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第32話 夏の終わりと一大行事

 早いもので、夏休みも終盤。

 思い返せば色々あった今回の夏休みも、もうすぐ終わるのだと思うと少し物悲しい。

 思えば前世でも、夏休みの終わりは同じ気持ちだったな……。

 まぁこの世界では、夏休みの宿題という宿題もない分楽だったけれど、代わりに公爵令嬢としてすべきことが沢山あったからむしろ慌ただしかったように思う……。


 しかし、今年の夏はまだ終わってはいない。

 それにこれから、この夏一番のイベントが控えているのだ。


 それは、王家の開催する社交界。

 この国最大規模にして、国中の貴族や権力者が一堂に集められるという一大行事である。

 もちろんスヴァルト公爵家も呼ばれるわけで、様々な貴族や権力者達との顔合わせが行われるため、私はお父様に連れ従って挨拶回りをしなければならない。


 まぁそれはいい。

 ずっとやってきたことだし、その重要性も重々承知しているから。


 ただ問題は、そのあとだ。

 クロード様の婚約相手である私は、例年挨拶回りが済んだらクロード様の隣に居るというのが通例となっている。


 それは、クロード様に変な虫が近づかないようにするための牽制でもあり、何よりクロード様自身に恥をかかせないため。

 だって私は、婚約者なのだから。

 もし私が同じ場所でぶらついていては、クロード様に変な目を向けられてしまうだろう。


 だから去年までの私は、喜んでクロード様の隣に連れ従っていた。

 そもそも私自身、クロード様の婚約相手として相応しい存在になることが、人生最大の目標でもあったのだ。

 だからこそ、数少ないクロード様と行動を共にできるこの社交界を、私はずっと楽しみにしていたぐらいだ。


 ……でもそれは、去年までの話。

 今の私は、もうクロード様の婚約相手では……いや、婚約相手なのは変わらないのか。

 婚約解消を申し出た件を、何故かクロード様から却下されてしまったのだから。

 でも今の私は、もうクロード様へ固執などしていない。

 むしろこの世界における最大の危険人物として、出来る事なら距離を置きたいとすら思っているのだ。


 だからこそ、気が重い……。

 私達のことは、恐らく誰も知らないまま。

 つまり今の私も、クロード様の婚約相手に変わりはないのだ。

 それは間違ってはいないのだけれど、心の距離が違うと申しますか……。


 しかし、相手は王族でしかも第一王子様。

 いくら公爵家とはいえど、そんな高貴過ぎる相手のことを蔑ろになどできるはずもなく、私に抗う余地はないのである。


「……仕方ない、諦めて例年通り振る舞いましょう」


 時間にして、せいぜい三時間程度。

 この三時間さえ乗り切れば、また変わらぬ日常が待っているのだ!


 そう心を切り替えながら、来たる社交界へ気持ちを整えるのでした――。


 ◇


 社交界当日がやってきた。

 お父様もお母様も、普段より気合いの入った格好をしている。

 それは私も例外ではなく、クロード様の婚約相手として恥が無いようにと、この日のために用意しておいた真紅のドレスを着させられている。


 上質な生地に、所々に散りばめられた宝石。

 前世の相場だと、一体いくらぐらいするのだろうか……考えただけで恐ろしい。

 そんな高価なドレスを着こんだ私は、渋々馬車へと乗り込む。

 今日はお母様も同伴なせいもあり、道中もクロード様とのことをあれこれ聞かれてしんどい……。

 まぁ親からしてみれば、大事な一人娘を王家へと嫁がせるのだ。

 これ以上のホットな話題はないのだろう。

 隣で頷いているお父様は、心なしか結婚というワードを耳にする度少し浮かばない表情をしているけれど……。


 そんな会話攻めに合っていると、あっという間に到着する王城前。

 馬車を停めると、他にも沢山の馬車が並んでいる。

 それだけ今回の社交界の規模が大きいことを意味していた。


 ――いよいよね、気を引き締めてまいりましょう。


 たとえハリボテでも、今日の私はクロード様の婚約相手。

 だからこそ、今日はしっかりとその役目を全うするしかない。

 そんな覚悟を決めて、今回の会場である王城の最も広い応接間へと向かう。

 ここへ来るのも何度目だろうか、広くて豪華な空間は何度来ても驚かされてしまう。

 既に会場には沢山の人が集まっており、ぱっと見ただけでも名のある

貴族達の姿があった。


 そして、そんな広い会場の中。

 テラス部分から会場を見下ろしている一人の人物が目に留まる――。


 白銀の髪に、陶器のように白い肌。

 まるで絵画の中から飛び出してきたような、儚くも美しいその整い過ぎた容姿は、この会場の中でも目を引くものがあった。


 そう、あのお方こそが、クロード様の弟にしてここバーワルド王国の第二王子。


 クライス・バーワルド――。


 クライス様は私を見つけると、何やら不敵な笑みを浮かべながら立ち去っていくのであった。


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