今回の戦いで、ミリアの功績は計り知れない。そこで、感謝を示しに向かった。メイドのマルティナに、菓子折りを用意してもらいながら向かう。いつもより楽しそうに準備してくれるのが目についた。
ミリアはいつも通り、足を組みながら俺を迎える。不敵な笑みを浮かべながら、こちらを見ていた。
「ミリア、今回はとても助けられた。お前のおかげで勝てたと言って良い。今後も、俺を支えてくれ」
菓子折りを渡して、頭を下げながら言う。ミリアは鼻で笑って、あごを上げてこちらを見る。その目には、どこかあざけりのようなものが見える気がした。
なんとなく、嫌な予感がした。そこで口を開こうとすると、ミリアが先に言葉を続ける。
「今後も、なあ? 妾はこれまで、お主をタダ同然で支えてきた。その対価は、いつ支払われるのだ?」
見下すように、告げられる。肩を揉んだり、水を飲ませたり、服を着替えさせたりした。そんな回答を望んでいるわけではないことは、明らかだ。
実際、楽なものだと思いながらミリアとの交渉に挑んできた。今回も、うまくいくだろうと。それこそが、ミリアの策だったのだろう。
つまり、ミリアの支援を前提として俺が動き出した段階で、手を引くことをほのめかす。そうすることで、要求を飲ませるというテクニック。完全に、術中に落ちていたということ。
甘かった。ただの商人でありながら騎士団長まで成り上がった存在に対して、油断などして良いはずがなかった。思わず、歯を食いしばってしまう。少し、音を感じた。
こちらの肩に手を置いて、ミリアは続ける。
「殿下の態度次第では、今後の支援を打ち切る。これは、妾が決めたことだ」
完全に、トドメの一撃と言って良い。仮にどんな無理難題を言われたとしても、受けるしかないだろう。ミリアの支援が受けられないのならば、俺の立場は完全に崩壊するのだから。
少なくとも、今は対処のしようがない。スコラの軍も、掌握できていない。鉱山の採掘についても、まだ何も動いていない。成果が出るまで乗り切るためには、ミリアの出す資金と兵力が不可欠なんだ。
敗北感にうなだれそうになりながら、俺はミリアに返事をする。おもねるように。少しでも、機嫌良くなってもらうために。
「ミリア、俺は何をすればいい? どうすれば、満足してくれる?」
「さて、なんだと思う? これで勉強になっただろう。タダより高いものはない、とな」
俺は返す言葉を持たなかった。完全に、言う通りでしかなかった。これまで、ミリアに十分な対価を払えていないのは事実だ。そして何より、俺に出せるものはほとんど無い。
金銭は論外。権力は、騎士団長以上の立場など用意できない。名誉だって、すでに爵位を与えた。俺の打てる手札なんて、残っていない。もはや、詰んでいる。
いや、待て。今はまだ、スコラの領地にまでは手が及んでいない。だが、これから先は話は別。なら、その利益をもたらすのはどうだ? それなら、相応にミリアだって満足してくれるはずだ。
「スコラの軍や鉱山の掌握を、一緒にやらないか? それなら、対価になるはずだ」
「殿下。妾は、いま払ってほしいと言っているのだ。分かるな?」
冷たい目で、こちらを見てくる。今すぐとなると、俺に出せるものは本当にない。どうすればいい。どうすれば、ミリアは満足してくれるんだ。何を求めている?
今というのは、俺にとっては最悪のタイミングだ。同時に、ミリアにとっては最適な状況だと言えるだろう。スコラの持つものを完全に掌握できれば、俺にも交渉材料ができる。
だから、ミリアはいま要求を突きつけたんだ。絶対に避けられない一手を打ってきた。敵ながら見事という他ない。だからこそ、俺は苦しいのだが。
打つ手がない。それなら、俺にできるのは、情に訴えかけることだけ。儚い希望だとしても、すがるしかなかった。
「ミリア。俺は以前、お前の命を救った。だから、少しだけ待ってくれないか? 全身全霊をかけて、お前に利益をもたらしてみせる」
その言葉に、ミリアはあっさりと首を振る。そして俺は、完全にミリアの言葉を待つだけになった。
「ダメだな。なあ、殿下。今こそ言おうではないか。妾に忠誠を誓え。心から、妾に従え。それだけで、許してやろう」
ミリアは笑みを浮かべて言う。急所を突かれたと言って良い。ここでユフィアを切り捨ててしまえば、俺は死ぬだろう。だが、ミリアを敵に回しても、ユフィアに見捨てられるだろう。
もはや、どちらを選んでも俺に待っているのは絶望だけだ。どうしても、ミリアの言葉には従えない。意味はないと分かっていても、俺には土下座することしかできなかった。
「頼む、ミリア。どうか俺を許してくれ。お前が満足するまで尽くそう。どれだけでも、利益をもたらしてみせる。だから、忠誠だけは……」
