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第33話 エスコート

「よ、メアリー嬢」


 挨拶回りが一通り済んだのを見計らったかのように、キースが声をかけてくる。


「……何ですか?」

「なんだよ連れないなぁ。俺達の仲だろう?」

「仲って何ですか」

「んー、そうだな……親友とか?」

「そんな覚えはございませんわ」


 全くこの人は……。

 自分だってそんな風には思っていないと、キースの顔にも書いてある。

 いつもこうして、私のことをおちょくっては小馬鹿にしているだけなことはお見通しよ。


「まぁまぁ、どうせお貴族様だらけの社交界だ。ここは同世代同士仲を深める名目でやり過ごそうぜ」

「……分かりましたわ」


 相手はこれでも、同じ公爵家の人間。

 この場では王家に次ぐ身分であり、決して邪険にして良いような相手でもない。

 それにこの場が気疲れするというのも、キースの言う通り。

 だからクロード様と行動を共にするまでの間、キースには人除けになって貰うことにした。


「しかし、相変わらず凄い人だよな」

「ええ、国中の貴族や権力者が集っていますものね」

「でも、その中でも今日のメアリー嬢は輝いてるぜ?」

「輝いてる? ……ああ、このドレスですわね」

「ああ、とても良く似合ってる」

「……ありがとうございます」


 いきなり真顔で褒めてくるから、私も反応に困ってしまう。

 でも両親や家の者以外からもそう言って貰えるのは、素直に嬉しい。


「やっぱり、変わったよな」

「変わった?」

「ああ、最近のメアリー嬢は、何ていうか可愛くなった」

「か、かわ――!?」

「クロードがいなければ、俺が貰っちゃいたい程度にはな」


 そんな言葉とともに、顔をグイッと近づけてくるキース。

 そんなノールックで口説くようなアプローチをしてくるキースを前に、私は反応に困ってしまう。

 まさかこの会場の誰かではなく、最も身近に危険人物が紛れ込んでいたとは――!?


「ご、御冗談はよしてくださいまし! 私には、クロード様がいらっしゃるのですからね!」

「でも、メアリー嬢の方から婚約解消を申し出たんだろ?」

「な、何故それを!?」

「前に、クロードがそうぼやいていたからな」


 まさか、私達二人以外にもそのことを知る人物がいたなんて……。

 困惑する私に、キースはいたずらな笑みを向けてくる。


「だから、俺が貰っても問題はないはずだが?」

「ちょ、ちょっと……」


 逃げ場を無くした私に、キースの顔がゆっくりと近づいてくる。


 ――何これ!? 乙女ゲーム!?


 でも、私はヒロインじゃなくて悪役令嬢ですよ!?

 え、何? 意味が分からないんですけど――!?



「キース、揶揄うのはそこまでにしておけ」



 どうして良いか分からず目を瞑っていると、クロード様の声が割って入る。

 その声はどこか不機嫌なようで、驚いて目を開いて確認すると、声だけでなく表情にも不機嫌そうな感情の滲み出たクロード様の姿がそこにはあった。


「悪い悪い、ちょっとした冗談だよ」

「ふん、どうだかな」


 いつものように飄々と誤魔化すキースに、どこか疑うような視線を送るクロード様。

 そんな二人のやり取りだけを見せられると、まるで自分を取り合っているように見えなくもない。

 しかし、キースのはただのお戯れだと分かっているし、クロード様も周囲の目を気にしているだけ。

 そんな事は重々承知している私は、変な勘違いはしないようにこの場を取り繕う。


「ク、クロード様、ごきげんよう?」

「メアリー、お前もだ。もう少し、気を付けてくれ」

「は、はいぃ……」


 怒られてしまった……。

 そりゃそうだ、お相手はこの国の第一王子。

 たとえ相手が公爵家の人間だろうと、婚約相手が浮ついていては恥をかかせてしまう。

 もっと気を張っていなければと気持ちを改めながら、私はプロ婚約者モードを発動させる。


 まずはクロード様の腕に手を回し、ピタリと隣へ並ぶ。


「申し訳ございませんでした、クロード様」


 そして上目遣いにクロード様の顔を見上げながら、少し媚びるように改めて謝罪する。

 するとクロード様は、咳払いを一つすると「もういい」と謝罪を受け入れてくれた。

 その頬は、僅かばかり赤く染まっているような気がするのは気のせいだろうか……。


 そんな私達に対して、キースはキースで何やら挑戦的な笑みを浮かべているのもどうか気のせいであって欲しい……。

 こうして今回の社交界も、私はクロード様のエスコートで回る事となった。

 様々な他の貴族への挨拶に、クロード様と踊るダンス。

 それは去年までと変わらないのだけれど、何故か意識してしまっている自分がいた。

 それは多分、クロード様も同じ。

 どこかぎこちないというか、踊っている間も少しだけ動きが硬く感じられた。


 クロード様といえば、いつも無表情で感情が読み取れないお方。

 それでも、対女性の際は上手くエスコートしてくれる、正しく王族として相応しいお方なのだ。

 そんなクロード様が、私を見たかと思うと視線を外したり、何となく余所余所しいのだ。

 何故そんな態度を取られているのか気になるけれど、何となく私から踏み込むのは躊躇われた。


「メアリー、その、なんだ……」

「何でしょうか?」


 ダンスを終え、並んで椅子に腰かけながら休憩していると、少しぎこちない様子でクロード様が声をかけてくる。


「――ってる」

「え?」

「――よく似合ってると言ったんだ」

「あ、ああ、ありがとうございます」


 小さくて聞こえなかったが、どうやらクロード様は今日のドレスを褒めて下さっていたようだ。

 今日この日のために用意したドレスだから、褒められるというのは素直に嬉しい。

 しかし、何故そんな褒め方なのかはやっぱり気になってしまう。


 ――というか、凄く気まずいのですけれど……。


 この謎の沈黙、物凄く居た堪れない……。

 だから私は、せっかく褒めて下さったこのドレスのお気に入りポイントの話をすることにした。


「あ、見てくださいクロード様! この胸元の宝石とか凄く可愛くないですか?」


 そう言って私は、クロード様にもよく見えるように胸元を摘まみながら可愛いポイントを説明する。

 しかしクロード様は、一瞬だけこちらを見るとすぐにそっぽ向いてしまう。

 こういうのは、女の子同士でないと中々伝わらない話題だったかと、言ってすぐに後悔するも時すでに遅し……。


 どうしたものかと困惑していると、クロード様はそっぽ向いたまま口を開く。


「……分かったから、もういい」

「え? 見てくださいました?」

「見た。だからもう、胸元はしまっておけ」


 胸元をしまうって……。

 そう思い私は自分の胸元へ目を落として、初めてその言葉の意味を理解する。

 元々胸元の開いたドレスだったため、軽く掴んだだけでも胸元がさらに強調されてしまっていたのだ。


 そのことに気づいた私は、一気に顔が熱くなっていくのを感じる。


「あ、あの、これは不慮の事故と申しますか――」

「わ、分かっている。だが、今後は気を付けろ」

「は、はいぃ……」


 しまった、完全に失敗した……。

 見せたかったのはドレスであって、決して胸の谷間などではないのです信じてください。


 そんなこんなで、例年とは違いどこかギクシャクなってしまいながらも、社交界自体はつつがなく行われていくのでした。


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