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第27話 センス

 犬カフェを出た私達は、今度は少し離れた河川敷の方へと向かう。

 どうやらそこには、とても面白いアトラクション的なものがあるのだそうだ。

 今度は一体何が待っているのか、私もワクワクした気持ちで一緒に向かう。


「着きました! ここです!」


 そうして連れてこられたのは、河川敷にポツンと建てられた謎の豆腐型の建物。

 そして中からは、カンカンという何か衝突するような音が聞こえてくる。


 ――えっと……ここは何?


 ちょっと考えてみるけれど、まったく分からない。

 ただ、さっきの犬カフェのような場所ではないことは確かなため、私は少し緊張しながらもフローラの後へと続く。


 建物の中は、外から見るよりも広々としていた。

 そして思った以上に中には人もいて、何やら棒のようなものを持った人達が飛んでくる球を打ち返していた。


 その光景を見て、私はピンとくる。

 ここは、前世で言うところのバッティングセンターなのだと。


 魔道具を利用し、野球ボールのような球体を高速で飛ばし、それをみんなが金属の棒で打ち返す。

 そして、飛んで行った先にある的に当たれば大当たり。

 うん、これはもう完全にバッティングセンターのシステムだ。

 私も前世で、小さい頃にパパがやっているところを応援したことがあるから一応知っている。


 ということは、もしかしたら私以外にも転生してきた人がいるってこと……?

 店主さんに聞いてみると、これはこの国以外でも世界的に流行っているアトラクションらしく、誰が発端なのかは不明なのだそうだ。


 まぁ他に転生者がいたとして、何がどうなるわけでもない。

 今の私は、この世界で生まれたメアリー・スヴァルトなのですから。


「ではメアリー様、まずは私がやるので見ていてくださいね!」


 やる気に満ち溢れたフローラが、私にお手本を見せるためさっそくプレイする。

 棒をしっかりと握り、ぐっと腰を落として構えるフローラ。

 その姿は、前世のテレビで観た野球選手のようだった。


 ――この子、やってるわね!


 そのフォームを見れば、素人の私でもエンジョイ勢かガチ勢かの違いぐらい分かる。

 フローラはきっと、ここに何度も通っているに違いない。

 だから私は、そのフローラのフォームをお手本にすべく目に焼き付けることにした。


 カキィイイイン!!


 そして第一球目、フローラは高速で飛んでくる球を芯でとらえて打ち返した。

 高々と飛んでいく球は、的の少し右を勢いよく通り抜ける。


「惜しい!」


 悔しそうに声を上げるフローラ。

 やはりフローラは、あの的をめがけて打ち返したのだろう。

 打ち返すだけでなく、飛び先までもコントロールしているのだ。

 つまりこの子は、ただの天使でもヒロインでもなく、実はスラッガーでもあったのだ!!


 カキィイイイン!!


 結果、飛んでくる球を全て打ち返したフローラは、全二十球のうち二球を見事的へと命中させたのであった。


「あはは、二球しか当てられませんでした。どうやら少し緊張してるみたいです」

「……いえ、十分凄かったわ。フローラ、あなたは魔法よりも野球を学ぶべきだと思うわ」

「やきゅう? とは何でしょうか?」

「……いえ、何でもないわ。次は私ね」


 そうだった、この世界に野球は存在しないのだった。

 もし存在すれば、フローラは今頃四番打者として猛威を振るっていたに違いない。


 とりあえず、フローラからここの遊び方は教えて貰った。

 正直前世のパパよりも、フローラの方が様になっていたと思う。

 まずは棒をしっかりと握り、腰を落として飛んでくる球を打ち返す……よし!


 イメージを固めつつ、気合を入れて所謂バッターボックスへと立つ。

 そして前方の魔道具から、フローラの時と同じように球が高速で飛び出してくる。


 ズバーン!


 いや、はっや!?

 え、何!? フローラは今、これをほぼ全球打ち返していたの!?


 遠目で見るのと、いざここに立って見るのとでは体感速度が全然違った。

 タイミングを合わせるのに許される時間は、たったの一秒ちょっと。

 その僅かな間に、振りかぶって棒へ球を当てなければならない。

 それは控えめに言って、神業に近い所業だった。


「えいっ!」


 次の球に合わせて、思いっきり棒を振ってみる。

 しかし私の振った棒は、完全に振り遅れて空振りしてしまう。


「メアリー様! しっかりと球を見るんです!」

「はいっ!」


 あれ? いつの間にマジラブは、乙女ゲームからスポコン作品になったのかしら?

 ……まぁいいわ、今は目の前の球に集中よ。


 気合いを入れて、次の球を待つ。

 少しだけ目も慣れてきた私は、まずは球に棒を当てることだけに集中することにした。


「!! ここだぁ!」


 今度は球の軌道に合わせて、棒を振る。


 カキィイイイン!!


 すると、棒は初めて球に当たると、気持ちの良い音を立てながら前方へと飛んでいく。

 そしてそのまま、打ち返した球が見事的へと命中するのであった。


「すごいです! メアリー様!」

「当たった!? 今当たったわよね!?」

「はい! 凄すぎます!!」


 それほど力まなくても、棒の芯で捉えたら思った以上に飛距離が出た。

 これが所謂、柔よく剛を制すってやつなのね!

 たかがアトラクションだと侮ってはいけない、これはもっと深い部分にも通じているのだ――。

 それからコツを掴んだ私は、フローラほどではないがその後も何球か打ち返すことに成功した。


 これ、思っていた以上に楽しい!

 身体も動かせるし、何より解放感とカタルシスが凄いのだ。

 前世ではよくルールが分からないし、男の子のお遊びだと思って全く興味を抱かなかったけれど、野球ってこんなに面白かったのね!


「お疲れ様です、メアリー様! 初めてなのに、凄すぎます!」

「そう? 私もいつか、フローラのようになれるかしら?」

「もちろんです! メアリー様でしたら、私なんてすぐに超えられますよ!」


 それは絶対にないと思うけれど、ありがとう。

 フローラが私以上に喜んでくれるから、私も嬉しい。


 こうして二つ目に紹介されたアトラクションも、私はすっかりハマってしまったのであった。

 今度お父様にお願いして、うちでもバッティングスペースを用意したいと思います。



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