「自分の立場が分かっているのか? まあ良い。妾は寛大だからな。そうだな、まずは椅子になれ。そうしたら、少しくらいは考えてやろう」
俺は即座に、四つんばいになっていく。ミリアが座りやすいように、目の前で。すぐに、背中に重さを感じた。少しも乱れないように、全力で耐える。重いだなんて口にすれば、そうでなくても、体が震えれば終わりだ。
だからこそ、俺は自分が震えないように全身に集中していた。背中にかかる柔らかい感触を、ずっと意識していた。少しでもミリアが快適に座れるように。
「なかなか悪くない椅子だな。妾にふさわしいものだと言えよう。良いぞ、殿下」
「それは、嬉しいな。ミリアが満足してくれるのなら、何よりだ」
「まだ、満足しておらんぞ。殿下、もっと妾に尽くせ」
そう言いながら、さらに体重をかけてくる。俺は全力で耐え続けた。1分か、2分か。あるいは10分ほど経過したのか。ミリアは立ち上がって、今度は椅子に手をついていた。
「良くぞ、妾を支えたな。褒美をやろう。妾の尻に、顔をうずめて良いぞ。先ほどまで感じていたのだ。嬉しいだろう?」
挑発するように、ミリアは笑う。たかがプライドを踏みにじられる程度、どうということはない。それでも、ただ耐えるだけでは道はないだろう。ミリアが満足したといえば、終わり。それはつまり、本心など関係ないのだから。終わりのないゲームだと言えるだろう。
だからこそ、本当の意味でミリアの心を満たすべきなんだ。奉仕しながら、少しでも心に寄り添うべきなんだ。ならいっそ、自分から尽くしていくのはどうだ?
ここで失敗すれば、俺は終わるだろう。だからといって、いまさらミリアを敵なんて思えない。ずっと一緒に危機を乗り越えてきた仲間なんだから。そんな考えを持って、俺はミリアに近づいていった。
「まったく。俺が欲望を我慢できなくなったら、どうするんだ? 危機感が足りないんじゃないか?」
そう言いながら、俺はミリアの尻に顔を押し付けていく。ためらいなど、まるで感じさせないように。ミリアが本当に魅力的だと、今から伝えられるように。
「くくっ、妾を押し倒せるほどの力など、あるまいに。だが、良いぞ。妾を存分に味わえ。なあ?」
その言葉に合わせて、俺は深呼吸していく。我慢ならないとでもいうように。ミリアに心から魅了されているかのように。
しばらくして、ミリアが軽く震えるのを感じた。きっと、何らかの満足を得たのだろう。その様子を見て、俺は離れていく。少しでも、主導権を握れるように。
「なあ、ミリア。お前の足を舐めさせてくれないか? 全力で、奉仕させてもらうよ」
「良いぞ。さあ、しっかりと尽くせ。よくキレイにするのだぞ?」
ミリアは椅子に座って、俺に足を差し出す。それを受けて、俺は丁寧に足の先から裏側まで、全部を舐めていった。夢中になっているかのように、勢いも意識しながら。ミリアの目を、じっと見る。少しでも、感情を刺激させられるように。少しだけ、瞳が揺れているのが見えた。
しばらくして、片足を舐め終える。もう片方の足を手に持とうとすると、ミリアに両手で頬を抱えられた。
「のう、ローレンツ。妾の足は、お主の心で満たされているぞ。お主から求めるものは、無いのか?」
「なら、ミリア。お前の心をくれ。お前が信じてくれるのなら、それだけで良いんだ」
歪んだ解釈をされるかもしれない。そう思っていたが、構わなかった。きっと、ミリアはどこかで人を疑っているのだろう。だからこそ、本気で信じてもらうために行動すべき。そう決めていた。
ミリアは俺の顔を持ち上げ、口を開かせる。そして、俺の口へ向けて唾液を落としてきた。予想通りの展開だ。
俺は笑顔で受け止めていく。全部飲み込んで、またミリアに言葉を続けた。俺が絶対に折れないと、そしてミリアが心から大事だと示すために。
「なあ、ミリア。俺は何があっても、お前の敵にならない。だから、これからも、俺の側で生きていてくれないか?」
しばらく見つめ合って、ミリアはため息をついた。そして、呆れたような笑顔を見せてくる。
「くくっ、お主は折れないのだろうな。まったく、面倒なものだ。だが、良いぞ。これからも、妾に奉仕せよ。それで、忠誠は勘弁してやろう」
そしてミリアは、こちらから目をそらした。ひとまず、大きな課題は乗り越えられた。そんな満足感とともに、しばらくミリアの部屋で話をしながら過ごした。いつもより、笑顔が増えた時間のように思えた。
満たされながら自室で眠ると、夜中に重さを感じて目覚める。すると、メイドのマルティナが俺にナイフを突きつけているのが見えた。
「ねえ、殿下。私の質問に答えてください。それ次第では……」
そう言いながら、マルティナはこちらにナイフを押し付けてくる。失敗すれば死ぬ。その危機感が、背中に汗を流させた。