うう、足腰が痛い……。
結局フローラとともに、異世界バッティングセンターも全力で楽しんでしまった……。
フローラに乗せられて遊んでみたが、これが意外と面白かった。
前世の病弱だった頃とは違い、今は悪役令嬢をやれてしまうぐらいには超健康体。
自由に身体を動かせる喜びを抱きつつ、飛んでくるボールが棒に当たった時のあの高揚感は堪らない。
球を打ち返す快感、プライスレス――。
しかし、さすがは異世界。
フローラが最後に上級者コースへ挑んでいたのだが、まさか炎を纏った球が飛んでくるとは思わなかったし、それをフローラが普通に打ち返すとも思わなかった。
黙っていれば可憐な女の子が、炎を纏った剛速球をパワーで打ち返しているその光景は、最早ギャップという言葉では片づけられなかったな……。
やっぱりフローラだけは、絶対に敵に回してはならないと分からされた……。
「沢山運動しちゃいましたね!」
「そうね……」
既にクタクタな私に対して、まだまだ元気百倍なフローラ。
感心しつつも、思えばこの夏休み運動不足だった私は、これもいい運動になったし総じて良かったと思う。
そんな、フローラプレゼンツの楽しい一日。
すでに私は、知らない世界を沢山教えて貰うことができている。
だけどフローラは、次もどうしても私を連れていきたい場所があると言うので、私もどこへ連れて行って貰えるのか楽しみになりながら案内されるのであった。
◇
河川敷から中心街の方へと戻り、フローラに連れられてきたのはザ・大衆酒場。
でっかい牛の顔の看板が目立つ、周囲よりも一回り大きいお店。
お肉の焼ける芳ばしい香りが外まで漂ってきており、運動してきた私の食欲が刺激される。
しかし、ここは酒場。
まだ学生の私達が立ち寄るような場所でもないのだが、どうやらここは料理が人気なようで、食事だけを楽しむ人も多いのだそうだ。
その証拠に、店内には家族連れで食事を楽しんでいるテーブルもちらほら見える。
「ここ、前に家族と食べに来たんですけどね、すっごく美味しかったんです! でも、この時間は混み合っていますね……」
「賑やかな方がきっと楽しいわ。それに、とってもいい香りがするわね」
「良かったです! 本当に美味しかったので、喜んでもらえるかなと思いまして!」
本来ならば、貴族がこういう場所で食事をするものではない。
しかし、私はもうそういう考え方には縛られないように心掛けている。
何より、フローラが私のためにオススメしてくれているのだ。
だったら今日ぐらい、どんな所へだって行きたいに決まっている。
こうしてフローラとともに、騒がしい大衆酒場へと足を踏み入れる。
中は外から見るよりも賑わっていて、飲み会を楽しんでいる他のテーブルから楽しそうな談笑が聞こえてくる。
その様子は、前世で言うまさしく大衆酒場。
そんな雰囲気も物珍しくて、ここにいるだけで何だか楽しい。
「メアリー様! ここ、お肉盛りが凄いんです!」
「へぇ、じゃあそれを頼みましょうか」
「はい! きっとビックリしますから!」
私を驚かせたいのだろう、子供のようにワクワクとした表情を浮かべるフローラに、私も自然と笑みがこぼれてしまう。
本当にこの子は、人を惹きつける天性のヒロイン属性なのだろう。
「店員さーん! 注文をお願いしますー!」
「はいよー! って、おやぁ? もしかして嬢ちゃん、お貴族様かい?」
「私? ええ、そうですわ。よく分かりましたわね?」
「ハッハッハ! 一目見れば分かるよ! そんじゃあ、お貴族様のお嬢ちゃんにも喜んでもらえるような、とびっきりの料理を持ってくるからねぇ!」
私が貴族と知っても、フレンドリーな接客をしてくれる女性の店員さん。
そんな接客も新鮮で、何だか嬉しくて、やっぱりここの何もかもが貴族社会とは違うことを知る。
以前の私にとっては、貴族社会こそが全てだった。
だからこそ、それ以外を認めるなんて発想も正直持ち合わせてなどいなかった。
でも実際に、こうして庶民の中に溶け込んでみると全然違っていた。
それは私が、前世の記憶を取り戻したからというわけではなく、本当にただの食わず嫌い。
要するに、分かろうとしていなかっただけなのだ。
パン屋さんで食べたパンはどれも美味しかったし、犬カフェは最高だった。
異世界バッティングセンターも良い運動になったし、ここのお店も賑わっていて居るだけで楽しい。
そんな沢山の楽しいを、私は何も知らなかった。
貴族だからとか、庶民だからではなく、楽しいものは楽しいし良いものは良い。
そんな当たり前のことを、今日を通じて私はより深く知ることができた。
「はいよ! お待ちー!」
「ありがとうございます!」
届けられた肉料理は、たしかに予想を大きく超えるものだった。
大きなお皿に、これでもかっていうぐらい盛られた様々な部位のお肉。
前世だったら、きっとこれがSNS映えするというやつなのだろう。
生憎身体の弱かった私は、そういう若者らしいことを全くできなかったからこそ、何だかテンションも上がってくる。
「さぁ! 冷めないうちに食べましょう!」
「そ、そうね」
しかし、こんな山盛りを女性二人で食べ切れるの……?
私の不安を他所に、お構いなしのフローラはお肉を一切れ口へ運ぶと、それはもう幸せそうな笑みを浮かべている。
――まぁ、気にするだけ野暮ね。
今日だけは私もフードファイターよ。
カロリーも気にせず、お肉を平らげてやりましょう!
そう意気込んで、口いっぱいにお肉に噛り付く。
「どうです?」
「んんっ!? おいひぃわ!」
口に物を含んで話すなんてはしたないけれど、あまりの美味しさに思わず言葉が漏れてしまった。
見た目は豪快だけれどお肉は柔らかく、数種類の香辛料でしっかりと味付けされたお肉は普段食べているものよりも美味しいかもしれない。
きっとこれは、このお肉料理一筋で長年磨かれてきた料理スキルと、一度に沢山の食材を仕込んでいるからこそ出せる味なのだろう。
――これはもう、一種の完成形ね……!
まだまだ沢山ある料理を前に、私の食欲は加速していく。
フォークを握った私は、また新たな肉塊へと挑む――。
しかし、その時だった――。
「……あれ? フローラさんと、メアリー様?」
偶然テーブルの隣を通りかかった男の子に、私達は声をかけられる。
驚いて振り向くと、そこにはまさかのトーマスの姿があるのであった。