――え、なんでトーマスがここに?
口いっぱいにお肉を頬張りながら、私は突然現れたトーマスの姿をみて固まる。
ただフローラと食事を楽しんでいただけなのに、どうしてここに前世の推しがいるのだろうか……?
全く理解が追い付かないが、可能性はあった。
それこそ、この間クロード様といるところをフローラに見られたように、他の誰かだってこの街にいるのが自然。
だからこれは、完全なる私の失態。
こんな大きな肉塊を、頬いっぱいに含んでモグモグさえしなければ、こんな姿を推しの前で晒すことなんてなかったわけで……。
「……あの、すみませんお食事中に」
「んんっ! ケフッケフッ! い、いいの!」
気まずそうに立ち去ろうとするトーマスを、私は慌てて飲み込んで引き留める。
この無様な姿を晒したまま、ここで別れてなるものかと。
「トーマスさんは、なんでここに?」
「あ、はい。家族で食事をしに来てるんです」
「なるほど、じゃあ同じですね」
私と違い同じクラスメイトのフローラは、普通にトーマスと会話している。
それが羨ましくも、この場は助けられたことにほっとする。
――私も推しと、あんな風に話したいな……。
今だけは、公爵令嬢ではなくただの女子高生黒瀬小百合。
ずっとやってきたゲームの推しが、今目の前にいるのだ。
こんなもの、高まらずにいられるはずもなく――。
「でも、少し意外ですね。フローラさんとメアリー様が一緒にいるとは思いませんでした」
「あはは、そうかもね。自分でもびっくりだよ。でも、メアリー様は本当にお優しい方ですから」
「そうですね、知っています」
そんな言葉を交わしながら、微笑み合うフローラとトーマス。
――えっと、これは何?
二人して、私のことを褒めてくれてるってことでいいのよね?
それは嬉しくもむず痒くて、褒められ慣れていない私は反応に困ってしまう。
だが、これはもしかしてチャンスなのではないだろうか。
もう少しだけトーマスに居て貰えば、私もお話できるのでは――!?
これが俗に言う、不幸中の幸いというやつなのだろう。
さっきの失態も、きっとこの流れのために繋がっていたのだ。
そう、神様は見てくれているのよ……まぁ、私はこの世界の神様を信用していないのだけれど。
何はともあれ、私は意を決し行動に移す。
「あ、あのー、トーマスさん?」
「は、はい! メアリー様!」
「そんなに畏まらないで。立ち話もなんですし、こちらにお座りになったら?」
よし、自然だ。あまりにも自然に、私は推しを隣の席へと誘うことに成功した。
まるでさっきの失態など無かったかのように、公爵令嬢ムーブで私の隣の席へ座るよう勧める。
「ふぇ!? い、いや、でも僕なんかが……」
「駄目ならお誘いしていませんわ。フローラもいいでしょう?」
「ええ、もちろんです」
「……で、では少しだけ」
フローラの同意もあり、トーマスは顔を真っ赤に染めながら隣の席へと腰かける。
まぁこの世界における、公爵令嬢という高貴な身分の隣だ。
平民のトーマスが緊張してしまうのも無理はない。
でもこれで、前世の推しと隣り合わせ――。
――やばい、意識したら自分まで緊張してくるわね。
二人に悟られないように平然を装うも、私はもうお肉料理どころではなくなってしまう。
「さ、料理も冷めてしまいますし食べながらお話しましょう。良ければトーマスさんも、いかがです?」
「え? で、でも……」
「私達だけでは食べきれないもの。良ければ手伝ってくれないかしら?」
「そういうことでしたら、分かりました」
フローラの言葉に、私も乗っかる。
それならばと、トーマスも一緒にお肉料理の消化を手伝ってくれることとなった。
しかもお皿によそったのは、一番大きい塊部分。
そんな、見た目に反して男らしいところもあるんだなと、推しの新たな魅力を発見できて勝手に高まってくる。
こうしてトーマスを交えながら、学園のことなどについて語らう時間は控えめに言って最高の時間だった。
美味しい料理に、大切なお友達。
そして、前世の推しまで同席してくれているのだ。
それはもう、私にとってこの上ない状況と言えるだろう。
「でも、何て申しますか……ちょっと、意外でした」
「意外?」
「ええ、僕がこれまで抱いてきたメアリー様の印象と、実際は違っていたんだなって思いまして」
「……それは、どう違っていたの?」
「それは、その……結構ワンパクな食べ方をされるのだなって」
トーマスの言葉に、私はピキリと音を立てながら固まってしまう。
完全に過去のことにしてしまっていたが、トーマスの脳内にはしっかりと記憶されてしまっているようだ……。
――ああ、終わった……。
そりゃそうだ。公爵令嬢が、口いっぱいに食べ物を詰め込みながらモグモグしていたのだ。
驚くのは当然だし、普段では絶対にあり得ないことだから、あれが普通だとは思わないで欲しいのですけれど……。
生憎この世界にも、時間を巻き戻す魔法は存在しない。
だから私も、この辛い現実を受け止めるしかなかった。
「……恥ずかしいところを、見られてしまったわね」
「そんな、恥ずかしいだなんて! むしろ僕は、メアリー様により親近感を覚えました!」
「分かります! 私も、メアリー様のことが増々好きになりました」
トーマスの言葉に、フローラもうんうんと頷きながら同意する。
どうやら私の先ほどの失態も、二人の目には良く映っていたようだ……。
相手は貴族ではなく平民。
だから当然、物事に対する価値観も違う。
つまり私は、所謂ギャップというものを引き出したということ……?
まぁいいだろう、終わり良ければ全て良し。
ほっと一息つく私の姿に、二人は可笑しそうに一緒に笑ってくれる。
そこにはもう、貴族とか平民とか身分の壁はなく、学友として対等な関係が築かれているのであった。