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第37話 推しと現実

 下校時間。

 まだ生活リズムの合わない私は、今日のところは早く帰って休むべく廊下を歩いていると前方にトーマスの姿を発見する。


 トーマスと言えば、私にとっての前世の推し。

 だから私は、前世の記憶を取り戻してからは推しであるトーマスとお近づきになることをずっと目的としてきた。

 そしてそれは、既に達成できていると思っている。

 夏休みだって、トーマスと一緒にお食事までしたのだから。


 だから、既に目的を達成した私が次にやりたい事――。

 そう考えてみても、正直自分でも次に何をしたいのかがよく分からなかった。

 推しとお近づきになった今、私はこの先何をしたいのだろうか……。


 ――例えば、お付き合いする、とか……?


 自分で考えておきながら、即座に否定する。

 だってそれは、考えるまでもなく有り得ないことだから。


 だって私には、婚約相手がいるのだから。

 しかもそのお相手は、この国の王子様。

 だから私が他の誰かとお付き合いするなんて、そもそも絶対にあり得ない話なのである。


 ――じゃあ、仮にクロード様が居なかったら……?


 もしも私の何もかもが自由だとしたら、やっぱり私はトーマスともっと深い関係になりたいのだろうか……?

 きっと、前世の私なら迷わずそうだと言っていたのだろう。


 けれど、今の私は黒瀬小百合ではなくメアリー・スヴァルト。

 私はこの世界で、今日まで公爵令嬢として生まれ育ってきたのだ。

 だからこそ、メアリー・スヴァルトという今の自分がどうしたいのかというと、それはまだ自分でもよく分からないでいる。


 別にトーマスのことが、嫌いになったわけではない。

 というか、今の私もトーマスに対して好意を抱いている。

 けれどそれが、恋愛感情なのかと言われるとよく分からないし、クロード様やキースに対する感情と比較しても違いがよく分からない……。


 私はこれから、どうなりたいのか。

 そして自分の恋と、どう向き合っていくのか――。


 この学園での生活が終わるまでには、しっかり自分と向き合わなければならないだろう。

 前世の推しか、今の婚約相手か、それとも……。


「あ、メアリー様!」


 考え込んでいると、トーマスも私に気付いて声をかけてくる。

 嬉しそうに笑みを浮かべながら駆け寄ってくるその姿は、やっぱり私の推しそのもの。

 そんなトーマスを前に、自然と私も笑みが零れてしまう。


「ごきげんよう」

「どうも! 新学期早々、お会いできて嬉しいです!」


 屈託のない、裏表を感じさせない真っすぐな笑み。

 それは貴族社会では、中々見られないもの。

 だからこそ、私も素直でいられるような気がした。

 こんなトーマスとなら、きっと楽しい人生を送れるのだろうなとかぼんやりと考えながら――。


「えっと、その……」


 すると今度は、頬を赤らめながら少しもじもじとするトーマス。

 何か言おうとしているのは伝わってきたため、私はトーマスの言葉を待つ。


「……よ、良ければ今度、またお、お食事とか、い、行きませんか!?」


 勇気を振り絞るように、たどたどしく告げられるトーマスの言葉。

 それはまさかの、お食事のお誘いだった。


 けれど私達は、平民と貴族。

 しかも私は、貴族の中でも高位の公爵令嬢。

 そんな私を平民が誘い出すなんて、はっきり言ってしまえば分不相応で前代未聞である。


 けれど、トーマスもこの王国内でもトップ3に入る商会の一人息子。

 それほどの家柄ならば、貴族との婚約も無い話ではない。

 それでも、公爵家とではやはり釣り合いが取れるはずもなく、本来交わるはずのない関係なのである。


 でもそんなことは、トーマスだって分かっていること。

 分かっていて尚、勇気を出して私を誘ってくれているのだ。


 それにここ魔法学園においては、身分差など関係ない。

 私とトーマスは学友であり、ここでは対等な関係なのである。

 であれば、このトーマスからの申し出に対して、私の返事は決まっている。


「ええ、構わないわ」

「ほ、本当ですかっ!?」

「もちろん。でも二人きりは難しいから、またフローラにもお声かけいたしましょう」

「あ、そ、そうですよねっ! わ、分かりました!」


 答えはもちろんOK。

 でも、二人きりは難しい。

 そもそも私には、クロード様という婚約相手がいるのだ。

 それで他の男の子と二人きりでいるところを見られては、私以上にトーマスにとって不味いことになってしまうから。


 分かりやすく、残念そうな表情を浮かべるトーマス。

 きっとトーマスは、私と二人きりで行きたかったのだろう。

 私も鈍感ではないから、そういう感情にはちゃんと気付く。

 そしてそれは、先ほど私の考え込んでいた話とも無関係ではなかった。


 仮にもし、トーマスが本当に私への好意を抱いてくれているのだとしたら――。


 気持ちを切り替え、食事に行ける事を素直に喜んでくれているトーマスを前に、私もちゃんと自分と向き合う覚悟を決めるのであった。



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