「ここで待っていれば、いいんですね」
神妙な面持ちで、確認してくるゲール。
私は今、そんなゲールと二人でとあるレストランへとやってきている。
ゲールには、アークライト家の社交界の時の貸しがあるし、何より貴重なロマンス小説仲間。
だから今日は私が一肌脱いで、思い人であるフローラとの食事会の場をセッティングしたのである。
しかし、これからフローラが来るということで、緊張して落ち着きがないゲール。
いつも掴みどころがなくミステリアスな雰囲気の彼が、こんな風にソワソワしている姿はちょっと新鮮だ。
「もう少ししたら来ますので、今日は頑張ってくださいね」
「……どうしよう、いざ会うのだと思うととても不安だ」
「望んだのは貴方ですよ? もっとシャキっとしてくださいまし」
ヒロインのいないところでは、ゲールも普通の男の子。
ゲームではいつも掴みどころがなかっただけに、これもゲームとは異なる世界線が故の違いなのだろうか?
考えたところで分からないけれど、こういう分かりやすい性格をしている方が可愛いなと思う。
しかし、勢いで場をセッティングしたのはいいものの、これから二人はどうなってしまうのだろうか。
ここで私が失言でもしようものなら、二人の中を遠ざけてしまうことにも成りかねないと思うと少し緊張してきてしまう。
ちなみにフローラには、今日はただ三人で食事をしようとだけ伝えてあるため、ゲールの気持ちは知らない。
そもそもフローラは、ゲールについてあまりよく知りもしないのだ。
ゲールは私の友人として呼んでいるため、あくまで私を挟んだ関係でしかない。
ちなみにマジラブでは、二人は図書館で出会うこととなる。
参考書を探しているフローラへ、偶然居合わせたゲールが声をかけたのがキッカケとなり、二人は徐々にお互いの距離を詰めていくことになる。
しかし、この世界線でゲールに声をかけられたのは、フローラではなく何故か私。
当然だけれど、悪役令嬢である私相手に恋愛感情など生まれるはずもなく、私達はロマンス小説仲間という関係に落ち着いている。
そう考えると、やっぱり私はこの世界のヒロインではないのだなと分からされつつも、これからゲールはついに本物のヒロインと対面することとなるのだ。
既にゲームと比べてキャラ崩壊レベルで人格の異なるゲールなだけに、これからどうなるのか全く予測がつかない。
そして――、
「すみません! お待たせいたしました!」
私達を見つけると、慌てて席へと駆け寄ってくるフローラ。
今日のフローラは、シンプルな薄ピンクのドレスを着ており、しっかりとおめかしをしてきている。
学園の制服でも、ちょっとパン屋へ出かけるラフな格好でも、この間のようなお洒落とも違う、今日のフローラはちゃんとおめかしをしてきているのだ。
その姿は、同性の私でも思わず見惚れてしまいそうになるほど美しい。
彼女がこの世界のヒロインなのだと、前情報がなくても分らされてしまうほどに……。
「今日は、相席させて貰ってすみません」
「い、いえ! こちらこそですっ!」
私が声をかけるより先に、フローラへ声をかけるゲール。
さっきまでの緊張が嘘のように、その振る舞いは至ってスマートだった。
何なら、その振る舞いはゲームでのゲールと同じであり、ニコリと浮かべた笑みからは感情が読み取れない。
そのせいもあり、むしろフローラの方が頬を赤らめながら緊張してしまっている。
――あれ? これってマジラブどおりなのでは?
私の隣に座ったフローラは、ゲールを前にして少し居心地が悪そうにモジモジしている。
別に嫌っている様子はなく、ほぼ初対面の男性を前に緊張しているように見える。
対してゲールはというと、私を見ているのかフローラを見ているのか分からない様子で、ただ私達の方を向いてニコニコと微笑んでいる。
「では、コースをスタートいただきましょうか」
とりあえずここは、改めて私が仕切り直す。
まずは美味しい料理をいただいて、そこから会話に花を咲かせる。
それが今日、ゲールと決めた作戦。
つまり今の私は、恋のキューピット。
今回の食事会を経て、二人の中が少しでも縮まるようにフォローしよう。
それにゲールだって、マジラブの攻略キャラの一人なのだ。
フローラがゲールのことを好きになる可能性だって大いにあるのだから。
「今日は、素敵なお店をご紹介いただきありがとうございます!」
「良いのよ、これはこの間のお礼よ」
「そ、そんな! こんな高級そうなお店、私なんかがいて場違いではないでしょうか……?」
「そんなことないわよ。むしろ私は、フローラがこの場で一番可愛いと思うわよ。ねぇ、ゲール?」
「ええ、そうですね」
空かさず私がゲールへ話を振ると、ゲールはニッコリと微笑んだまま自然とフローラのことを褒める。
その結果、フローラは二人から褒められたことが恥ずかしいのか、その頬を真っ赤に染める。
「そ、そんなお世辞は大丈夫ですからっ!」
「あら? 私はお世辞で人を褒めたりはしないわよ」
「そうですよ。本当におキレイですよ」
「うぅ……」
完全に二対一の状況に、フローラは恥ずかしそうに顔を両手で覆ってしまう。
こうして始まった、運命のお食事会。
私は恋の訪れを感じつつ、まずは二人が仲を深めるためにも食事を楽しむことにするのであった。