひとまずの対応として、スコラやその配下には、装備などから色を消してもらい、目立たなくしている。とはいえ、スコラは俺の目に入る場所に居てもらう。裏でなにか企まれると困るからな。
「さて、殿下。これからどうするのだ? どうやって、ユフィアを納得させるつもりだ?」
「確かに、気になるところね。ユフィアに押されてスコラを殺す程度なら、残念極まりないわ」
歩きながら、ミリアやバーバラは問いかけてくる。俺の中では、案は頭にある。とはいえ、うまくいく確信はない。どうすべきかは、悩ましいところではあるな。
「スコラを使う利益を提示する方向性ではある。どの道、本人に挽回させる必要はあるだろう。そこまで面倒を見切れないからな。手間としても、俺の能力としても」
「案外、情に訴えかけるのも悪くないかもしれないわよ? 殿下は、十分な名声を得ているもの」
「くくっ、殿下の評判を悪用するというわけか。面白いな」
「わたくしは、殿下の望むままに行動しますわ。命の借りは、命で返す。あなたの言った通りに、ね?」
スコラは媚びるように、こちらに笑みを浮かべる。どこまでが、本心なのだろうな。完全に信じることは、難しい。一度裏切られているのだから。とはいえ、疑いを表に出しすぎれば、それはそれで良くないだろう。
罰は確かに必要だし、制限だって同じだ。だからといって、追い詰め過ぎればそれこそ爆発されかねない。適度な飴は、絶対に欠かしてはならない。本当に、難しい判断を要求される。
内心を隠しながら笑顔を周囲に振りまいて、そして王宮へと戻っていった。
兵士たちは置いていき、主だった人員だけでユフィアのもとへ向かう。これからどうするかを、話し合うために。そこでユフィアは、澄んだ笑顔でこちらを出迎える。
「ふふっ、顛末は聞きましたよ。やはり、ローレンツさんは面白いですね。ねえ、スコラさん?」
ちらりとスコラに目をやっている。まあ、聞いたというか、魔法で見ていたのだろうが。徹底的に情報を隠すあたりが、ユフィアらしいよな。
となると、まあ密偵が探っていてもおかしくない情報程度に絞って会話をするべきだろう。さて、どう話を進めたものか。そうだな。ハッキリと意思表示をしようか。そこから、交渉していけば良い。
「ユフィア。まずは、スコラを従えることになったことを報告したい。当面は、監視をつけたいと考えている。人員の選定は、ユフィアに任せよう。どうだ?」
言ってしまえば、かなりの部分を相手に委ねた選択ということになる。選定された人員次第では、スコラは殺されるかもしれないのだから。
それでも、譲歩すべきだ。スコラが相応に特別だと示しつつ、同時にただ許すわけではないと証明するためには。
「分かりました。では、こちらで人を用意しておきますね。ローレンツさんは、どの程度スコラさんと会いたいですか?」
柔らかい笑顔で、ユフィアは問いかけてくる。この質問への返答で、大きく今後が変わるだろうな。スコラに甘いというほどではなく、同時に適度に距離を縮められる答え。本当に、難題だ。
スコラの方を見ると、眉を寄せながら悲しそうな顔でこちらを見てくる。俺の感情に訴えかけようとしているかのように。どこまでが演技か、しっかりと見極めないといけない。
ミリアとバーバラは、こちらをじっと見ているだけ。口を出すことはしてこない。俺がどう判断するのか、誰もが注目している。
そうだな。決めた。俺の答えは、これだ。
「週に一度くらいは、会いたいところだ。お互いの状況を報告するのも、必要だろう」
ユフィアとは、ほぼ毎日会う。だからこそ、それより明確に少ないのは前提条件だ。ミリアとは、2、3日に一度会う。そこよりも少なくするのも大事だろう。裏切り者を長い付き合いの仲間よりも優先できない。
とはいえ、だからといって期間が長すぎると、スコラの状態を理解できない。月に一度では、刻々と変化する状況に対応できないはずだ。そのバランスを取った回答だと思うが、どうだろうな。
「では、そのように手配しておきましょう。私が時間を指定しますから、ゆっくりと話をしてください」
「かしこまりましたわ。では、殿下。また会える機会を、楽しみにしておりますわね」
これで、俺とスコラの関係をユフィアが制御するという構図ができあがった。だからといって反対をしてしまえば、それこそ最悪の選択だと言える。スコラの命も危うくなるし、俺が甘いと内外に示す結果になるだろう。
結局のところ、ユフィアが全部持っていくような感覚がある。だが、少しくらいは何かを引っ張れないだろうか。そこで軽く考えて返事をする。
「スコラ、お前の領をどう運営していたか、俺に教えてもらえるか? それを、今後の参考にしたい」
スコラが直接領の運営を采配するのは、まず間違いなく問題になる。だが、実質的にスコラの指示のもと運営する手段はある。それは、俺が直接意見を聞いて、それをもとに指示を出すこと。
そうすれば、スコラに恩を売りつつ、同時に俺の権限を拡大する道につながるだろう。まあ、ユフィアが面会の時間を極端に制限すれば、それで潰れる程度の策ではあるが。
ユフィアをちらりと見ると、笑みを深めて頷いていた。ひとまず、大きな壁は超えられたと思っていいだろう。
そしてスコラは、俺に跪いていく。誓いを果たすかのように、強くこちらの手を取って。
「殿下。あなたが望むことを、あなたの望むままに。必ずや、達成してみせますわ」
「ああ。スコラの働きに、期待している。しっかりと己の役割を果たすことだけが、お前の信頼を回復する道だ。それを忘れるなよ」
「もちろんですわ。わたくしは、一生をかけて殿下に尽くします。決して、違えませんわ」
「ふふっ、感動の誓いですね。では、スコラさんにはローレンツさんに尽くしてもらいましょう。まずは鉱山の採掘について、教えてあげてくださいね」
そう言って、ユフィアは微笑む。鉱山が手に入れば、つまり鉄が手に入る。戦略的に見て、大きな働きを得るだろう。そして、俺の権限は大きくなっていく。
狙い通りではあるものの、まだユフィアの手の中にいる。そんな感覚は、決して拭いきれなかった。
今もずっと、ユフィアは優しい笑顔を浮かべたまま。その事実こそが、現実を証明しているよう。これからの立ち回りで、挽回してみせる。笑顔に向き合いながら、俺は決意した。
だが、その意気は早々に打ち砕かれることになる。ミリアに礼を告げに向かった先で。
「殿下の態度次第では、今後の支援を打ち切る。これは、妾が決めたことだ」
その言葉に、俺は選択を迫られることになるのだった。