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第34話 まさかの

 社交界もそろそろお開きになろうかという頃、お手洗いへ向かうため離席する。


「会場から遠いのが、少々面倒ですわね……」


 しかし、会場で出されていたあのフルーツジュースは本当に美味しかったな。

 前世で言うところの、メロンのようなマンゴーのような。

 濃厚だけれど、それでいてすっきりとした甘みが最高過ぎた。

 あまりに美味しすぎたせいで、つい調子に乗って三杯も飲んでしまったのは失敗したけれど……。

 あのジュースの詳細は後ほど聞いておくとして、とりあえずお手洗いへ急ぐとしましょう。


「やぁ、メアリーさん」


 しかし、お手洗いへ急ぐ私をまるで待ち受けていたかのように、一人の人物に呼び止められる。

 一体誰よと思い振り向くと、そこにはまさかのクライス様の姿があった。


 クロード様の一つ下の弟で、この国の第二王子であるクライス様。

 病弱なこともあり、これまであまりこういう社交界に姿を現す事はなく、ここ数年は会話すらしていなかっただけに驚きを隠せなくなる。


 そんなクライス様だけれど、実はマジラブには一切登場してきてはいない。

 あくまで学園生活での出来事が主軸だったため、クロード様に弟がいるという情報すら一切公開されていなかったはず。

 ゲームをやり込んだ私が知らないのだから間違いない。

 当然この世界の私としては、幼少の頃からクライス様の存在を知っているし、昔はよく一緒に遊んだりもした仲でもある。

 だからこそ、こうして再会するまでその事には全く気付かなかった。


「クライス様……」

「久しぶりだね」


 満面の笑みを浮かべながら、こちらへ近づいてくるクライス様。

 クロード様より一回り小柄で、カッコイイよりは可愛い系の容姿。

 もしもクライス様が女性だったとしたら、きっととんでもない美少女になっていたことだろう。


「ええ、本当にお久しぶりですわ」

「こうして会話するのは何年ぶりだろうね」


 クライス様は、私からすれば婚約相手の弟。

 だから決して邪険には出来ないお相手だけれど、何故今になって接してきているのかその意図が読めず警戒を高める――。


「あ、ごめん。お手洗いだよね?」

「え、ええ、そうですわ」

「ごめんね呼び止めて。行っておいでよ」

「ありがとうございます」


 てっきり何か用があると思ったのだけれど、意外とすんなりとお手洗いへ向かわせてくださるクライス様。

 正直我慢をしていた事もあり、今はあれこれ考えずお言葉に甘えてお手洗いへと急ぐことにした。


「うん、僕はここで待ってるからね」


 しかしクライス様は、やはり私に用があるのだろう。

 ニッコリと微笑みながら、私が戻ってくるのを待っていると言い出すのであった。


 そうしてお手洗いを済ませた私は、クライス様に人気のない場所へと連れていかれる。


「ごめんね、こんな所に呼び出しちゃって」

「いえ、それでご用件とは?」


 こんな人気のない場所へ呼び出したのだ。

 きっと何か人に聞かれたくないお話があるのだろう。

 私は緊張しながら、クライス様の話を待つ。


「いや、別に用があるわけじゃないよ」

「え?」

「ただ久々に、お話したいなって思ったんだ」

「本当に、それだけですか?」

「うん、そうだよ」


 身構えていただけに、呆気に取られてしまう私を見てクスクスと笑うクライス様。

 しかしその浮かべる笑顔に、私は若干の違和感を覚える。

 貼り付けたようなその笑みの裏側には、きっと何か別の感情が存在するのだろう――。


「クロード兄さんとは順調?」

「ええ、まぁ」

「そっかそっか、なら良かった」


 前言通り、クライス様は本当に世間話を振ってくる。

 どうやら私が勘繰り過ぎていただけのようで、何事も無さそうなことに安心する。


「じゃあ、あの話も嘘だったのかな」

「あの話?」

「うん、メアリーさんが、クロード兄さんに婚約解消を申し出たって話」


 何故それをクライス様が……。

 急に放り込まれたその話題に、私の思考は追いつかなくなる。

 ただ困惑するしかない私に向かって、クライス様は言葉を続ける。


「その反応から察するに、この話は本当みたいだね」

「いえ、それは……」

「じゃあ、違うの?」

「……違いません。でも、解消はしておりませんので」

「ふーん、なるほどね」


 多分、クライス様相手に嘘は通じない。

 それでも不要な憶測を与えないため、結果として解消はしていないことだけはしっかりとお伝えする。


「つまりそれって、メアリーさんの気持ちは違うってことだよね?」

「私の、気持ち……」


 クライス様の問いかけに、私は返答に詰まってしまう。

 婚約解消を申し出たことも、解消が見送られたことも本当。

 そのうえで、私は今クロード様へどんな感情を抱いているのか――。


 確かに以前は、盲目的なまでにお慕いをしていた。

 しかし、あのビンタの一件以降前世の記憶を取り戻した私は、逆にクロード様のことを天敵だと思うようになった。


 ――じゃあ、今もそう……?


 そう考えたところで、それも違うことに気付く。

 何故なら私は、その後のクロード様のことを知っているから。


 この世界は、マジラブとは違う。

 それにクロード様だって、以前よりも私に対して心を開いてくれているようになった――。


 ――クロード様へ対する、私の思い……。


 私は一体、どうしたいのだろう……。

 自分でも自分が分かっていなかったことに、クライス様からの問いかけで初めて気づかされるのであった。


「なるほどね、何となく状況は分かったよ」


 するとクライス様は、返答に詰まる私を見て納得するように微笑む。

 そして、もう要は済んだとばかりにこの場から立ち去ろうとするも、何かを思い出したようにその足をピタリと止めこちらを振り返る。


 その表情には、どこか愉悦に溢れたような笑みを浮かべながら、最後に一言だけ私へ告げるのであった。


「僕にも、まだチャンスはあるってことだね」


 と――。


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